-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『世界標準GAP認証落第のすすめ』

GAP普及ニュース38号(2014/5)掲載

片山寿伸
一般社団法人日本生産者GAP協会 監事
農業生産法人片山りんご株式会社 代表取締役

 私の農園が日本で初めてユーレップGAP(現在のグローバルGAP)認証審査を受け、日本で初めてこれに落第したのは、2003年3月のことである。はじめてのユーレップGAP認証の審査では、自分の農園に見ず知らずの外国人が入り込み、一見瑣末とも思える細かい項目がチェックされ、あら探しをされることに、いらだちを感じた。おまけに、1日がかりの審査の結果、落第の判定を受け、それでも支払わざるを得ない36万円もの審査料のことを考えると、おおいに腹が立った。これは、いわばGAPアレルギーとでも言うべき現象であり、おそらくGAP導入の初期段階で、受審側の農家のだれもが感じる気持ちだと思う。

 しかしその後、審査官の指摘事項を次々に思い起こし、チェック項目で不適合になった個所を冷静に眺めると、確かに「もっともだ」と納得させられる点も少なくなかった。そして、これらの多くは、意識的に努力すれば、日本の農家なら誰もが容易に「適合」の評価を得ることのできるものばかりであった。

  落第してから私は、我々日本の農家が、将来も日本の国土で農業生産を継続し、世界に誇り得るその生産技術を後継者に伝承するためには、日本でも早急に標準的なGAP(適正農業管理)認証のシステムを作り上げなければならないと感じた。

  GAPは、最も土に近い農業生産現場で、我々生産者が日々行っている「汗と土の匂いのする農業生産行為」そのものにかかわるものである。そしてこれからは、海外だけでなく、日本国内の土俵でも、我々は否応なしに外国産農産物との生き残りをかけた競争に晒されることになる。加工食品の分野ではすでにそうなっている。そのような競争の現場で、あらかじめ世界標準レベルでの「適正な農業生産行為とは何か」ということを、生産者として良く知っておくことが、そもそも勝負自体の前提となる最低限の条件だと思ったからである。

  もし本当に、日本にGAP認証の導入が必要であるとすれば、その条件は3つあると考えた。

  1. 特定の量販店や食品企業の商品の囲い込みに資するGAP認証ではなく、日本の食品企業の全てが農産物の仕入基準として採用可能な、透明性のある開かれたGAP認証であること。
  2. 事実上の世界標準と言われているグローバルGAPのような世界標準GAP認証と同レベルの国際標準GAP認証基準であること。
  3. 日本の農家に必要以上の労力的並びに金銭的負担を強いるものでないこと。

 10年もすれば、これらの条件を満たすGAP認証基準が国内で確立され、日本の生産者は「ごく当たり前のようにGAPに取り組むことになるだろう」と当時は本気で思っていた。ところが、11年後の現在、GAPは日本に殆ど定着していない。 一方で、ドリルの回転刃のように、TPP交渉は少しずつ着実に前進している。欧米や豪州,中国,ASEAN諸国では,GAPを「どのように農業政策と結び付け、どのように機能させるか」といった大局的見地からの具体的レベルでの議論がなされているが、日本には果たしてそんな時が来るのだろうか。「日暮れて、道遠し」の感がある。

  こうした状況下で、私は、11年前に受けて落第した最初のユーレップGAP審査のことが忘れられない。当時は、落第して腹が立ったが、自分の農園で自分の続けて来た農業生産行為の中に、世界標準レベルでは「適正」とはいえない部分があることが分かった。「ユーレップGAPの審査そのものが審査官と農園主の共同作業であり、その目的は、自分の農園にどのようなリスクが潜んでいるのかを、農園主が、審査官という第三者との対話によって洗い出すことである」ということも、その審査を受けてはじめて分かった。「どうすればそれらのリスクを減らすことができるのか」は、農園主として、自分の頭で考えることである。自分で考えて分からない時にはじめて、専門的知識を持った誰かを訪ね、教えてもらえば良いのである。

  審査を受ける目的は、決して合格することでは無い。合格のための受験勉強などは不要である。極論すれば、合格証なんて不要である。下手に合格などしてしまった日には、GAPを商売の道具と考える商人たちが群がり寄って来て、これを振り払うだけで余分な時間を割かれることになりかねない。私は、日本ではじめてユーレップGAPの審査に落第した生産者として、「我こそは」と思う日本の農民は、明日にでも、何の準備もせず、目をつぶってグローバルGAP等の世界標準GAPの審査を受けることを勧める。

  お金はかかる。そしておそらく、審査官に対しても、審査項目に対しても、最初は怒りを感じるであろう。合格だってそう簡単にはできない。しかし、審査を受けることで、「農業生産行為に於ける世界標準の《適正》とは何か」ということだけは、確実に体得できる。そして、この世界標準をクリアした農産物との国内競争が、もうすぐ目の前に迫っているのである。

  GAPとは、「適正な農業生産行為」であり、自らの農場で日々実践する実際の行動である。それは本来、流通業者や量販店から強制される筋合のものでもなければ、消費者に訴求すべき類のものでもない。日々の農業生産行為が、世界標準に照らして《適正か否か》を知るべきなのは、ほかならぬ我々生産者自身である。

  日本の農業生産者よ、たった一度で良いから、世界標準GAPの審査を受けてみるが良い。そして、堂々と落第せよ。受けた経験こそが重要なのだ。世界標準の《適正》な農業生産行為とは一体どんなレベルなのか、身を持って体験せよ。そして、万一合格してしまったら、合格証など即刻破り捨てることだ。

GAP普及ニュースNo.38 2014/5