-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

食品と農業とのはざまでの係わり

GAP普及ニュース66号(2021/1)掲載

日佐和夫
一般社団法人 生産者GAP協会 理事
大阪公立大学 食品安全科学研究センター/微生物制御研究センター 客員教授
元国立大学法人 東京海洋大学大学院 食品流通安全管理専攻 教授

 筆者は農業(農作物)に関して専門外である。農業とのかかわりは、平成8(1996)年7月13日「堺市学童集団下痢」による腸管出血性大腸菌 O-157 食中毒事件であった。その後、輸入冷凍青果物などの「残留農薬やトレーサビリティの視点からの海外農場調査」であった。

 本来、水産製造学が専門(当時の農林省、現在、国立研究開発法人 水産研究・教育機構)で、水産大学校製造学科卒業であり、卒業論文は海洋微生物であった。

 社会人になって、7 回の転職を経て、現役をリタイアした後も、食品と農業に関係している。今回の巻頭言では「農業とのはざまでの係わり」について、記述してみたい。

1.生鮮品及びその加工品と病原菌

 卒業後、魚病細菌の研究に興味を持ち、同校増殖学科研究科中退を経て大阪府立大学獣医公衆衛生教室の研究生になり、琵琶湖産アユのビブリオ病を研究することになった。その成果を「1967~8年にビワ湖のアユに発生せるビブリオと昨年朝鮮に発生せるコレラビブリオの関係について」として、日本細菌学会学術総会(1970年3月京都)に発表する予定であったが、当時は「琵琶湖にコレラが居ることは、ウサギが象になったことと同じだ」とか、マスコミが騒ぎ、発表を中止することになり、「学会での査問委員会」に出席させられた。23歳の若輩にとっては「恐ろしい経験」であった。その後、水産冷凍食品や大阪湾などでコレラが検出されたが、NAGビブリオ(性状はコレラで、その血清に凝集しないビブリオ属)とされた。しかし、「アユのビブリオ病原菌」は、コレラ判定である彦島型及び稲葉型血清には凝集しなかったが、「小川型血清に凝集」した。菌株が保存されていれば、その後の遺伝子検査技術で、シロクロが明確になったであろう。この研究で私が初めて経験した「人・魚共通病原菌(伝染病)?」であった。

 1970年代前後は、工場排水(公害)による富栄養化により「赤潮の発生」が問題となった。その中で、「渦鞭毛藻類(プランクトン)」が大量に発生した。渦鞭毛藻類が発生すると魚類が狂ったように泳ぎ、短時間に死亡した例が多く報告されていた。「渦鞭毛藻類が産生する毒素」でないかと提案したが、当時は、プランクトンが産生する毒素による魚病と言う概念はなかったが、水質改善による赤潮の終息に伴い、このことが問題とされることはなくなった。

 1980年代頃に、ある研究者から「外国産砂糖原料(原糖)」の入手を依頼され、この原料と砂糖のボツリヌス菌の分布を調査したところ、ボツリヌス菌が検出され、マスコミで取り上げられた。推測であるが、「砂糖原料由来植物」からの汚染・混入と思われた。外資系飲料メーカーでの砂糖の納入基準が耐熱性細菌数 100個/g 以下と言うのも、これに由来しているのかもしれない。

 40年ほど前に「乾燥ベビーフード」が販売され、任意で検査をすると「セレウス菌」「ウエルシュ菌」が検出された。当時は、研究以外で当該菌の検査をする民間検査機関はなかったと記憶している。品質管理屋の意地悪な性格であったのだろう。これらは全て土壌由来の病原菌と推察される。現在、多くのベビーフードは液状のものが多いと推測している(商業的無菌)。この件から乾燥野菜や香辛料・調味料などは、その製品の特性から「放射線殺菌でないと微生物の除去と品質保持」はできないと思っている。日本は「放射線殺菌タブー国」である。今後のグローバル化での課題であると考えている。

 1980年前後に「カット野菜がブーム」になり、スーパーや飲食店で、サラダバーなどの「バイキング方式」がブームになった。これを契機に、カット野菜の細菌汚染が問題とされ、一部には一般生菌数 1,000 万/g を超えるものもあった。消費形態の変化による微生物リスクが論議され、業界基準として「一般生菌数と大腸菌群数の基準」が設定された。これは、カイワレ大根事件以前のことであった。しかし、農産物の生食による食中毒事例のリスクは極めて低いが、行政的には、分母の事例だけを取らえて規制する。今回、HACCP制度化で、カット野菜は惣菜の範疇に含まれ、漬物と同様に、「営業許可対象品目にされる予定」である。

 最後の事例は、農産物加工品と病原菌の関係での経験談は、「真空包装辛子蓮根のボツリヌス中毒事件」1)がある。この事件が発生した当初、汚染源は、辛子蓮根の原料である蓮根、小麦粉、辛子味噌のいずれかが原因食品ではないかとマスコミなどで論議された。これらの原料は、農産物由来であることから、ボツリヌス菌で汚染されていてもおかしくはない。ある意味、小麦粉(外国産の場合)を除けば、日本はボツリヌス菌の汚染地域 2)であり、加工方法を間違えれば、食中毒が発生するリスクがある。この事例の原因は、原料由来ではなく、「辛子味噌の再生利用とその管理不良(辛子味噌の腐敗防止のために加熱殺菌後の冷却不足)」が原因と特定した。

 すなわち、農産物に限らず、水産物、畜産物には、水や環境から由来の「サルモネラ属菌、腸炎ビブリオや腸管出血性大腸菌など」、多種多様な病原菌をはじめ、腐敗・変敗の原因微生物が付着・存在する。従って、これらの原料を使用する場合は、加工技術での安全管理(特に加熱と冷却)が求められる。また、生食をする野菜の栽培・調製・出荷などにおいて、衛生管理が要求されているが、このことに関しては限界がある。しかし、カット野菜・カットフルーツなど「生鮮加工」での衛生管理の要求は厳しいものがあるが、利便性もあり、消費者による要求も高い。これらについては、農業事業者だけでなく、生鮮加工業者や消費者などの衛生教育も重要とされるべきであろう。

 食中毒事故に関して、他の産業とのリスクを比較した表を参考に記載した。

表.我が国の各種事故における年間事件数及び死亡者数(調査対象期間:H20~30 年)3)
(長岡技術科学大学 安全安心社会研究センター:川瀬健太郎、2010.)を一部追加
各種事故 10年間の事件数及び死亡者数 年間当たりの事件数及び死亡者数 死亡者数/事件数(年間・%) 年間死亡者数(人口10万人あたり)
事件数 死亡者数 事件数 死亡者数
食中毒(注) 211,409 57 21,140.9 5.7 0.03 0.004
労働災害 1,164,104 10,261 116,410.4 1,026.1 0.88 0.806
火災事故 437,369 14,876 43,736.9 1,487.6 3.40 1.168
交通事故 5,962,287 42,804 596,228.7 4,280.4 0.72 3.361
鉄道事故 7,780 3,012 778.0 301.2 38.71 0.236
航空機事故 166 88 16.6 8.8 53.01 0.007
地震災害事故 24,252 2,425.2 1.904
コロナ禍(注) 169,446 * 2,487 * 1.47 * 1.956 *

(注)事件者数は食中毒患者数または感染者数、*:2020.12.9.23:59 現在(NHK調べ)

 近年のコロナ禍による死亡リスクの「人口 10 万人当たり:1.956人」に比べ、食中毒による死亡リスクは極めて低く「人口 10万人当たり:0.004人」であり、その多くは、個人の山菜取りによる「毒キノコ」によるものである。従って、生鮮品販売も含めた食品産業のリスクはもっと低くなる。このようなことから、食品衛生管理に関わる行政経費や企業経費を設備改善や農場改善などに転用したほうが、リスクが低くなると推測する。

 しかし、今回のコロナ禍においては、異常な食品衛生管理が、一部コロナ感染防止(手洗い、マスク着用など)に役に立ったものと言えるであろう。

2.HACCP制度とGAP導入

 HACCP の制度化においては、事業者規模によって「HACCP に基づく衛生管理」「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」に区分している。いつもの通り、この区分については、行政では明確にしていないが、食品事業者にとっても、この区分判断は難しいところであろう。

 一方、衛生管理としての GAP 導入においては、HACCP 制度同様、「GAP に基づく衛生管理」「GAP の考え方を取り入れた衛生管理」に区分できるかもしれない。農業の専門家でないので、この区分について述べるのは僭越であると感じているが、この2つの区分に「家族的経営農家でのGAP の考え方を取り入れた衛生管理」の指針が出来ればと思っている。つまり、「GAP の考え方を取り入れた衛生管理」の「簡易版レベルの衛生管理」を策定する必要があると考える。すなわち、「GAP に基づく」「GAP の考え方」の違い、さらに「考え方を取り入れた」という文言の多様な解釈などを整理すれば、「家族的経営農家のための GAP の考え方を取り入れた衛生管理」というガイドラインも可能と思われる。ポイントは、「考え方を取り入れた」という「現場的柔軟性及び多様性」であろう。具体的には、栽培形態あるいは栽培作物群別の最低限のチェックリスト(点検表)と記帳(特に農薬使用履歴)であると推測する。HACCP の視点で言うならば、英国基準庁の SaferBetter Food Business 飲食版 4)のトレードオフすることで活用できるかもしれない。

3.GAP及びHACCPシステムと形式知及び暗黙知

 GAP導入やHACCP制度を批判する気はないが、これらに関して「陰と陽」を感じている。わが国のこれらを見ていると、米国流経営手法で代表される「形式知(言語などによって説明できる知識)」に偏りすぎているような気がする 5)。そう感じるのは、日本における経営資源である現場の力となる「暗黙知(パーソナル・ナレッジ:固有の人材・技術・情報など)」)を組織や社会環境が受け入れずに、「正論」・「理論武装」として「形式知」を受け入れたと考えている。特に、食品安全の分野においては、「米国流」あるいは「グローバル経営手法」「GAP や HACCP」に変わっただけという気がしてならない。しかし、農業事業者は、幅広い経験的な生産に係る栽培技術やその哲学などを知識として有している傾向があると感じているが、食品事業者は、それに比べ、「自己の持つ技術」より「経済原則」で物事を考えているような気がしてならない。このことは、多様な取引の中での「バイイングパワー」が影響しているような気がする。

 一方、これらの安全に関して「形式知に基づく法規制によるシステム」が確立するのは良いことであると感じているが、この分野には、このシステムをブレークダウンしたところでの現場的発言をされる専門家が多く、また、行政もこの専門家を利用しているようにも感じている。このことの弊害は、現場における「専門家による形式知(正論)」がまかり通り、「現場の知識である暗黙知」が否定的に扱われることが多い。しかし、科学的根拠を求める専門家側は、科学的根拠として運用できるものと運用できないもの、さらには、科学的根拠を求めること自体が難しいことなどの区分が出来ない専門家が多い。少なくとも、これら専門家が科学的根拠を求める前に、その求める根拠や参考文献例、さらには科学的根拠となるための実験計画例も提示して欲しいものである。

 現在、コーデクスの改訂作業が進んでおり 6)、その中で、「HACCP プランの妥当性確認」「許容限界値の妥当性確認」などが検討されているようである。このことは、「正論」であると認識しているが、今回の「HACCP 制度」の「HACCP の考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」の対象食品等の事業者の多くは中小・零細企業である。従って、形式知の科学的アプローチ(科学的数値あるいはその根拠)は、行政的トップダウン(自治体への通達)に過ぎない。この手法は、企業の従業員(食品衛生監視員も含まれるかも?)が持つ大量の「暗黙知」の力量(職人的あるいは経験的技量といわれるもの)を期待していない(Anti ー Flexibility)。確かに「形式知」は「理論武装」にはなるが、「形式知」だけで「食品現場を運営(監視・指導)することには限界」がある。

 また、HACCP 制度化において、形式知における「3つの密(過剰)」が見られる(表)。

表.HACCP 制度化において、形式知における「3つの密(過剰)」
  1. オーバー・プラニング(過剰でかつ詳細な HACCPプラン作成の要求)
  2. オーバー・アナリシス(過剰でかつ執拗なハザード要因分析の要求)
  3. オーバー・コンプライアンス(必要以上の過剰な文書及び記録等の要求)

 HACCP is Simple、Simple is Best であることから、運用(監視・指導)を見直す必要があるだろう。これに関しては、新型コロナの「特措法に基づく分科会」への経済学者などの参画と同じように、今回の「技術検討会」にもリスク評価とその管理の総合的専門家の必要性があったかもしれない。これらも GAP 導入の中での共通した問題になると推察する。

 近年、新規または改訂される国際規格や諸外国の規格の中には、改訂前の具体的事項から多様な解釈や運用面に対応できるような規格解釈に変更され、本来の規格要求事項の意味が理解できないことがある。さらには、「カタカナ英語だけがスプーク」されることもある。特に暗黙知を重要視する審査員は、旧版から改訂版の意味を理解しようとしていることに遭遇することがある。これを見ると、若い審査員の「軽薄短小的な審査」に対する不安がある。これは年寄りの冷や水だろうか。

4.GAP認証とフードチェーン一連でのホワイト認証チェーン構築7)の課題

 HACCP 制度化が 2021年6月から施行される。行政の縦割りの中で対象は食品事業者となる。しかし、総合的な食品安全・品質・情報の視点で考えた場合、フードチェーンにおけるホワイト認証チェーン構築が論議されなければならない。

 一般的に問題を起こした組織などは「ブラック組織」と判断されるが、それ以外の組織を「ホワイト組織」と判断されることは難しい。また、一方では、コンプライアンスなどに抵触した大組織であっても、他の分野で評価され、「優良?組織」としての評価は高い。このように、総合的な評価における「ホワイト認証」には限界があるが、総合的な食品安全・品質・情報の視点での「ホワイト認証チェーンの構築」は可能であると考える。そのためには、小売業や消費者団体の総合的食品安全管理論の学習が必要であろう。

 この食品安全にかかわる「ホワイト認証の出発点」が、「GAP(適正農業規範)認証」であると考えている。フードチェーンにおける認証項目としての食糧フローは、GAP(適正農業規範)、GVP(適正獣医規範)、GMP(適正製造規範)、GPP(適正生産規範)の順になると考えられ、全体に関与するものとしてGHP(適正衛生規範)があり、フードチェーンの間に位置するものとしてGDP(適正流通規範)がある。さらに、食品安全・品質を含めたフードチェーン全体に関わる商取引としてGTP(適正取引規範)が存在すると考える。また、その中に、「SDGs(持続可能な開発目標)17 の開発と 169 のターゲット」が関与するのかの検討も必要になるかもしれない。

 一方、ISO 22000:2018 の3.用語及び定義、3.35 前提条件プログラム(PRP)の中に、上記の「適正規範」が挙げられている。しかし、これらについての要求事項での具体的な記述はなく、ISO/TS 22002-1(食品製造)、2-2(ケータリング)、2-3(畜産・水産業)、2-4(容器包装製造)に依存?しているようである。また、同時に、8.3 トレーサビリティシステムについても、ISO/TS22005:2007(飼料及びフードチェーンにおけるトレーサビリティシステムの設計及び実施のための一般原則及び基本要求事項)も同様である。このような総合的な視点で考えると、ISO 22000、FSSC 22000 などのような第三者監査員や取引先監査である第二者監査員、さらに内部監査員である第一者監査員などの力量(視点の狭さなど)が問われてくるであろう。現場の視点からすると、これらの認証監査は、「簡易的認証」と理解せざるを得ない。さらに、審査員要員認証教育においても、「食品微生物学」「食品化学」「動物生産:水産コース」「動物生産:家畜・家禽コース」「水産・畜産・農産・食品及びその加工品の衛生関連法令」さらには「個別品群(例:鶏卵・はちみつ等)」など、個別事項を含めた総合的知識が求められるであろう。

 今後、監査員、監査機関の選別による認証が、事業者への客観的評価(認証)となる。従って、「ビジネス認証」を否定する気はないが、「技術認証能力」のある監査員及び監査機関を評価できる生産事業者、さらに、その納入事業者の食品安全担当者(経営者も含む)の力量に期待したい。

参考資料

  1. 日佐和夫・林賢一・阪口玄二:真空包装辛子蓮根によるA型ボツリヌス中毒事例に基づく辛子レンコン製造過程の HACCP プラン作成の試み、HACCP システムによるボツリヌス中毒防止に関する考察(1)、日本包装学会、Vol.7,No.5,p231-245,1998
  2. 厚生労働省資料:ボツリヌス菌汚染実態にかかるデータ、別添1 土壌中及び食品中のボツリヌス菌の分布 2007.6、www.mhlw.go.jp → shingi → 2007/06
  3. 日佐和夫:HACCP 制度化での技術専門家と現場との乖離―正論肯定と暗黙知軽視―、日本食品化学新聞社「月刊フードケミカル 11月号」、p48-51、2020
  4. 平成 27-28 年度厚生労働科学研究(HACCP の導入推進を科学的に支援する手法に関する研究)の中で、「飲食店における Safer Food Better Business を基にした HACCP に基づく管理手法の開発:分担研究者:豊福肇」
  5. 野中裕次郎:失われた 20 年の失敗、科学的アプローチに偏りすぎた日本企業、WedgeVol.31, No.8, p14-17, August,2 (2019)
  6. ISO/TC 34/SC 17/WG 11、on Doc. ref.:N 032、2019-12-19、Subject:PROPOSED DRAFTREVISION OF THE GENERAL PRINCIPLES OF FOOD
  7. 日佐和夫:教育講演、グローバル化に対応した食品工場監査~フードチェーンにおけるホワイトリスト化への課題~、日本食品微生物学会誌、32(1),17-27,2015

GAP普及ニュースNo.66 2021/1