-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

国産農産物の評価を高めるには

GAP普及ニュース64号(2020/10)掲載

佐々木茂明
一般社団法人日本生産者GAP協会理事
農業生産法人(株)Citrus代表取締役

 ちょうど専業農家になって8年が経過した。どうして農業経営は安定しないのか、疑問点が見えてきた。実際に経営に入るとその厳しさが身にしみる。公務員時代の甘い考えを今は身に染みて反省している。農業経営における生産費としての人件費、資材費は高騰するばかりであり、一方、生産物の価格は相場に左右される。商品の品質にもよるが、余りにも価格が不安定であるように思う。それでも周辺農家は、自然災害、価格の暴落などに耐えながら、代々農業を続けている。本当に農家はバイタリティがあると思う。

 これまで周辺の大手企業が参入していた農業生産法人や、施設栽培に取り組んでいた企業が次々と和歌山から撤退していった。コロナ禍以前の話である。理由は2年前の大型台風の被害から立ち直れなかったためと公表しているが、弊社と深い関わりのある企業では、2010年頃、親企業から分社し「NKアグリ」と命名し、親会社の敷地内に大型の野菜工場を作り、レタス栽培を始めていた。私は分社前に現役の公務員だった和歌山県農業大学校に代表者から生産指導の依頼を受け、現場に出向いていた。分社後はしばらくレタスの栽培を継続していたが、ある時期からレタスとセット販売を目指し、地域の農産物を調達して流通業をスタートさせていた。なぜなら、農産物の生産のみでは企業としての採算が難しく、事業拡大するため流通業に軸をおくようになった。著者が就農した2012年にみかんとレタスのセット販売が続き、その後、全国規模の農産物流通へ乗り出していった。しかし、この春に会社を閉めることになったと「NKアグリ」の社長から挨拶文が届いた。

 また、和歌山県が誘致してカゴメがトマトの施設栽培を始めていたが、目標の計画規模に達しない中でやり繰りしていたようであるが、2018年の台風被害から立ち直れないと撤退してしまった。このカゴメの生産現場と著者が勤務していた農業大学校とが連携してIPM農業として天敵の活用の共同研究に関わっていた経緯があり、いずれの撤退も非常に残念に思った。

 さらに、著者と同時期に農業生産法人を設立した地元石油関連企業も、当初は著者の会社とも交流が有り、野菜や果樹など幅広く栽培を手がけていた。撤退してはいないであろうが、つい先日その事務所に行ったら人は見当たらなかった。管理していた圃場には人が入った気配がなかった。これらの背景をみると、企業感覚での農業は、成立しないのであろうと推測される。

 農業の企業的経営は非常に難しいということは、私も農業法人の経営を通じて実感している。農家はそれがわかっているから後継者を育てないのではないかと感じている。後継者がいなくて困っているのは一体誰なのであろうかと思いたくもなる。

 しかし、和歌山にはこのような寂しくなるようなことばかりではない。農家の救世主と言われる農業集団が誕生している。2019年6月の決算で年商10億円を超えたと設立者(秋竹新吾氏)自ら発行した著書「日本のおいしいみかんの秘密・農業の六次産業化による奇跡の復活」に示されている。私がその会社の設立者の秋竹新吾氏と出会ったのは「農業情報ネットワーク全国大会」が開催された1998年である。その頃はまだ7戸の早和共撰出荷組合の代表で、その販売戦略を伺ったところ、一般的な販売戦略ではなかったことを鮮明に覚えている。つまりミカンという商品を扱ってくれるお店の方々との交流を大切にしてきたと述べた。その秋竹氏から農業生産法人を設立したいがどのようにすれば良いのかと相談を受けた。この時に年商はやっと1億円に達したところだったが、このまま進んでも青果での伸びは期待できないと判断されていた。

 2000年に農業生産法人有限会社「早和果樹園」が誕生した。会社として運営するためには安定した商品を持たなくてはお客との取引が出来ないとミカンの6次産業化を進めた。これまでみかんジュースというと味や形状の規格外品を加工して外国産のみかんジュースと低価格競争していた。しかし、早和果樹園は青果で和歌山県が提案していた「味一みかん」糖度12度以上の高級みかんの生産に取り組み、これをジュースに加工して世界に類を見ない高級ジュースを作ろうと始めたのが成功の秘訣だったと著書に示している。当時、和歌山県農が運営するジュース工場に相談に行ったところ、日本には外国産の安いジュースが溢れているので勝てるはずがないと忠告されたという。やはり一般的な常識を越えないと、現状の農業では伸びはないのであろう。年商10億円の会社になるまでは、新たな挑戦の連続だったという。青果の生産では経験がなかった加工商品につきもののクレーム対応によって会社の運営手法が育ったという。それまで普通のミカンを栽培する耕種農家の集まりでは、商品管理についての安全性など考えたことがなかったが、会社の存続に関わるようなクレームを期に商品の安全管理に目を向けるようになった。まだ、農家の間ではHACCPという言葉さえなかった10数年前に和歌山県版のHACCPが出来、早速取り組んだ。そのときの加工原料のみかんの栽培に和歌山県版GAPの導入を決め、GAPに取り組んだという。2014年まではみかんの搾汁は外注していたが、2015年に自社のジュース加工場を建設し、本格的なHACCPを導入した。そして地域の農家や共撰から加工専用みかんを原料として購入を始めた。これまでの加工用みかんの3倍から5倍の高値で引き取り始め、一般農家では加工用みかんは「廃棄処分」程度にしか思っていなかったものの価値が一気に上がった。

 著書には、販売戦力で失敗した例として、低価格競争のスーパーでの販売で720mlを1000円では合わなかった。観光地での土産物品や高級ホテルでの販売など、取扱い先を挙げたが、現在はその低価格競争にも耐えうるちょっと美味しいレギュラー品のジュースに取り組み、これが成功して現在の売上げに至ったという。この国産ジュースは国内消費のみならず、中国、タイ、香港などアジア諸国に進出している。

 会社の後継者問題と社員募集には驚く。後継者は7戸の農家の中に4名の後継者がいて、それぞれも部門毎に話し合って決めたという。社員募集にはリクルートのマイナビを活用し、毎年数十人の大卒者の応募があるという。農業で若者がどうして集まってくるのかと不思議がられるという。

 このような基盤を築くには簡単ではなかったと思う。私が出会った頃から、いつも秋竹新吾氏は新たなことに挑戦していた。当初は農水省の近畿中国四国研究センターが開発したミカンのマルドリ栽培で東京シティ青果の支援で新宿高野での高級みかんの販売に、ジュースの試飲販売を東京のホテルで、同時に観光地の至る所で実施し、ミカンの栽培現場では中央農研のデータマイニング研究にICT導入に協力するなど、スマート農業という言葉かまだ浸透していな頃から積極的に取り組んでいた。著書の最後に「現在の50才以上の農家が頑張らないと後継者は育たない」とはっきり書いてある。しかし、彼らが「後継者を育てない」と考えているのは、自分はもう農業で頑張らないと諦めているのかも知れない。また、農業に新規参入した企業は、やっと農家に近づいたが、それを乗り越える努力が足りなかったのではないかと思えるようになってきた。

 企業の農業からの撤退、後継者を育てない農家などを見ていると、現状維持では持続できないということである。私も含め、早和果樹園のような各部門での開拓を進めなければ、後継者減で農家の平均年齢は他産業に比べると上がる一方であり、歯止めがかからない。農業分野だけに後継者が育たないわけではないが、下請けの中小企業が大手企業からの一方的なコストカットを押しつけられるような背景だけは回避していきたと考えている。

 私達が生きるのに不可欠な食品を国内外で安定的に供給し続けていくためには、海外との関係をうまく調整するとともに、日本農業をもっと持続可能な環境に整備していくべきであると考える。そのためには、農産物の流通の仕組みを考え直し、農家が生産した農産物の価値観を高めるための努力が必要と考える。これまでの経験から、過去からの農業のやり方では生産現場も流通現場もダメであることが明確にわかってきた。早和果樹園が切り開いてきた取組み手法を見ると、加工現場ではHACCP、生産現場ではGAPを導入し、消費者や流通業者に商品を提案できる農業を行っていることがわかる。一般農家はここまでの急な変更は出来ないかも知れないが、農業政策として日本型の環境保全型GAPの実施を標準化・義務化し、安い外国産農産物との差別化が図られれば、国産農産物の評価が上がると考えられる。

 ある地域の直売所を運営する農家集団は、一般農産物との差別化を図るために徹底的に味と安全性にこだわって農産物を栽培し、商品としての評価を高めており、遠くからでもその野菜・果実・コメなどを求めて買いに来るという。そこでは、立派に専業農家が成り立っているという。

 やる気のある農家を育てるためには、今こそ農家を始め農業を取り巻く業界がGAP・HACCPの義務化を農林水産省に勧めていく必要がある。わずか8年間の農業経験ではあるが、現在の農場認証GAPによる形式的な推進のみでは、日本農業は持続できないであろう。日本の温帯モンスーンの自然環境に合った日本の環境保全型農業のための『適正農業規範』によるGAPが重要である。

GAP普及ニュースNo.64 2020/10