-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『期待されるGAPは持続的農業』

GAP普及ニュース28号(2012/9)掲載

田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長
株式会社AGIC 代表取締役

1.初めて触れるGAPの意義

 各都道府県が主催し、一般社団法人日本生産者GAP協会が指導している「GAP指導者養成講座」では、受講者が講座の始めと終わりに「GAPについての考え方」を発表することになっています。これまで1,000名以上の農業普及指導員らが受講していますが、そのほとんど全ての人達が、受講後は「この講座でGAPの意義を初めて理解した」と発言しています。「目から鱗が落ちた」と発言する人も沢山います。

  受講するまでは「食品安全のためのGAPであり、生産者自身が手順を決めてチェックリストに沿ってチェックをすることがGAPだと思っていた」というのです。そして、受講して「持続的農業生産がGAPの本質であることに初めて気づいた」と発言しているのです。「これまでのGAPの考え方と、チェックリストの配布とその回収では、地域農業は何も変わらないし、むしろ農家の反発の方が多かった」と反省しています。

  また、受講した農業普及指導員などの中には、「JGAPという農場保証(Farm Assurance)会社」が主催しているJGAP指導員の資格を持っているという人が何人かいましたが、その全ての人が、今回「GAP指導者養成講座」に参加して、「これまで学んできたGAPの考え方が180度変わった」と発言しています。

2.GAPの誤解と現場の食違い

 日本のGAP導入は、様々な点でボタンの掛違いをしてしまったようです。「GAP=食品安全」、「GAP=チェックシート」、「GAP=農家のPDCA」、「GAP認証=優良農家」など、一般的に使われているGAP関連の言葉が、「GAPの誤解」につながっているようです。

「GAP=食品安全」という誤解

 農林水産省が2010年4月に出した「GAPの共通基盤に関するガイドライン」で、GAPは、「食品安全、環境保全及び労働安全に関する工程管理」であると示しているように、GAPの目的が農業生産における食品安全だけではないことは明らかです。

  しかし、見直されたガイドラインのチェックリストは、管理すべき工程を「食品安全」「環境保全」「労働安全」にそれぞれ分けているため、まるでそれぞれの管理が別々のもののように扱われています。特に、化学物質の使用に関しては、食品安全に偏っていて、大きな誤解の元になっています。農業生産における化学物質の投入を控え、「持続的農業の推進」に努めることは、環境保全の最も重要なポイントなのです。

「GAP=チェックシート」という誤解

 農場管理の基本的な確認事項をリストアップしたGAPのチェックシートは、それぞれ、「基礎GAP」とか「県版GAP」とか「JGAP」などの名前が付けられ、これらを守ることがGAPであると言われていますので、あたかもチェックシートがGAPであるかのような説明です。その上、「いろいろなGAPがあるのは煩わしいから統一すべきである」との議論もあり、ますます誤解が拡大されています。

  チェックシートはGAPではなく、「農場評価の尺度」です。その尺度は、「農業および農場管理の規範」に基づいていることが前提です。したがって、GAPの内容を規定するのは、チェックシートではなくGAP規範(Code of Good Agricultural Practices)なのです。イギリスでは、イングランドやウェールズなどの州政府がそれぞれGAP規範を策定しています。日本でも「日本GAP規範ver.1.0」を参考に、栃木県や富山県、福井県などで作成され、長野県でも作成中です。

「GAP=農家のPDCA」という誤解

 農場の保証会社が行う農場検査は、食品の安全性を最重点に考えているようですから、一経営体における食品衛生の管理体制が良好であれば、農場保証の対象になる場合が多いと思います。

  しかし、大気や土壌および水質汚染などに係る環境保全への取組みは、広範囲の地域で取り組むべき課題です。圃場は、窒素などの「拡散汚染源」であることを忘れてはなりません。EU各国のGAP規範やクロスコンプライアンス(環境配慮要件)の遵守事項は、硝酸脆弱地域やその他の地域ごとに異なります。

  また、家族経営による零細農家が圧倒的に多い日本では、労働衛生や労働福祉の管理体制が取り難いものです。労働法に関わる課題は、農家任せではなく、日本的農業経営体に相応しい地域ぐるみの対応が必要です。

「GAP認証=優良農家」という誤解

 日本でGAPチェックリストのモデルとされている「GLOBALGAP農場保証制度」は、ヨーロッパの主要な小売企業が加盟する団体が、輸入農産物に対する最低限の要求事項として提案している「農場検査規準」です。農場認証の目的は「良い農家を選択すること」ですが、裏を返せば「悪い農家を排除すること」です。認証を要求する買手側にとっては、認証農場が優良農家という訳ではなく当たり前の農家であり、ただ認証されていない農家とは取引しないというだけのことなのです。

  日本でのGAPの導入は、様々な誤解からGAP指導の対処を誤り、そのことが原因でGAP推進上の不都合が生まれ、農業関係者と農業者との間で「やらされGAP」などといわれる食違いが生じたりしていると思います。

3.GAPが目指すのは「真の持続的農業」

 今後は、これらの反省に立ちながら、生産者と消費者の立場に立って、「良い農業とは何なのか」、「期待される農業とは何なのか」を考えて取り組むことが必要です。GAPの目的は、真の持続的な農業生産システムを確立することです。経済的にも、社会的にも、科学的にも、農業が持続できるということが求められています。

 「GAP指導者養成講座」では、「日本GAP規範に基づく農場評価制度」について学び、その技術を習得します。この制度は、全ての農家が優良農場(持続可能な農業経営体)になるための「GAP教育システム」です。チェックリストの「○×」で合格か不合格かを判定するのではなく、指導者が農家に質問して農場を評価し、項目ごとに「どこが問題なのか」「なぜ問題なのか」「どの程度問題なのか(問題の重要度)」を明らかにし、「どうすればよいのか」を農家に示して改善の指針にします。

  一般社団法人日本生産者GAP協会では、農業普及事業としてGAP教育システムが定着し、多くの産地が優良農業産地になることを目指しています

GAP普及ニュースNo.28 2012/9