-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『産地のGAP推進とトップマネジメントのコミットメント』

GAP普及ニュース45号(2015/9)掲載

田上隆多
株式会社AGIC GAP普及部長

 弊社では、GAP指導者の養成や産地へのGAP指導、GLOBALG.A.P.認証取得のためのコンサルティングなどを行っています。GAP指導者の養成や産地へのGAP指導では、JAの生産部会などをモデルの産地として、GAPの実践に向けた課題の抽出とその改善に向けた指導を行っています。認証取得のコンサルティングおいても、同様に課題の抽出を行い、認証規格に沿う形での改善を進めていきます。

 モデル産地での改善では、JA部会員の農場をモデル農場として参加してもらい、JAの職員では、通常部会担当者が参加されます。GAPの改善に向かう過程では、時折、組織的な課題に直面することがあります。

  例えば、ある研修会のモデルJAでは、"JAが、農場から出る農薬の空容器の回収・処分を実施していましたが、回収の機会が年に1回しかなく、空容器を保管しきれないので、生産者が農場内で焼却処分していた"という事例がありました。農薬の空容器を焼却してしまうことは、JAの回収の回数に関わらず、一義的には焼却した本人が悪いことは明らかですが、地域に大きな影響力を持つJAとしては、組合員が違法な行為をしないで済むように、「もっと回収の回数を増やすなどの改善ができるだろう」という話になりました。そこで、部会担当者はそのことを上司に相談しましたが、上司からは「GAP研修でモデル農場を提供しているだけであり、そこまでする必要はない」という趣旨の答えが返ってきました。部会担当者は、これ以上何もできません。生産者からは「サービスの向上」を求められても、上司からは「現状維持」を言われています。

  別の研修では、商品のトレーサビリティ確保のために、JA集荷場における荷受け・荷分けの際に、荷分け記録を付ける必要性が確認されました。この時、担当していたのは、営農部の部会担当者の方ですが、JA集荷場での業務に関しては販売部の担当ですので、販売部の担当者に掛けあいましたが、担当者レベルでは話が付かず、販売部長に言っても解決しませんでした。さらには、事業部長、戦略室長までと話が及びました。

  研修に参加してGAPを良く理解した担当者は、発見された問題はJAの経営全体に関わる重要な事案であることを理解して、課題解決のためにと取り組みをはじめようとしますが、その上司やさらにその上層部、マネジメント層は、GAPがそこまで求めるものとは認識していないことが多いのです。そもそもJAが、部会担当者の若手ばかりをGAPの研修会に派遣している時点で、「GAPを推進することがJAの経営全体にとって重要なテーマである」とは考えていないことが分かります。

  ISO9001シリーズの規格には、「クオリティー・マネジメントシステムに関するリーダーシップ及びコミットメント」という項目があります。ここでは、トップマネジメントのクオリティー・マネジメントシステムへの関与を強く求めています。関与には、クオリティーを高める方針やその目標を確立し、組織の戦略的な方向性と両立することに責任を持つことも含まれます。また、そのためには、クオリティーへの方針が組織内に伝達され理解されていることを確実にし、クオリティー・マネジメントに必要な人や資金や物などの資源確保が求められます。

  ISO9001は業態に関わらず組織運営の在り方の本質について規定した規格であって、ISOの認証などを取得していなくても、良い組織運営体制ができていれば、上述のようなコミットメントが発揮されているはずです。担当者のGAP推進に関する活動や要求に対して真剣に取り合っていないということは、その組織のトップマネジメントのコミットメントがないのだろうと考えられます。また、もしコミットメントが充分に発揮されているのであれば、GAP推進は組織のクオリティーの管理と関係ないと考えられているということになるでしょう。

  GAP普及ニュースの多くの記事でも述べられているように、「GAPの目的は、農場が健全で持続的な農業経営を実現すること」ですから、管内の農場の経営が健全であればあるほど、多くの生産者を抱えるJAなどの組織のクオリティー管理も健全になることは自明です。「我がJAはGAPに取り組む」と宣言はしていても、本当にそこにコミットメントがあるのでしょうか。本気で産地のGAPに取り組むのであれば、直接農家と接する担当者だけに勉強させるのでは充分ではありません。JA全体として、GAPの取組みへの人員配置、各部署の参画へのコミットメント、状況に応じて業務体系を変更するなどに取り組むことが必要です。

  弊社が直接、コンサルティングを行う場合は、トップマネジメントへGAPの意義や意味、コミットメントの重要性を伝える機会を持ちやすいのですが、研修会のモデル産地として選定された場合には、ほとんどがトップマネジメントへの理解が少ないようです。ISO関連の本や記事でも、失敗するISO認証の事例として、トップマネジメントのコミットメントがないことが多く取り上げられているようです。

  近年、東京オリンピック・パラリンピックにおける食料調達問題や農産物の輸出政策などに関連して、GLOBALG.A.P.認証への関心が高くなってきており、今後一層、GAPやGAP認証への取組みも増えてくることと思います。その際は、GAPなどの諸認証への取組みをオプション的なプロジェクトと捉えず、産地や組織の抜本的な見直しの好機と捉えて、トップマネジメントのコミットメントを伴って、組織が一丸となって取り組まれることを期待するところです。

GAP普及ニュースNo.45 2015/9