-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『安倍内閣の農政改革に期待すること』

GAP普及ニュース42号(2015/3)掲載

石谷孝佑
一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事

 アベノミクス成長戦略の一つである農政改革案の中心テーマになった農協改革案が、規制改革会議の提言に基づいて政府で作成され、これに対して農協の自己改革案が出され、国会でも論議されてきました。農業がこれ以上に衰退していくのか、これから発展軌道に乗り、大きな産業になっていくのかの岐路に立っているように思われます。

 日本の農業は、これまで一方的に農業生産額が減り続け、かつてはコメが農産物の中の8割も占めていましたが、今では2割を切っています。そして、稲作農家の平均年齢が67歳近くにもなり、儲からない仕事の代表格になっています。日本人の平均年齢が45歳ですから、農業者がいかに高齢化し、限界にきているかが良く判ります。当然、農業には後継者も少なく、条件の悪い中山間地だけでなく、都市近郊の優良地でも耕作放棄が進んでいます。

  かつて私の友人が、1980年代に、『農業生産額がGDPの3%以下になると、農業という産業が統計上は「誤差」になりますよ。統計上、産業として存在しなくなりますよ』と忠告してくれましたが、今では1%台、農畜水産を合わせても僅か約8兆円にまで減少し、産業としての存在が問われる事態になっています。

  農業は「21世紀の花形産業になる」とまだ信じていますが、現実には顕著な衰退産業になっています。なぜこのようになってしまったのでしょうか。

  田上理事長がシンポジウムなどで度々話されていますが、EUは1993年に農業の大改革を行いました。穀物の支持価格を約30%引き下げ、環境を大切にする農業に方針を切り変え、税金により農家の所得を直接補償する政策に大転換しました。この改革によってEUの小麦価格はアメリカのシカゴ相場をも下回るようになり、EU産穀物の国際競争力が飛躍的に高まりました。

  その後もEUは、それまで政治が手をつけられなかった砂糖や乳製品などについもて、価格支持政策から直接支払いへと改革を続けています。合意形成が非常に難しいと予想された多国の集まりのEUですが、農業改革が着実に進んでいるようです。

  かつてのEUと同じように、日本にも農産物の価格支持政策があり、それによりコメの高価格が維持されてきましたが、保護政策による高価格体質そのものを改革する必要があることを、EUの取組が教えてくれています。

  では、なぜEUでこのような農業の大改革が進み、日本ではそれが今もできていないのでしょうか。なぜEUで環境を守るGAP(適正農業管理)の義務化が実現しているのに、日本では全くできていないのでしょうか。

  欧州が進めた農家への直接支払いは、「環境に良い農業をした農家に支払われる」ものであり、日本のような単なるバラマキの支払ではありません。EUでは、GAPの義務化に伴う環境支払のクロスコンプライアンス(環境配慮要件)も詳細に決められています。このようにすれば、日本のように、減反によって高い米価を維持する必要もありません。

  そもそも減反政策によってコメの価格を維持することは、実際には農家の保護にはなっていませんし、コメの生産に情熱を注ぐ稲作専業農家のコメは全体の4割にも満たず、大部分は兼業農家の生産するコメです。また、コメは農業生産額の2割に満たないまでに減っています。そして、兼業農家は、コメの収入にはそれほど頼っていないのです。知合いの熱心な兼業農家は、「コメ代金は、年一回のボーナスだよ」と言っていました。ボーナスも多いに越したことはありませんが、兼業農家は頼っていないのです。

  そもそも減反政策自体、世界的な食糧危機が来るのではないかと言われている昨今、「作れるのに、作らない」土地に補助金という国の税金を使うのは、果たして国民のコンセンサスが得られているのでしょうか。この農家への補助金という形で税金を使い、その税金を払っている消費者が、高いコメを買わせられているということになります。

   そもそも日本の農業は、一戸当たりの農地が狭いので、基本的に「儲からない」のです。狭い面積でも収入が得られるように、国や地方が補助金を出して農産物の価格維持をすると、海外から安い農産物が入ってきます。スーパーは、スーパー同士の競争から、「1円でも安く」と言って安い農産物をたくさん輸入しています。

  そこに、「例外なき関税撤廃」を目指すTPPの問題が入ってきました。関税がなくなれば、高価格体質のコメは即死するのではないかと言われています。打たれ強い兼業農家までもが、大半はコメ作りをやめてしまうのではないかと言われています。

  ところが最近、コメの価格が暴落しています。これまで、減反政策により水田転作が奨励され、生産調整により更なるコメの価格低下を防いできましたが、それなのに去年はコメが余って、最近では価格が驚くほど安くなっており、5キロ1000円の国産米までスーパーで売られるようになっています。今年は、更に安くなるだろうと言われていますし、このままでは、TPPを待つまでもなく、コメ作りをやめる稲作農家がたくさん出るのではないかと心配されています。

  この原因は、補助金を出してもコメの生産調整ができなくなっているということでしょう。そして、このところ続いた豊作により無理な出荷調整で在庫が積みあがり、そのツケが今来ているということのようです。

  そこで、貴重な稲作のスキルを持った農家をこれ以上潰さないためにも、また、すでに悪化している農業環境を元の健全な状態に戻すためにも、農家への補助金を「本物の環境支払」に転換し、戸別保障によりコメ作りを続けられるようにする必要があります。返す刀で、欧州のように農場認証基準を設けて、「環境を守っていない農家・地域からの農産物には直接支払いをしない」、「環境保護と安全性を守っていない国からの農産物は間接的な輸入制限をする」、ということです。このようにすれば、国内の稲作農家を守ることができ、食糧自給率も飛躍的に向上し、食糧危機に備えた食糧安全保障にもつながります。

  日本には、残念ながらまだ国の定めたGAP規範(Codeof Good Agricultural Practice)がありません。「GAP規範がなく、農場認証だけ作る」ということは、「憲法がなくて、法律だけ作る」というような状態になります。GLOBALG.A.P.は、欧州のGAP規範(CoGAP:冷涼半乾燥の畑作と牧畜中心の農業のための規範)を順守することを前提にして、食品安全を中心にした様々な農場認証を運用していますが、「温暖湿潤の稲心と施設野菜中心の農業」を行っている日本の農場認証は、何を憲法(GAP規範)にすればよいのでしょうか。農家が一つ一つの法律を見ないといけないのでしょうか。

  日本は、2020年までに「農産物・食品の輸出一兆円」を目指していますが、補助金付きの輸出振興は長続きしませんし、輸出量が多くなれば、それ相応の国際的な農場認証が求められます。GLOBALG.A.P.は欧州のGAP規範の義務化を前提にしていますが、「アジアではアジアのCoGAPを使って貰えばよい」とのことです。

  安倍政権には、このチャンスに農業政策の大転換を図って貰い、環境保全を中心に据えた本物の日本版「GAP規範」を作成し、GAP(適正農業管理)に取り組んで貰いたいと思います。その時には、GLOBALG.A.P.のような国際的な農場認証が必要になります。アセアンはGLOBALG.A.P.を元に計画・開発されたASEANGAPで既に統一されています。日本も国際的な農場認証を推進し、そして、TPPに加盟した後には、日本農業を飛躍的に強くできるでしよう。今が千載一遇のチャンスではないかと思っています。こうなれば、日本の農業がかつての力強い姿を取り戻し、「21世紀の花形産業になる」のではないかと、良い夢をさらに見続けることができます。

GAP普及ニュースNo.42 2015/3