-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『大震災からの復興、農業の振興を!』

GAP普及ニュース24号(2012/1)掲載

石谷孝佑
一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事

豊かな農村地帯ががれきの山になった。
宮城県亘理町の死者249人、不明23人

 昨年3月11日、東北・北関東が巨大地震と大津波に襲われ、多くの命と資産が失われ、それに伴う原発事故の被害は益々広がりを見せています。東日本大震災により亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈りするとともに、被害者の方々の1日も早い復旧・復興を祈念致します。

 日本はこの大災害によって多くのことを学びました。家族や友達の絆の大切さや、豊かな自然の有難さと恐ろしさも学びました。

  生活の面では、住まいの価値観が激変しました。かつては、東京で住宅を選ぶ基準は、通勤に便利なことや住環境の良さが第一でしたが、選択基準のトップは、津波が来ないことや地盤がしっかりしていること、液状化の心配がないことなどに変わり、ここでも「安全・安心」が第一になりました。地震大国の日本では、いつまた巨大地震に襲われないとも限りませんし、当面の巨大余震も心配です。これらを反映して、住宅も湾岸から内陸へ、高層から低層にシフトしています。東京の湾岸地域のマンションでは、地盤改良や耐震補強などが行われています。また、大地震・大津波の可能性のある所では、全国的に再点検とその対策が行われています。

  このような日本ですが、大震災の前から大きな曲がり角に来ていたといえます。世界的にグローバル化が進む中で、あらゆる物の価格競争が加速され、日本の様々な製造業が賃金の安い中国、インド、東南アジアへと生産拠点を移しています。かつて、日本の生産拠点が、韓国へ、台湾へ、香港・シンガポールへと移って行ったように、特に中国のWTO加盟(2001年12月)以降、先進国の大企業が競って中国に進出し、安い工業製品を世界に向けて大量に供給するようになりました。

  自動車産業が象徴的ですが、世界の名だたる自動車メーカーが中国に進出し、生産量と価格を競い、2010年には中国が世界最大の自動車生産国(生産台数1826万台)になり、最近ではその品質も格段に向上し、自動車の輸出国になろうとしています。中国の賃金が上昇すると、生産拠点はさらに賃金の安い東南アジアの国々やインドなどへとシフトし、製品の価格と品質の世界的な「フラット化」(用語解説参照)が大規模に進行しています。

  『アフリカの平原では、シマウマはライオンより速く走らないと食べられてしまうことを知っている。ライオンは足の遅いシマウマを何とか仕留めないと飢えて死ぬことを知っている。中国がWTOに加盟してから、世界各国がどんどん速く走らないと生き残れなくなっている』というような主旨のことをトーマス・フリードマンが、その著書「フラット化する世界(上)」(日本経済新聞社2006)の中で語っています。

  現在の日本経済の低迷も、欧米の経済基盤の脆弱化も、ある意味、この世界的なフラット化の進行によるものと言えるでしょう。急速な超円高に見舞われている日本は、今後、好むと好まざるとにかかわらず、産業の空洞化がさらに進行し、雇用の場が益々失われ、国の財政がさらに悪化すると予想されます。国の財政悪化により、政府・行政のスリム化と消費税増税、財政の健全化、福祉・年金などの再構築、雇用・少子高齢化問題の改善、防衛や農業の問題など、難問が次々と噴出してきており、政府の目玉政策は選挙目当てのバラマキになりつつあります。

  このような中で、海外に移転できない農林水産業や中小企業などは、有効な政策が打ち出されないまま活路を見いだせずに衰退してきています。国民の生命・財産を守る砦である農産物・食料までもが国内生産に陰りが見えるようになり、多くを安価な輸入品に頼る事態になっているのは忌々しき問題と言わざるを得ません。

  海外からは「日本は消費税率が低く、国民からまだまだ税金を徴収できる余力がある」とみられています。これが安心感となって円が買われ、実力以上の円高になっていると言われていますが、ある程度痛みを伴う本格的な財政再建をしないまま、選挙目当てのバラマキに終始すれば、多くの警告書が指摘しているように、ある日突然、国が破綻するという事態にならないとも限りません。

  そこで、日本の企業などは海外に活路を見出し、政府は貿易で国の収入を増やそうとしていますが、世界の150ヵ国以上が参加しているWTO(世界貿易機関)は、アメリカと中国やインドなどの発展途上国との利害が衝突して、2008年7月に決裂したままです。

  そのような中で、アメリカは2010年にWTOを見限り、TPPという地域連携に舵を切っています。また韓国は、早くから欧米とFTAという二国間の経済連携を進めています。

  日本はこれまで、自由貿易を中心とした「アセアン+3」(日中韓)、「アセアン+6」(日中韓+印豪ニュージ)を母体に「東アジア共同体」を創設するよう論議を進めてきました。アセアンは、2015年の「アセアン共同体」の創設を既に決めており、一番出遅れていたミャンマーも最近になりこれに歩み寄りを見せています。

  ここに来て日本は、アメリカの主導するTPPへの参加の意思を表明しました(2011年11月)。アジア地域における多国間の経済連携は、「日中韓3ヵ国」、「アセアン10ヵ国」、「アセアン+3の13ヵ国」、「TPP11ヵ国+α」、「APEC21ヵ国」など、様々な枠組みが模索されていますが、世界的な貿易の枠組みであったWTOから、それぞれの地域の思惑を込めた経済連携として再編されようとしています。遅れている日中韓のFTAについても、このような動きに刺激され、来年から交渉に入ることになっています。

  このような重大な曲り角に来ている日本を襲ったのが東日本大震災です。地震と同時に起こった巨大津波によって福島第一原発に深刻な原子炉事故が発生し、まき散らされた膨大な放射性物質による影響は、日に日に大きなものになっています。特に農業・農産物とその加工食品には、更なる放射能被害の拡大が心配されており、その他の生活関連産業にも大きな風評被害が出ています。また、大津波によって冠水した水田・畑地の再生も生産者にとって大きな負担になっています。

  このような時期に、日本の政府・行政が、日本農業による国産の農産物・食料の生産とそれを育む自然環境の重要性をもう一度見直し、欧州の環境保全型農業とその推進のための「GAP規範」とそれに基づく補助金(直接支払い)のためのクロスコンプライアンス(環境配慮要件)などの制度に目を向け、やる気のある農業生産者の支援に力を注ぎ、バラマキでない一元的な農業・環境の支援策を実施するよう切に要望します。

GAP普及ニュースNo.24 2012/1