-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『日本農業のトランスフォーメーションを考える』

GAP普及ニュース71号(2022/08)掲載

中島 洋
沖縄トランスフォーメーション 理事長

 持続可能な社会を求める消費者意識の変化やSDGsを枠組みにした農業政策の変化、さらには戦争や気象変動がもたらした食糧貿易に対する不安に基づく食糧安全保障の要求、と、「農業をめぐる環境」はここ数年、大きく変容しつつあり、今年になってさらに変化し続けている。長期的な展望を基に計画する農業にとって、「農業をめぐる環境」の激変は極めて深刻な事態である。さりとて、激変は避けては通れない。激変する環境が圧力になって、次の「農業革命」、現在頻繁に使用されている概念でいうと、大胆なトランスフォーメーション(遷移)(注1)を試みなければならない。

 農業は誰のためにあるのか。そのステークホルダー(利害関係者)たちは、これまでの日本農業の維持継続ではなく、農業をめぐる新しい環境に適応したトランスフォーメーションを要求している。2021年5月に農林水産省が発表した「みどりの食料システム戦略」でも「トランスフォーメーション」という用語こそ使っていないが、「持続性」という言葉を前面に出し、農業政策もSDGsを枠組みとした新しい方向に舵を切った。

これまでの連続性のままの未来はない。激しい変化があるときには根源から考え直すことも未来の方向を見極めるために大きな価値があるだろう。

1.生産者のための農業

農業従事者の収入の向上

 直接的には生産者にとっては生活の糧を得るためだろう。これは農業の始まりの時から変わりはない。自給自足の時代には「業」としての「農」はない。交換経済で農作物を求める買い手ができ、産業の分化が進展して農業の形が形成されて来たが、生産者が適切な収入を得るための農業という役割は変わらない。生活を支える全部の収入を得られなくても、一部の収入を得られれば生産者は農業を継続してきた。

 これからの農業も生活の全部、または、一部を支える収入がなければ持続しないだろう。それはデジタル技術の利用によって可能であるという見通しがついてきた。生産者の過重な労働を軽減させる安全で能率の良い生産方式の確立も要求される。

 農産物の品質を向上させ、単位当たりの収量を無理なく増やし、単位当たりのコストを下げる、生産性の高い産業への成長が求められる。その結果として農業従事者の収入増加が得られるはずである。農業は高収入をもたらす産業にトランスフォームしなければならない。

 20世紀末、欧州で生まれたGAPの考え方の中には農業生産の従事者の作業環境の最適化が盛り込まれることになった。21世紀に登場したSDGsでは、人権という観点から従事者の利益を尊重するとともに、消費者の行動姿勢まで幅広く指針を提示している。

従事者の作業環境の健全化

 産業としての農業の分業体制が確立するとともに、生産者と消費者の間に介在する数段階の取引・流通事業者が成長してきた。企業組織として力をつけた介在事業者は有利な取引条件を農業者に要求するようになる。介在事業者の利益を生み出すために、農業現場は過酷な長時間労働や農薬散布などの健康を害する作業環境が生まれてきた。また、農業分野でも経営者と労働者が分離する経営システムが生まれ、利潤追求の経営システムでは農業現場の作業環境は劣化の道をたどることになる。

 こうした生産者の劣悪な作業環境を改め、生産者にとって適切な作業環境を作り出さなければ、農業の持続は不可能であるという発想が20世紀末、欧州で育ち始めた。これを持続的農業の必須条件とするGAPが生まれる源流になった。 GAPと同じ源流をもつSDGsも「人権」というアングルから労働者の作業環境を重視している。

成長の限界

 さらに前身をたどれば1972年にローマクラブが警鐘を鳴らした「成長の限界」がある。このままの経済発展が続けば、人口増に食糧生産が追い付かず、また大気汚染や廃棄物による海洋汚染などで地球環境が破壊され、地球や人類の存続に赤信号が灯るという警告だった。食糧生産では化学肥料の進化によって人口問題は克服されたとされたが、現在ではその化学肥料も環境破壊の一因とされるに至っている。また、当時、窒素や硫黄酸化物による大気汚染が問題だったが、その後、温室効果ガスである二酸化炭素が地球環境破壊の主因とされ、ローマクラブの警鐘が今日まで生きている。

 ただ、SDGsは「成長の限界」で提示された課題を取り込みながら、開発の目標を持続可能性なものへとすり合わせることによって、限界も乗り越えられるはずだという楽観論も含んでいる。「環境」も「経済」もと2兎を追うのがSDGs(注2)である。農業分野も地球や人類の持続可能性に適合するようなビジョンと目標を創造し、生産者にとって希望が持てる新しい産業にトランスフォーメーションすることが求められる。

 目標は生産性の向上による収入アップだが、従来との違いはデジタル技術の登場である。作業環境の健全化もデジタル技術により可能になる。危険な作業のロボットへの置き換え、重労働のロボットへの置き換え、これまで可能でなかった農作業の自動化による実現など、農業生産現場は大きく変容する可能性を秘めている。

2.消費者のための農業

生産者と消費者の直結

 生産者は消費者の需要なくしては存在しえない。

 しかし、生産地と消費地が遠く離れた農業分野では消費者の支持があるのかないのか、直接に知ることは長い間、難しかった。途中に卸売り市場を挟み、あるいはスーパーなど大型流通の注文に従って作付けを行う。もちろん、作物の種類、生産量、収穫時期などは注文の状況を見ながら生産者自身が判断するにしても、消費者の直接の需要を知るわけではなかった。また、消費者の需要を知る手段もなかった。

 インターネットの発達によって状況は少しだけ変わりつつある。

 生産者と消費者が直接に売買する機会が増えた。

 消費者の需要を知る手掛かりは得られるはずだが、それはほんの一部に過ぎない。しかも、実は、消費者自身も自分の需要の中身を本当に知っているわけではない。消費者が商品を買う動機が何なのか。おいしさなのか、栄養バランスなのか、ダイエットなのか、価格なのか、あるいは直近のテレビ番組で紹介された料理食材なのか。一部の消費者の注文だけでは需要の大きな動向をつかむわけには行かない。相手にする消費者の数がよほど多くないと局所的、一時的な需要しかつかめない。生産物の大半は従来通りの市場や大型小売チェーンのルートに流れている。

SDGsとエシカル消費

 短期的なビジネスで言えば、特定の顧客をつかみ、定期的な注文を得られればそれでも産地直送の農業を実現することはできるだろう。しかし、あくまでも消費者の一部の需要をつかんでいるに過ぎない。それでは消費者の大きなトレンドをつかむことは難しい。

 日本の消費者の動きを予測するのに海外市場の動きを参考にするのは必ずしも適切とは言えない、という批判を被るのを覚悟してあえて消費の大きな傾向を指摘すれば、やはりSDGsに影響を受ける消費の変化を挙げなければならない。

 かなり以前から普及し始めたキーワードの一つは「エシカル消費」である。農産物に限ったことではなく、衣類や家電製品などでも消費者の購買行動に影響する変化として注目されている。「エシカル」は「エシック(倫理的)な」という意味である。ここでいうエシックはSDGsが現れる前から普及してきた考え方だが、本質的にはSDGsに通じる考えである。「地球環境にやさしい」というほどの感覚だ。衣類についていえば化学繊維は避ける。食器や雑貨品ではプラスチック製を避ける。レジ袋の使用を避ける、輸送に伴うエネルギー多消費を避ける、など、細かいところで商品選好の基準に変化が起きつつある。加工食品の選好でも、原料となる農産物にまでさかのぼって「エシカル」かどうかの情報を要求する。消費傾向を先取りする消費者は、商品について生産から流通に至るまでチェックし始めている。

 この傾向は欧州では顕著である。欧州の消費者は電気についてすら、それが原子力発電由来か、化石燃料由来か、あるいは再生エネルギー由来か、その情報開示を電気事業者に求め、多少価格が高くても、再生エネルギー由来を選ぶようになっている。

 SDGsが登場すると、さらに変化の兆候は範囲を広げている。農業分野にも変化を及ぼすいくつかの兆候が出始めている。

 すでに20世紀終盤から、消費者の関心の一つとして、農産物の栽培過程で人間に健康被害の可能性がある化学肥料や農薬を使用していないか、があった。当初の関心は人間の健康についての影響だった。しかし、SDGsの登場で、化学肥料や農薬が地球環境に負荷を与えるものとして排除すべきものという位置づけになった。

カーボン・フット・プリント

 最近、注目されているのは、さらに詳細に、カーボン・フット・プリントである。商品の生産過程でどれだけ二酸化炭素を排出しているか。生産地から消費地に輸送されるまでにどれだけ二酸化炭素を排出しているか。商品にその表示を求める消費者の要求が強まっている。厳格になれば、農産物の場合は生産工程で使用する肥料や薬品のカーボン・フット・プリントの数値が加算される。生産地から消費地までの距離が短ければ短いほどカーボン・フット・プリントの数値が小さくなり、高評価になる。地産地消の有利な状況が生まれる。輸入より国産。それもできるだけ近隣の地域で生産されたものを購入する。

 従来は利用するエネルギーはコストに反映されるので、消費者の選好は価格競争で吸収されると考えられてきたが、エシカル消費に目覚めた消費者は直接、自分の購入する商品の地球環境の負荷の大きさを知りたがっている。流通の一部では、健康のためのカロリー表示よりも環境負荷の数値であるカーボン・フット・プリントの表示が求められている、との指摘もある。実際に商品にカーボン・フット・プリントの数値を表示する例も報道されている。消費者の求める農産物の条件が今後、どのように変わるか。

「ビーガン消費」

 「ビーガン」も欧州の若者から急速に広がっている。菜食主義が肉類や魚類を食べず、植物性の野菜、穀物だけの食生活だったのに対し、「ビーガン」はさらに鶏卵や牛乳、乳製品まで排除するという徹底したものである。菜食主義同様、元々は動物の生命を尊ぶという宗教的・哲学的な要因で、それが発展して通常食に比べて健康維持にも効果があるとされた。20世紀後半から個人の健康維持の理由で「ビーガン」の実践者が広がって来た。

 21世紀に入ってさらに実践者が増加している。21年の東京五輪では「ビーガン主義者」の選手が多くなり、主催者側では選手村に「ビーガン食」も多量に準備し、提供した。体力を競う五輪で「ビーガン食」の方が能力を向上させると信じる選手やコーチがそれだけ多くなっているということだ。

 「ビーガン」の広がりを加速させたのがSDGsの価値観である。

 健康を増進するという個人的な理由ではなく、SDGsに基づくエシカル消費(社会に負荷をかけない消費)の観点から「ビーガン」が推進されるようになった。欧州の若者の中には、牛肉を使うハンバーガーを食べない動きが広がっており、この動きは農業や畜産業の在り方に大きな変化を引き起こさざるを得ない。消費者たちはすでに知られているような以下のようなストーリーで新しい消費行動に移りつつある。

 肉食や牛乳、鶏卵などの畜産業では飼育に使う穀物の生産を考慮すると、世界全体の農耕地の83%が家畜のために使われてと言われる。家畜の飼料は年間7億トンで、人間が消費する食糧を家畜が奪っている。畜産動物を経由する栄養やエネルギーを人間が摂取する間接消費より、穀類を人間が食べる直接消費の方が圧倒的に効率は良い。飢餓をゼロにするSDGsの目標から、畜産業は何らかの改変が要請される。

 次に、家畜のげっぷや糞尿から排出されるメタンガスの問題である。メタンガスは空中に拡散すれば温室効果は二酸化炭素の20倍以上に及ぶとされる。地球環境保全のためにも食肉消費を避けるというのがSDGsに触発された消費者の選好である。

 同様にSDGsの観点から、家畜動物の飼育の過程で使用される水の量も問題視される。たとえば牛肉1キログラム生産するために約13,000リットルの水を使用するが、トウモロコシ1キログラムの栽培に利用する水は500リットル。つまり、牛肉生産にはざっと26倍の水が使われる。世界的には飲用水は十分に確保されているとは言えない。トウモロコシを食べる方が水問題の解決に寄与する。

 廃水も問題だ。処理施設を完備した先進国はともかく、途上国の畜産では未処理の糞尿や疾病予防の抗生物質や薬品が川や海に流れ込み、水質汚染を引き起こす。飲料水は劣悪な状況になり、水不足を加速させる。

 SDGsの知識の普及から、若い消費者を中心に食肉は社会的に害悪であるという意識が広がり、「ビーガン消費」へと向かっている。若いうちに醸成された価値観を人は何歳まで維持するのだろうか。体質まで「ビーガン体質」に変わってしまえば、畜産業界が消費者を取り戻すには相当の努力と生産システムの改変が必要になるだろう。

再生エネルギー

 消費者からの農業分野への要求で強まってゆくと思われるのは再生エネルギーの利用である。化石燃料を避けて、再生エネルギーが使われているかどうかも、消費者が商品を選ぶ基準になってくると思われるが、農産物についても同様だろう。農作業の過程で機械を動かす際に、化石燃料由来ではなく、再生エネルギー由来の電力あるいは動力を利用しているという消費者へのアピールが必要になるはずである。消費者の意識の変化によって、農業分野の仕組みのトランスフォーメーションが求められる。

 もちろん、農業側でも対応に動き出している。SDGsの影響を最も受けやすい畜産業界をはじめとして、消費者のこうした意識変革に対応した取り組みである。

国産化

 基本的な対応は国産化である。国産の畜産物の方が輸入品よりもSDGsの方向にかなっている。休耕田などを利用して飼料穀物を生産し、国産穀物生産を拡大することによって国際的に激しくなる家畜動物と人間との食糧の奪い合いを回避する。さらに水問題である。畜産物輸入は結果として海外の水を日本の消費者が奪うことになる。国内畜産の拡大は国際的水問題の緩和につながる。糞尿などは肥料に加工して飼料作物の栽培に使い、メタンガスもエネルギー源に利用するなどの循環型の事業システムを構築することで消費者のエシカル消費の要求を満たすことができる。

 農水省の「みどりの食料システム戦略」でも、未来の日本農業の基本スタンスを「国産化の拡大」に置いている。SDGsを契機にして新しい日本の農業、畜産業へのトランスフォーメーションを推進するー-その機会が訪れた。

3.食の安全保障のための農業

コロナとウクライナ侵攻

 2020年の新型コロナウイルス感染症の発生と世界各国への拡散で世界の工業生産の供給網が機能マヒに陥ったが、それに輪をかけて、2022年には、日本社会が従来の経済システムの継続に危機感を抱く重大な事態が発生した。ロシアのウクライナ侵攻で露呈した国際貿易の破綻である。歴史に深く刻まれる、ここ数年の一連の事件も「国産化」の重要性を強く認識させるものだった。

 東西冷戦の終結を背景にして20世紀終盤に始まった世界の自由貿易の加速化は、善意の国家同士が国際的な分業体制を確立し、必要な食糧、資源、工業製品は、その生産国からいつでも必要なだけ調達できるという確信を前提にしたものだった。グローバリゼーションである。米国の利己的な面も濃かった米国主導のグローバリゼーションだったが、どうやらこれは幻想に終わった。

グローバリゼーションの終焉

 グローバリゼーションの前提だった「善意ある国家」は虚構だった。

 いくつかの国家から善意をもぎとってしまった原因の一つは地球温暖化の影響である。かつて経験のない酷暑が訪れ、山火事や干ばつが脅威を増している。台風やハリケーンなどの低気圧も規模が大きくなり、都市や農地を破壊するような大洪水が頻繁に起こるようになって来た。適度な気温と降水で成り立ってきた農業がうまく回らなくなりつつある。干ばつと洪水による不作が続くと、穀物生産国が輸出を抑制するようになる。インドなどでその傾向が見られ始めた。

 そうした傾向が数年続いた後に、ロシアのウクライナ侵攻である。国家が領土拡張の野望を達成するために、国際的な食糧流通を妨害する、という、これまで想像もしていなかった圧力を加え始めた。そうした野望をもった国家に善意を期待する方が無理である。世界の食糧の供給体制は危機に瀕しつつある。ということで、複数の穀物生産国から欲しいときに欲しいだけ輸入すればよい、という日本の食糧戦略は破綻寸前になっている。

 目を転じると、太陽光発電や電気自動車、ハイテク機器に必要な希少金属も地球上で局在しており、この資源国が輸出を絞れば日本の産業がダメージを受ける。部品も同様だ。中国やアジア諸国に部品生産を移転してきた日本の製造業はコロナの感染拡大で部品調達が止まり打撃を受けている。これまでのような労賃の安いところに部品生産を託す、というようなコスト重視のグローバル化は経済安全保障の面から見直しが必要である。気が付けば日本の方が労賃が安い産業分野も増えている。

食糧の安全保障

 その経済安全保障の連想から食糧の安全保障もクローズアップされて来た。

 「善意ある国家」を前提にしたグローバリゼーションの夢から覚めてみれば、食を海外に依存してきた日本農業の見直しは急務である。これはSDGsにも沿うものだ。SDGsの目標の2番目は「地球上から飢餓をなくそう」だが、まず、海外の食糧を奪わないようにするために、日本が食糧自給比率を引き上げることは目標に沿っている。日本の食糧の安全保障を考え、自給率を引き上げる日本農業のトランスフォーメーションは世界から飢餓を減らすためのSDGsの目標とも一致する。さらにデジタル技術を利用したデジタルトランスフォーメーション(DX)によって日本の農業の生産性が上がれば、SDGs農業の状況も評価されて海外市場も日本の農産物や加工食品を受け入れる新しい時代が訪れるかもしれない。

4.投資家や融資機関が求める農業

トランスフォーメーションの主要プレーヤー

 日本の農業のトランスフォーメーションにはデジタル装備への投資も不可欠になる。農業機械の刷新や再生エネルギー投資への資金調達も重要だ。こうした資金集めにもSDGsの実践が必要になった。

 一般的に投資や融資の判断基準が基本的に変わった。特に投資の主役となる年金投資機関は、目先の数年の利益ではなく、数十年先の年金者への支払いを視野に入れなければならない。20年、30年先の事業の存続可能性が投資先を決める判断基準になる。現在の視点で、長期間、存続可能な条件を満たすのがESG投資と名付けられる投資である。 たとえば、二酸化炭素を出しまくる火力発電所は、存続可能な事業ではない。新設の資金も集まらないし、メンテナンスのための短期融資を得るのも簡単ではなくなっている。廃棄コストが未知数で事業収益に疑問符が付いた原子力発電所も資金調達はしだいに難しくなるだろう。

ESG投資

 ESGは環境(E: Environment)、社会(S: Social)、ガバナンス(G: Governance)の英語の頭文字を採ったもので、EとSはSDGsの内容と重なるので、長期存続可能な事業とはSDGsを実践する事業ということになる。

 金融機関の融資もESG投資にならって、ESG融資が活発になっている。

 総括すると、投資家や金融機関は資金調達の面から、事業の方向性を誘導する力を発揮するが、その方向性とはSDGsが示す目標に一致する方向である。

 一般産業と同様に、農業分野でもSDGsを実践しているか否かが投資家や金融機関の判断の審査基準になってゆく。また、投資家や融資機関も出資元から長期存続可能な事業に資金活用することを求められている。

 資金調達の面からも農業はSDGsの実践を求められることになる。投資家や融資機関の方針の変化も農業の方向を決める重要なファクターだ。

5.農業をトランスフォーメーションさせる技術

地球全般の危機と農業内部の指針

 SDGsは企業や個人、行政などすべてにわたる目標を示したもので、農業にも未来の指針を提供している。内容や考え方に重なる部分も多いが、GAPは農業生産者の活動指針という特質があって、SDGsのカバーしない範囲も取り扱っている。その一方で、消費者がSDGsで意識する「エシカル消費」にアピールする力は弱い。

 たとえばGAP指針の中の農薬や化学肥料の使用を減らす目標はSDGsの「生物多様性の維持」に相応する。ただ、SDGsは消費者に無農薬、有機肥料栽培が人間の健康面だけでなく、生物多様性を維持する「エシカル消費」につながることを理解させる。一方のGAPは生産者内部の運動にとどまっていて、消費者に訴える力が弱いように見える。GAPは実は、農業の「エシカル生産」実践の指針である、と表現することができるが、消費者に当事者意識を感じさせるのは難しいだろう。農業生産者以外の心には響きにくいGAPの意義を、SDGsのシナリオを参照しながら、農業のトランスフォーメーションと平仄を合わせながら次世代GAPを再構築することが必要かとも思う。

 SDGsは地球全般の危機に応じた新しい指針なので、GAPを含めた農業内部の価値観や指針とは異なる部分が多々ある。現状の農業をSDGsが指し示す目標に合わせるには相当の努力が必要になる。しかし、SDGsを物差しにGAPや現状の農業を見直し、再構築することで上記のようにトランスフォーメーションへの第一歩が踏み出せると思う。

強力なデジタル技術

 幸い、課題を解決するための道具がたくさん登場してきている。その代表的なものがデジタル技術である。また二酸化炭素排出を低減させるための電気動力の機械や再生エネルギー利用のための技術、再生エネルギー推進のための政策も様々に打ち出されている。

 この中で特に影響の大きいデジタル技術を取り上げると、その代表的な事例は「スマート農業」と呼ばれる挑戦だろう。

 多量のセンサーを圃場に配置してデータを収集し、日照、気温、二酸化炭素濃度などの生産に関連した諸条件と収量、品質などの結果のデータを解析して、最適な条件を洗い出して生産性を著しく向上させる(IOT農場)。日照をLED照明に変えてさらに生産性を上げる。利用する電力は太陽光や風力、水力などの再生エネルギーに切り換える。

 データの解析にはAIを中心にしたビッグデータ解析技術が利用される。各スマート農場で蓄積される知見はクラウドに集められ、さらにビッグデータとして高度な知見に磨き上げられてゆく。データが豊富になり、気象条件や収量、品質などの結果の組み合わせが多くなれば、時間と共に解析精度は向上し、データ駆動型の新しい農業に進化してゆくことが期待される。

 ドローンも生産性が向上する新しい農業では幅広く利用される。現在は圃場の環境情報の収集、生育状況の収集、種まきなどに利用され、作業効率を飛躍的に向上させることを期待させている。生育情報では、果実や野菜が収穫最適になった個体を識別して選択的に収穫する自動走行スマート農機の収穫作業につなげるなど農作業の根本からの改革が進展するかもしれない。「みどりの食料システム戦略」でも必要な技術開発の工程表を策定している。具体的に技術開発予算などが準備されれば民間企業や大学などの研究機関で技術開発作業が加速されるだろう。

 脱二酸化炭素、脱穀物輸入、畜産業でのげっぷ・糞尿処理問題など、「みどりの食料システム戦略」では、日本農業のこれからについて対応する技術開発のメニューを幅広く列挙している。ただ、「戦略」では課題の確認とその解決を期待できる技術について列挙しているにとどまり、次代の農業の具体的なイメージは提示していない。

イノベーションのジレンマ

 現在、各産業分野で起きているトランスフォーメーションでは、ビジョンが明確になっているものがいくつかある。自動車産業ではガソリンエンジン車から電気自動車への移行が進展している。日本は従来のガソリン自動車産業で圧倒的な勝者になったため、その実績を軽視する電気自動車へのトランスフォーメーションに後れをとったが、抵抗もむなしく、電気自動車では負け組に陥る懸念がある。電力分野では火力発電から再生エネルギー由来の電力へのトランスフォーメーションである。圧倒的に成功した企業は次の時代を切り開くイノベーションに後れを取って衰退する「イノベーションのジレンマ」(クレイトン・クリステンセン)の道をたどっている。  自動車や電力のイノベーションは既存の産業の中からイノベーターが出てきたわけではない。業界の外側にベンチャー企業などのイノベーターが登場し、トランスフォーメーションを推し進めてきた。

農業のイノベーターはデジタル分野から

 日本農業は圧倒的な成功を収めたというわけではないので、「イノベーションのジレンマ」の図式は当てはまらないが、既存業界の外からイノベーターが登場する、という点には留意したほうが良い。スマート農業やデジタル活用の農業の主役は農業界の知識と協業するデジタル分野のイノベーターたちである。

 他の産業界、企業では自動車や電力で起きている状況とは異なり、トランスフォーメーションした先のビジョンは明確ではない。しかし、今のままの連続性の先に未来はない、という危機意識から、いま、身近にある破壊的なパワーを持つデジタル技術を活用して、非連続的な未来を創造しようとしている。目的の姿は未知(X)なので、デジタルトランスフォーメーションはデジタル技術を活用して未知の未来を切り開くとして「DX」と略称する。

 次世代の農業は「エシカル消費」に代表される消費者の意識の変容、SDGsを基本枠組みにした事業目標の再構築、デジタル技術の活用で生産性を高め、国産比率を飛躍的に引き上げた食糧の安全保障によって導かれることは確かだが、トランスメーションの先はまだ、当分、Xのままかもしれない。

(注1)
トランスフォーメーション=トランスは「別の状態へ」という意味の接頭辞。フォーム(形)を別の状態に遷移させる。人気番組「仮面ライダー」は米国では「トランスフォーマー」と訳されていた。一瞬のうちに別の形に移ること。その道具にデジタル技術を使うのをデジタルトランスフォーメーションと呼ぶが、トランスフォーメーションではデジタルに直接関係ないものもある。
(注2)
「環境も経済も」のSDGs=社会的責任という考えでは、かつて企業の社会的責任としてCSRが推進されていた。CSRは企業の利益の一部を削って社会に還元する、という考えだが、SDGsは事業目標を地球環境維持にすり合わせて利益を出す、ということで利益を削る必要はない。SDGsは利益を生み出す新しい仕組みである。

GAP普及ニュースNo.71 2022/8