-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『2020東京オリンピックで国産野菜を供給できない可能性』

GAP普及ニュース40号(2014/11)掲載

田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

注目されるオリンピックの食

 今から5年半後、2020年7月24日から8月9日まで、日本の首都・東京で第125回夏季オリンピックが開催されます。昨年9月7日にアルゼンチンで行われたIOC(国際オリンピック委員会)総会で開催が決まりました。あれから1年が経過し、今年の9月19日から10月4日には、アジアのオリンピックといわれる「アジア大会」が韓国のインチョン(仁川)で開催されました。

 このアジア大会で、射撃とフェンシングの選手らに提供される予定だった昼食の弁当からサルモネラ菌などが検出され、「弁当76個が廃棄されていたことが分かった」と韓国メディアが発表しました。この弁当は、大会組織委員会が準備し、当日の21日朝に保健当局が検査し、サルモネラ菌などを検出したということでしたが、開会式があった19日にも、大会運営スタッフの夜食用弁当からも食中毒細菌が検出され、130個が廃棄された(日刊スポーツ新聞)ということです。

  廃棄した弁当の代わりに、選手たちにはパンと牛乳の軽食が用意されたということですが、大会組織委員会が準備した弁当を検査してサルモネラ菌などが検出されたということにも驚きました。検査の内容やサンプリングの方法は分かりませんが、どちらにしても、インチョン・アジア大会では問題が多過ぎ、また食中毒事件は事が重大です。東京オリンピック・パラリンピックでは「食の問題はどうなのだろうか」と心配になります。

 

ロンドンオリンピックの「持続可能性」戦略に学ぶ

2012年に開催されたロンドンオリンピックではどうだったのかを調べてみました。その結果、「オーストラリアとカナダのバドミントン代表、計5人が腹痛などの食中毒症状を訴え、食事からノロウイルスが検出された」(英BBC電子版)というニュースがありましたが、その5選手は「先週、英中部のダービー市のホテルで食事をした後に発症した」という内容であり、大会組織委員会との関わりはなく、その他に食中毒事件は見つかりませんでした。

  ロンドンオリンピックでは、LOCOG(ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会)の「サステナビリティ(持続可能性)への取組み」が知られています。大会招致の活動から準備段階および大会の実施、そして、実施後に残るもの(レガシー:オリンピック遺産)に至るまでの、全ての段階において「持続可能性」の概念を包括的に取り入れ、その取組みを具体化させた最初のオリンピック・パラリンピック大会でした。食の調達・供給についても「持続可能性」の戦略が展開され、効果をあげていました。

持続可能性への取組み

  ロンドンオリンピックで謳われた「持続可能性」とは、「すべての人にとって現在および未来の生活の質が向上するように、天然資源や人的資源の利用について前向きに、そして永続的に変えていこう」ということです。そして、これを具体化する手段が、国際的な規格(国際標準)の考え方でした。

   はじめに、ロンドンオリンピックの開催7年前の2005年に「限りある地球資源の中で行う10原則」を打ち出しました。二酸化炭素排出ゼロ、直接ゴミ廃棄ゼロ、移動による環境負荷の軽減、土地資源の活用、地産地消と持続可能な食品、持続可能な水の利用、健康で幸せな生活などです。

  開催6年前の2006年には、「ロンドン2012持続可能性方針」を発表しています。こちらは、持続可能性のために必要な、1) 気候変動、2) 廃棄物、3) 生物多様性、4) インクルージョン(社会的一体性)、5) 健康な生活、の5つの基本課題です。

  これらの課題から、ロンドンオリンピックの「持続可能性」が、温室効果ガスの排出量や野生生物への影響を最小限に抑えるといった環境保全の視点に立っていること、および新たな社会や経済での課題、国民の健全なライフスタイルの奨励などの社会的視点にも焦点を当てていることがわかります。これは、1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)で定義付けられた「持続可能な発展は環境・経済・社会という3つのバランスを考慮する必要がある」という概念に従っているものです。

2020東京オリンピック成功のカギは持続可能性への取組み

  2012ロンドン以降のオリンピックでは、持続可能性(サステナビリティ)に配慮することが新たな潮流となっています。今年(2014年)の2月にロシアのソチで開かれた第22回冬季オリンピックも、環境保全と持続可能性を重視した大会でした。また、2016年リオデジャネイロオリンピック・パラリンピック組織委員会は、2013年12月3日、リオデジャネイロオリンピックで海洋管理協議会(MSC)と水産養殖管理協議会(ASC)認証の水産物を推進するための包括的な合意に至ったと発表しました。

  このように、世界的なイベントの開催における「持続可能性」への取組みは、今や世界の常識となっています。昨年の東京オリンピック招致委員会がIOCに提出した立候補ファイルの中でも、「大会の全ての面において『持続可能なレガシー』の社会全体への浸透に努め、国際規格ISO 20121に基づいて持続可能な社会、環境、経済の実現に向けた取組みを進める」と記述しています。そう宣言してオリンピックを招致したのですから、2020東京オリンピックの成功のカギは『持続可能性の成功』しかないのです。

  持続可能な食品戦略をどのように構築するのか、具体的な「フード・ビジョン」では何を目指し、どう管理するのか、大変心配になります。そして、何よりも東京オリンピックまであと5年半しか残されていない時間の中で、私たち農業関係者は、このわずかな時間に、世界の潮流を受け止め、それらを実現するための準備と実践を進めていかなければならないということです。

最低でもGLOBALG.A.P.

  オリンピックの持続可能な食品戦略では、『ホスト国が提供する「食」は、農場から食卓まで、安全で持続可能なシステム管理が保証されなければならない』ということです。それが叶わなければ、日本の農業と漁業および食に関する業界全体が、世界の信頼を失うことになるでしょう。 しかし,日本の農業管理と漁業管理の国際標準への取組みの実態を見ますと、2020東京オリンピックでは「国産野菜や国産の魚介類を供給できない可能性」しか見えてきません。

  東京は、少なくともロンドンとリオデジャネイロの基準を下回ることはできません。オリンピックに関わる企業がISO 20121に取り組むことは可能かもしれません。しかし、農産物の産地で最低でもGLOBALG.A.P.認証を取得することと、水産物の産地で、最低でもMSC認証を取得することが、これからの5年半で可能でしょうか?

  私は、日本でのGAP(持続可能性を追求する真の適正農業)の普及は、もしやる気になれば5年で実現できると考えています。東京オリンピックをGAP普及のチャンスと見るのです。1964年の東京オリンピックの開催では、それを契機として社会インフラの整備を図り、社会全体の発展を図ることができました。農業の近代化もその一つと見ることができると思います。

  しかし、その一方で、オリンピックを契機に公害の問題や地域間格差の増大などの多くの負の遺産ももたらされました。ロンドンオリンピック以降の社会・環境などへの持続可能性の取組みは、これらの負の遺産の解消が目標なのです。日本は、またしても「西洋に追いつき追い越せ」式になってしまいますが、仕方がありません。オリンピックを契機に過去の負の遺産を限りなく排除した社会作りを進めていかなければなりません。

GAP普及ニュースNo.40 2014/11