-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『正しいGAPの理解に向けて一層の努力を!』

GAP普及ニュース55号(2018/1)掲載

石谷孝佑
一般社団法人日本生産者GAP協会 常務理事

 謹んで 新年のお喜びを申し上げます。

 一昨年は、イギリスのEU離脱や、アメリカ大統領にトランプ氏が当選するという反グローバリズムの動きが顕著になりましたが、昨年の欧州は、多少落着きを取り戻しているように見えます。一方で「北朝鮮」と言うリスク要因が拡大し、トランプ大統領との駆け引きなどが不安定化の大きな要因になっています。

   今年は、北朝鮮問題が何らかの決着を見る年になると考えられ、その帰趨が心配されます。また、反グローバリズムのトランプ政権がどのように世界と係っていくのか、これにも目が離せません。

   一方、日欧EPAとTPP11では、日本政府の努力もあり、最終的な合意にまでこぎつけました。しかし、これらの自由貿易協定の前に立ちはだかるものは、日本における国際認証の低い普及率です。オリンピックの開催で農産物・食品の国際認証の重要性にやっと気が付いた日本政府は、今年、食品安全認証の基礎であるHACCPを義務化する段取りになりましたが、農業におけるGAPの義務化には程遠い状況です。また、食品用包装資材のポジティブリスト制度や食品の原料原産地表示についても今年には法制化し、何とかオリンピックに間に合わせようとしています。

  日本の農産物・食品に係る産業界は、典型的な内需型産業であり、国内のニーズに特化した産業になっています。これまでは、農産物・食品は輸入するものの、輸出は殆ど無い状況でした。海外に進出している包装資材関連の企業も、現地の農産物・食品を日本のニーズに合った商品を包装して日本に輸出するのが主目的であり、現地の商品を包装しても、現地で売るための包装にはあまり貢献していなかったということです。最近、人口減少社会になって、日本国内の農産物にも、やっと輸出に目が向いてきました。

  日頃の疑問は、日本の農産物・食品は何故これまで海外に出ていかなかったのかと言うことです。勿論例外もあり、醤油や味の素、照り焼きソースなどの調味料は以前から海外に出ており、カップラーメンやレトルト食品は世界製品になっています。外食のラーメンも海外では人気の日本食ですが、担い手の多くは韓国人や中国人で、日本人はまだまだ少数派のようです。

  日本の農業技術、食品加工技術、食品包装技術などには優れたものが多いのですが、その一方で、「海外で普及していないものが非常に多い」ことにも気付き、その理由を考えてみました。これらの優れた技術は、日本と言う島国で、日本語しか使わない閉鎖的な社会で、厳しい競争に打ち勝って作られた「ガラパゴス化された技術や製品」なのではないかということです。

  「ガラパゴス化」という言葉は、日本独特のビジネス用語なのです。

  商品やサービスなどの分野で、充分な大きさの日本のマーケットの中で、単独で成立しうる特異性の強い社会環境と激しいシェアー競争により生まれる「高度な技術」と言う意味に使われています。国内のマーケットで成功するには、日本と言うローカルなニーズや法律・規則に基づいた独自の進化が必要であり、限られたマーケットで利益を上げるためには、必然的に高品質・多機能で高価格な製品やサービスになります。その結果、国際競争力を失ってしまうということで、日本の携帯電話の「ガラケー」(ガラパゴス携帯)がその典型例とされています。

  ところが、このガラパゴス製品は、日本ではごろごろしています。性善説社会の中の厳しい競争で生まれ、日本でしか生きていけない商品として、ガラケーはもとより、多機能のファクシミリもまだ生きています。発泡酒や軽自動車も日本独特の法規制の賜物、日本の音楽やハイビジョン放送も日本独特のものがあり、ガラパゴス化されているということです。

  日本の「ガラパゴス化」とは、独自に進化している間に、「世界の事実上の標準」(デファクト・スタンダード)が決まってしまうということです。そういえば、日本の法律・規則もガラパゴス化の宝庫のように見えてきました。日本は、まだ性善説社会を維持している数少ない国ですから、農産物は「国産」と言うだけで安心してしまう国民が多いということです。ですから、性悪説社会の中国や欧米では農産物・食品の「安全認証」が必要なのです。これが、日本で国際認証が普及しない大きな理由と考えられます。かといって、Japan Brandでは世界に通用しません。

  国際的には、一定のルールで認証された民間団体の方が、国よりずっと国民から信用されています。日本では、国の方が何となく信用されてきたという実績がありますが、これもガラパゴスであり、ここにきて、この評価が変わるかもしれません。 食品の安全性評価の法規制も、先進国はもとより、途上国でも次々と法律が立派なものに変わり、先進国では日本だけが取り残されてきたような状況でしたが、オリンピックでやっと目覚めたといっても過言ではない状況です。そして、今ごろになって「日本発の国際標準を」などとピント外れなことを言っているようです。今は、できるだけ早く世界標準にキャッチアップし、日本の法整備を進めることが何よりも必要ですし、民間活力を育て、それを尊重していく姿勢が必要です。いつまでも天下り団体中心の「ガラパゴス」でいることは許されません。

  農産物の農場認証(FA:Farm Assurance)には「オリンピックのため」に応急措置がされるようですが、抜本的な取組みはこれからという状態であり、寂しい限りです。そもそも欧州では、持続的農業のために作られた「GAP規範」があり、GAPが義務化されており、これを遵守している農家には戸別の補償金が出て、環境に良いことをやればクロスコンプライアンスで奨励金まで出る制度になっています。

  このGAPを順守している農家・農場の農産物に対して、小売り・スーパーの団体が、食品安全から見て信頼できるかどうかを認証しているのがGLOBALG.A.P.などの農場認証です。「スーパーで安心して売れるかどうか」、「オリンピックで安心して使えるかどうか」を決める農場認証は、主に輸入品に対して行われるものであり、その認証は信頼できる民間団体が担っています。GLOBALG.A.P.は、民間団体が運営する農場認証です。

  アセアンや中国などの開発途上国では、民間団体が充分育っていないので、半官半民の団体や国の組織が農場認証を担っていることもありますが、基本は、スーパーが遠くの国まで経費をかけて調べに行く費用を肩代わりするための農産物の安全認証システムです。アセアン10ヵ国で使われている農場認証は、GLOBALG.A.P.に基づいて作られたASEANGAPを用いています。アセアン諸国が農産物を輸入する場合には、GLOBALG.A.P.認証が必要になります。イギリスの大手のスーパーであるテスコは、現在も「ネイチャーズ・チョイス」という農場認証制度を維持しており、海外からの一級品の農産物を輸入する場合には「ネイチャーズ・チョイス」認証されたものを輸入し販売しています。私が見学したタイの農産物輸出業者は、欧米に輸出する農産物は全て「ネイチャーズ・チョイス」の認証を受けていました。

  日本では、国の「GAP規範」がなく、よって立つものが無く、したがってGAPが殆ど行われておらず、国がリードする農場認証(いわゆる商業GAP)にのみ頼っているような状況です。これでは、アセアンの途上国にも及ばない状況です。

  日本は、正しいGAPの理解に向けて一層努力することが必要であり、持続的農業を基本とした国の「GAP規範」を作り、これに基づいたGAP施策を行い、農場認証は信頼できる民間に任せ、環境に悪いことをした場合には罰金を科し、良いことをした場合には、クロスコンプライアンスのリストに基づいて奨励金を出すことも考えたら良いでしょう。

   いづれにしても、GAP施策により、既に農業環境が悪化している地域を回復させるとともに、持続的な農業に国は力を入れることが必要です。

GAP普及ニュースNo.55 2018/1