-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『GAP普及』
~手段から目的へ、個人から組織へ~

GAP普及ニュース22号(2011/9)掲載

田上隆多
株式会社AGIC GAP普及部長

 産地のJAや生産法人などの組織へ出向いて、GAPの入門的なセミナーや組織の具体的な改善サポートをするのが私の日常業務です。2006年から始めた産地訪問は、北は北海道から南は沖縄まで日本全国にわたり、大規模農場から小規模なものまで様々です。

 この5年間に訪れた200ヵ所以上の産地において、共通する"不適正な農場管理"は、"廃棄物管理"の問題です。ある産地では、使用済みのビニルマルチ類がそこかしこに積み上げられ、簡単には動かせないような状態になっているケースもありました。また、ある産地では、収穫期を終えた大量のキュウリのつるを住宅地周辺の圃場で焼却し、警察に呼ばれる騒ぎになったものもありました。

 このような状況は、全国どこへいっても大なり小なりあります。しかし、このようなことが行政や業界の中ではっきりと把握され、問題になっているのでしょうか。少なくとも、私が現場で目にする以外に、このようなことが問題になっている例を聞いたことがありません。「食料・農業・農村基本計画(平成22年3月)」では、食品残渣の堆肥化やバイオマスの活用について記載されているだけで、農業廃棄物利用の記載はなく、このような実態は、ほとんど把握されていないのが現状のようです。

 また、各産地では、以前から「コンプライアンス」の確立に向けて取り組んでいるようですが、産地の実態をみると、法令順守のできていない問題がまだまだたくさんあります。廃棄物管理の他にも、農業機械の免許を取得せず、講習も受けていない産地が多く見られます。例えば、大型特殊免許を取得していない作業者が大型の農業機械の運転操作にあたったり、フォークリフトの講習を受けていない作業者に運搬作業をさせたり、クレーンの免許を持った者を配置していないなど、労働安全に関する問題もたくさんあります。

 では、産地はこれらの問題に全く取り組んでいないのかというと、そうではありません。ビニルマルチ類の廃棄については、市町村とJAなどが協議会を設けて定期的に回収を代行しているところが多いようです。また、JAや生産組織が単独で農薬の空容器や廃農薬の回収を代行しているようです。それにも関らず、当該産地の生産者に聞取りをすると、その回収サービスを知らなかったり、知ってはいても利用していなかったりします。利用していない生産者は、「廃棄に費用がかかるから」とか、「年1回の回収日には利用するが、それ以外の時には自宅で焼却する」などと言い、回収サービスをする側に聞くと、「利用率が上がらないからサービスの廃止を検討している」とか、「当JAが販売している資材は、わずかしか集まらない」などと言っています。地域の普及指導員や市町村の行政に聞取りをすると、「当然自宅で燃やしてはいけないことになっているが、現状はなかなか難しい」とか、「当市町村では処分方法について適正に規定してあり、パンフレットも作成している」という答えが返ってきます。

 廃棄物の管理に関するこのような状況は、個々の農業者の意識の低さ、地域や生産組織の意識の低さ、地域を担当する行政の意識の低さなどに起因していることは言うまでもありません。地域でそれなりの制度を整備しているにも関わらず、その実行性がない理由には、「一応やることはやった」ということで満足してしまう傾向が、産地の組織にあるのではないでしょうか。

農業機械の免許の取得や講習の受講について、あるJAでは、職員には順次取免許を得するように指導し、講習費用等のサポートも充実していましたが、現場の実態は、免許のない者が操作をしていました。せっかく免許を取る仕組みがあっても、現場の実態を把握する仕組みがありませんでした。

 このように、現場で常に感じることは、組織では「目的」と「手段」を履き違え、往々にして「手段」を整備すると「目的」を忘れてしまう特性があるのではないかということです。このことは、どうも「GAP」という言葉の説明にも表れているように思えます。農林水産省を始めとする農林行政の間では、GAPは「農業生産工程管理手法」であり、「農業生産活動を行う上で必要な関係法令等の内容に則して定められる点検項目に沿って、農業生産活動の各工程の正確な実施、記録、点検及び評価を行うことによる持続的な改善活動のことです」と説明されており、GAPは「改善活動」、すなわち「手段である」とされています。本来、英文の「Good Agricultural Practice」の言葉の意味から言えば、「適切な農業の実践」であり、「実践」すなわち「目的の達成を伴う行為」であるはずです。このような誤解は、行政だけがもっているのではなく、「組織」というものが共通にもっている、ある種の「脆弱性」なのではないかと、過去に起こった様々な組織の不祥事や失態から感じています。

 適正農業管理(GAP)という問題を論じる際に、農業者個人の問題とされる事例が多いのですが、実際のGAPの推進にあたっては「組織」に係る問題が多いのです。環境負荷を軽減するための土壌管理や肥培管理を行うのは生産者個人ですが、そのための技術を開発するのは研究者であり、それらの技術を生産者個人に普及するのは地域の普及指導員や営農指導員などです。農業廃棄物の排出者は生産者個人ですが、個人の意識向上だけではなく、適正な指導や不適正な行為を規制する側の意識や行動も重要であり、スムースに廃棄したりするためのインフラ整備なども必要です。労働安全についても同様であり、食品の安全管理についても、最終的には生産者個人の行動によりますが、適正な指導を行き渡らせるのは地域やそこの組織です。

 このような組織による指導の中で、「目的」と「手段」を取り違えていれば、個人の意識向上は望めないし、個人の意識が向上しても地域全体での改善効果は望めないのではないでしょうか。組織は、事業計画や基本的な組織管理について様々な目標を設定しますが、その目標が「○○の改善を実現する」「○○に新しく取り組む」という具体的な目標ではなく、「○○を何件達成する」というような単なる達成目標になってはいませんか。また、目標を達成するための実態を充分把握していますか。GAP推進の各課題に対しても、何となく「手段」だけを設定するのではなく、具体的な目的とその目的を達成するための手段を明確に設定することが重要です。

 「強い農業」、「攻めの農業」、「持続可能な農業」など、様々なテーマで農業政策が示されていますが、どのようなテーマにおいても、「目的」を明確にした上で組織として取り組んでいくことが重要なポイントなのではないでしょうか。

GAP普及ニュースNo.22 2011/9