-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『BAP農場をGAPにするコストについて考える』

GAP普及ニュース57号(2019/1)掲載

田上隆一
 一般社団法人日本生産者GAP協会 理事長

GAPはいくら掛かるのか?という質問

 GAPについての相談で一番多いのは「GAPを取るには幾らかかるのですか?」という質問です。良く聞いてみると、知りたいことの一つは「どのGAPが良いか」「そのGAP審査料は幾らですか」ということで、もう一つは「GAP導入の費用はどれぐらいか」ということです。質問者の多くは、GAP認証を取得することになったか、または取得を検討している人達です。中でも多い質問は「GAPを取るために農場で必要な施設や装置などの費用について具体的に知りたい」という質問です。「具体的に」というのだから、こちらから「農場のリスク評価をしましたか」「農場改善の計画書を作りましたか」などと尋ねてみると、「GAPに関して何もしていないので知りたい」という答えです。そのために私は「そもそもGAPは・・・」と説明することになるのが常です。すぐにもGAPに取り組もうという人達が、まるでGAP、つまり適切な農業行為の実施要件がパッケージになっていて、それを導入することでGAP認証を取得できると考えているかのようです。

  農林水産省では、一昨年(2017年)から、『「GAPをする」ことと、「GAPを取る」ことは別です』と指導しています。それを聞いた人達の中には、「結局GAPは取るのでしょう?」つまり「GAPは取るものであり、取るためにはGAPをやらなければならない」と考える人が多いようです。そして「どのGAPを取るのが良いでしょうか」「そのGAPを取るためのコストは?」「そのGAPをやるためのコストは?」と尋ねてくるのです。

GAPは持続可能な農業のための自己管理プログラム

 GAPと略されているGood Agricultural Practicesについて少しでも学んでいれば、また、農産物サプライチェーンで求められる農場認証(FA:Farm Assurance)の意味を知っていれば、このような質問にはならないのではないかと思っています。少なくとも日本生産者GAP協会の『日本GAP規範』を読んだ人や、同じく協会の「GAP実践セミナー」を受講した人、さらには協会の「GH農場評価員」の研修を受けた人であれば、このような質問はしないと思います。

  「GAP」や「農場認証(FA)」に関しては、これまでの農業経営では考えていなかった「持続可能な農業を実現するための自己管理プログラム」の導入・運営が問われるわけですから、GAPの担当者ともなれば、そのために必要な経費は、可能な限り正確に把握したいと考えるのは当然のことです。

  しかし、持続可能な農業の自己管理プログラムというものは、どこかにパッケージがあって、それを買って使えば良いというものではありません。はじめに農業経営があり、その実現のために農場管理を適切にコントロールすることが「GAPをする」ということなのです。したがって、どれかのGAPに合わせて「GAPをする」というものでもありません。

GAPの標準化で流通が容易に

 GAPや農場認証(FA)は、今や高いレベルで標準化が進んでいます。そのために、例えば民間の農場認証であるGLOBALG.A.P.を取得した農場を視察すると、農場施設の様々な場所に、似たような掲示物があり、自己管理プログラムの実施やその検証に利用する記録帳票なども、ほとんど同じような様式になっています。また、全国のあちこちの農場で利用が始まった生産記録システムでは、クラウドサービスのものも多くなり、それらは正に標準化の賜物とも言えます。JAの生産部会などなら、すべての構成メンバーが統一のコンピューターシステムを利用することによって、産地全体の農業の品質管理システム(Quality Management Systems:QMS)の運営が容易になります。そうなれば、農産物のサプライチェーンで求められる「大きなロットの農場認証」が日本でも可能になり、それこそが日本農業が目指すべき農場認証の姿です。

  農場認証を必要としているのはサプライヤーです。農産物の第一次サプライヤーはJAなどですから、農場認証の対象となります。農業者は生産者としてJAに出荷するメンバーということです。JAが販売する農産物は、農場認証取得団体としての標準化が必要であり、そのためにはGLOBALGAP認証制度のオプション2のように、JAが農場認証を取得しなければなりません。そのために構成メンバーをコントロールする「QMS」が必要であり、GAPも農場認証も「標準化」がポイントであることには間違いありません。

  しかし、それでも、「GAPをする」も、「GAPを取る」も、パッケージという訳にはいきません。なぜならGAPは導入するものではなく、「GAPではない農場をGAPにする」ことだからです。

「GAPをする」のは手法

 GAPの推進に関して、「GAPをする」の論理で考えると、「どのように?」の質問に対して、「GAPはこのように行う」という"やり方"を提供することになります。そうなるとGAP指導は、"農業生産工程管理手法"の伝授ということになるのです。例えば、農場認証を取得した農場のやり方をそのまま導入したいということになり、「各種の規則や手順書を下さい」ということになり、標準化された農場管理規則や手順書を入手すると、その「管理規則と手順書に合わせて農場改善を行う」ことと考えてしまうのです。

  それが、GAPの取組みの最初の相談で、いきなり「改善の費用を見積もって下さい」となるのです。経費が明らかにならなければ、「GAPをする」もスタートできないと考えることになり、ここでGAPは、事業も農業も思考停止になってしまいます。

「GAPにする」のは思想

 「GAPにする」の論理で考えれば、問題は解決します。GAPという概念は、新たに始まった取組みですが、農業は昔からずっと取り組んできた仕事であり、GAP(適切な農業行為)でも、BAP(不適切な農業行為)が少々あったとしても、農業者は食料生産の産業として世のため人のために役立ってきましたし、今も役立っています。

  ただし、化学物質の使用や工業化された現代農業のやり方の中には、環境破壊や資源枯渇をもたらし、場合によっては人の健康を害するようなことも起こすことが判ってきて、欧州で先ず「農業由来の汚染行為をBAPであると認識したことから、これからの農業はGAPでなければならないというGAP概念が作られた」のです。

  したがって、GAPという農業手法を導入するのではなく、今行っている農業のうち、BAPであるやり方を認識し、改善し、新たな手順として日常化するという思想が生まれ、その実行が求められるようになったのです。つまり、「GAPではない農場をGAPにする」ことがGAPなのです。

GAPはリスク評価から始める農場管理プログラム

 「GAPにする」ためには「どのように?」すれば良いのか。それは、「自社農場のBAPを明らかにして、必要な改善を行う」ことです。具体的には、農場経営と農場運営上のリスク評価を行うことから始めなければなりません。「どこが問題なのか」「なぜ問題なのか」「どの程度問題なのか」を明らかにし、必要とあらば、これまでのやり方を大胆に改善するのです。 その際の改善は「他の農場と一緒」ではありません。どの位リスクがあるのかと言う「リスクレベル」を中心にして、自社農場の独自の事情を考慮し、その結果、独自の改善方法を見つけることになります。コストをかけないか、コストを限りなく削減した改善を考えることも大切なことです。改善で大切なことは、リスクを削減するか、許容できる範囲にまでリスクを低減することです。そのために必要な経費は、GAPの結果として判るものでもあります。農場経営と農場運営上のリスク評価を行わなければ「農場をGAPにするコスト」は算定できません。改善の仕方は「他の農場と一緒ではない」のです。全ては、リスクの内容と自社農場の独自の事情によるのです。

 BAPを改善してGAPが終わる訳ではありません。GAPや農場認証で最も重要なことは、リスク評価に基づいて改善した農場管理のやり方を「継続する」ことです。『持続可能な農業の実現』というGAPの目的を達成するためには、日本では、日本の農業規範から逸脱しない日常の農場管理(コントロール)が必要になりますから、農場の管理システムとして体系化し、経営体で自己管理プログラムとして運営されなければなりません。

  この管理・運営体制の構築では、その多くは担当者による「工夫と改善」で行われるために、GAPのコストとして「特別に計上する必要がない」という事例が多く見られます。農場認証で検査員が重視するのも、当該農場に「直接的な問題があるかどうか」だけではなく、「予防原則」に従って、「問題が起こった場合でも対応できる仕組みがあるかどうか」になります。このような視点で考えると、農場管理プログラムを構築することが「GAP導入の経費なのかどうか」ということももう一度考えてみる必要があります。ついでにいえば、認証会社の料金は、検査員が当該農場の経営管理や運営体制を把握するために必要な審査時間で決まりますから、検査を受ける農場は、自社農場そのものの内容を正確に把握しておくことが大切になります。GAPにおいても、手法だけ導入しても、その思想を見失ってしまえば、肝心の目的を見失うことにもなりかねません。

GAP普及ニュースNo.57 2019/1