-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『GAPの普及指導システムの立上げが必須』

GAP普及ニュース16号(2010/11)掲載

佐々木茂明
一般社団法人農業生産者GAP協会 理事
和歌山県農業大学校長

 2002年夏,無登録農薬問題が日本中を震撼させ、日本の農産物の安全神話が脆くも崩れました。この時、一挙に「食の安全」への対応が進み、農林水産省は2003年6月に「食の安全・安心」のための政策大綱を公表しました。それによると、行政や生産者・事業者の取組みにより、国民の「安心」と「信頼」が高まるよう、「安全確保」のための体制や施策を総合的に見直すこととし、その方針の一つとして「トレーサビリティシステムの導入」が進められました。

 生産者サイドでは、「トレーサビリティ」への対応として、出荷する農産物に農薬散布履歴を添付してJA等に出荷することが義務付けられましたが、本来の目的である「安全な農産物の生産」にまでは至らなかったようです。何故「安全な生産」にまで至らなかったのかは、第1に標準化されたトレーサビリティシステムが示されなかったこと、第2に農産物の安全性確保には「生産現場の指導体制」が重要なのですが、これが「農薬の散布記録の提出」にすり替えられてしまったことが、その主な理由です。

  2010年4月に農林水産省よりGAPの「ガイドライン」が示されました。今度こそ普及方法を明確にしていかないと、トレーサビリティの推進の時のように、内容の解釈の違いで「本来の目的」を達成し得なかったと同じような失敗を繰り返してしまうのではないかと危惧します。生産者の誰もが理解できる「適正農業規範(GAP規範)」の下で農産物を生産し、それを消費者の元へ届けると同時に、その農業生産の営みが環境保護にもつながっているという、まさに持続性の高い農業となってGAPが浸透していくことが重要であると考えます。

  私は、和歌山県の農業大学校で農業の担い手を育成する仕事に就いています。学生と一般社会人を対象にしていますが、農業訓練生に対しては教科としてGAPの講義を取り入れて3年目になります。これまで20年余り農業改良普及員(現在は普及指導員)として農業の現場で仕事をしてきましたが、農業大学校で講義を始めて気付いたことがあります。学校の場合には、学生や農業訓練生が誤った農作業を行うと、職員がその間違いを指摘して、正しい農作業のやり方をその場で教えます。学生達は、それによって正しい農作業を学んでいきます。

  しかし、個々の農家が生産現場で習慣として行っている農作業は必ずしも正しいとは限らず、農家自身が「正しいのかどうか」を常に自問自答しない限り、誤った農作業を続けることになる可能性があります。正しいのか誤っているのかを判断するための「適正農業規範」が示されない場合には、間違うこともやむを得ないのかもしれません。これまで、第三者によって正しい農作業等を指摘して貰えるシステムもなかったため、適正な農作業等の確認は、農業現場ではそのまま置き去りにされているのではないでしょうか。

  各種の農作業の手順や農薬の使用などに対する講習会が開催されていますが、それらの作業の事後の確認や適正な結果のチェックは行われていないように思います。また、その作業そのものが「正しい農作業であったかどうか」の確認作業は、GAPのチェックリスト方式のようなものでは、正しいかどうかもはっきり判らず、誰しもが気持ちよく取り組めるものではないと思います。

  今回、一般社団法人日本生産者GAP協会が「適正農業規範(未定稿)」を示しましたが、そのGAP規範に基づいて作成されたGAP実践ガイド(マニュアル)を利用すれば、生産者は正しい農業が実践できるようになるはずです。農作業等の中の「良くない点」は、GAPの教育を受けた普及指導員に確認すれば、適正な農作業が完全に実施できるようになると思います。生産者の誤った農作業をチェックリストで指摘するのは困難であり、生産者自らが正しく実践できていない農作業の行為を正しい行為に是正するシステム作りが普及現場には必須です。

  日本の農業の持続性と農業生産者の経営の持続性を維持して行くためには、普及指導員やJAの営農指導員が力を合わせて生産現場の第一線に立ち、現在行われている日本の農作業全般を正しく検証し、適正な農業管理の方向へ導いていくことが、日本農業の復活と環境の保全に大きく寄与すると思います。

  農業大学校の新しい教科としてGAPを導入したことで、徐々にではありますが、学生達にGAPの概念が定着してきました。今では、学校における実習や古くから行われている農作業でも、その過ちを指摘できるようになってきました。

  GAPの講義に対する成績評価には、「誤った農作業を指摘できる力」を見るようにしています。実際の農業の生産現場においても、大学校の教科へGAPの講義を導入したのと同じ要領とは行かないまでも、可能な限り早期にGAPの普及・指導システムを立ち上げることが緊要と考えています。

GAP普及ニュースNo.16 2010/11