-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『持続可能な土づくりとは(アメリカの土づくりの本に学ぶ)』

GAP普及ニュース73号(2023/1)掲載

山田正美
 日本生産者GAP協会 専務理事

はじめに

 作物生産にとって土壌は欠かすことができませんが、その土壌について物理性、化学性、生物性の面から科学的データをもって、徹底的に調べ上げ、本来あるべき土づくりの方向を示している本がアメリカのSARE(持続的農業研究と教育)という組織から発行されました。農業試験場に籍を置いて土壌に関連した仕事にも携わっていた筆者としても、とても興味深い内容で、化学肥料や農薬一辺倒の栽培とは一線を画し、土壌中の有機物の重要性を指摘したものになっています。この機会に土づくりとは何かを考えてみたいと思います。

持続的土壌管理を考えるきっかけとなったダストボウル

 20世紀の初頭、アメリカ中部の大平原では、小型ガソリントラクターの普及により、草原だったところを耕地にするために大規模な深耕が行われ、農地として開墾され、耕起が繰り返されたため、土壌はむき出しになり、1930年代にはアメリカ中部の大平原地帯でダストボウルと名付けられた大規模な強風により土が舞い上がる土壌浸食(風食)が何回も発生したのです。この時の風食は想像以上で、舞い上がった砂塵は東海岸のニューヨークやワシントンDCにも到達したと言われています。この現象により、アメリカ中部の多くの土地で農業が崩壊し、農家は離農を余儀なくされ、約350万人が職を探すためにカリフォルニア州などの西部への移住を余儀なくされたとしています。

ダストボウル(強風による大規模な風食) 引用:Wikipedia

 アメリカではこのダストボウルという大災害をきっかけに、土壌保護局(SCS)を設置し、土壌管理の見直しが本格的に始まり、今では多くの事実が明らかになってきました。

対処療法的問題解決と問題の本質

 農業の近代化はトラクターにより耕起を容易にしたばかりでなく、化学肥料や農薬が工業的に生産され、安く供給できるようになったことで、土壌に有機物を投入して地力を上げるということよりも、養分不足、病気、害虫被害といった目の前の問題に対処する対処療法的な対策が主流となってきました。養分が足りなければ化学肥料を施用し、病気や害虫が発生すれば農薬を散布し、土が固くなれば耕起し、雨を十分に貯められない土壌であれば灌漑すればよいという問題解決が図られるようになってきたのです。

 しかし、このような問題解決方法だけで本当に長続きする農業を実現できるのでしょうか。また、気象などの環境変化に強い農業を実現できるのでしょうか。もしかしたら個々の問題がもっと深いところにある問題の兆候として表面に現れたととらえた方が良いかもしれません。

土壌有機物の重要性

 一般的に農家は目の前の個々の状況に対処することで精一杯で、すぐに効果が現れない土壌の状態に目を向けることが少なくなりがちでした。しかし現在では、自然界が本来持っている力を最大限活用して作物を栽培するという考え方が受け入れられています。この方法は、土壌が不健全な状態になった後に対応したりするのではなく、あらかじめ健全な土壌を作っておくことで多くの問題を防ぐことができるというものです。私たちが対処療法的な方法で問題解決を図るだけでなく、自然の力を借りてともに働こうとするならば、土壌中の有機物を良好なレベルに維持することは、物理的条件やpH、養分レベルの管理と同じくらい重要なことなのです。

 また、土壌中の有機物の増加は、温室効果ガス削減の動きの中で、炭素貯留としても注目されています。作土中の有機物が1%減ることで圃場の上空の大気と同じ量の二酸化炭素(約400ppm)を放出することになることから、土壌による有機物の増加が地球温暖化の削減にとても重要であることを示唆しています。

耕起と土壌有機物の損失

 耕起作業は、表土浸食の量と有機物の分解速度の両方に影響しています。従来のプラウ耕とディスク耕は、土壌を粉砕して細かな播種床を作り、有機物の分解を促進することで有機物に含まれている養分の放出を早めるとともに、雑草の抑制に役立つなど、短期的には多くの利点があります。

 しかし、耕起によって土壌中の団粒が破壊されることにより、土壌は風や水による浸食を受けやすい物理的状態に置かれることになります。耕起作業によって土壌が撹乱されればされるほど、土壌生物による有機物の分解が進む可能性が高くなります。これは、耕起によって団粒が破壊されると、団粒に含まれる有機物が土壌生物に利用されやすくなるためです。耕起と有機物の関係は、例えるなら、薪ストーブの吸気口を開けて酸素をたくさん送り込み、一気に火を強くするようなものです。土壌中の有機物が急速に失われる(大気中に二酸化炭素が放出される)のは、初期に微生物が利用できる分解されやすい活性有機物が存在することと、有機物を分解する土壌微生物が大量の酸素に触れることで活動が活発になるためです。

耕起の影響を減らす保全耕起

 現在、耕起の強度を低減した保全(削減)耕起が注目されており、この耕起方法を使うことで、連作作物を栽培しても、土壌有機物にそれほど有害な影響を与えることはなくなっています。保全耕起は、従来のプラウ耕やディスク耕のように、土壌全面を耕起するのではなく、より多くの植物残渣を土壌表面に残し、土壌の撹乱を少なくする方法です。このため、団粒の様な土壌構造を壊すことなく、大雨による土壌浸食の防止や乾燥と強風による風食の防止に役立ち、また一度に土壌中の活性有機物を分解することもないため土壌生物の多様性を維持することができるとしています。

養分の収支バランス

 自然界では、土壌中の養分は植物によって吸収され、その植物が枯れればその養分はほぼ全量が土壌に戻っていくという繰り返しが続いています。しかし農業生産している畑では、育った作物の一部(穀物、果実等)またはほぼ全量(飼料作物、葉菜類等)を収穫し、畑から持出すことになります。程度の差こそあれ、畑に残る養分は減少することになります。このため、減少した養分や有機物を何らかの形で補わないと収支のバランスが取れないことになります。一般的に養分の減少分は化学肥料などで補うのですが、化学肥料では土壌生物の餌とならないことから、土壌生物の多様性や、有機物含量を維持するためには有機物で補填することが求められます。

カバークロップの効用

 カバークロップは通常、収穫される目的ではなく、土壌を覆うために植えられる植物ですが、複数の目的を持って栽培されます。1つの重要な目的は、作物を栽培していない時期に、土壌表面がむき出しにならないよう、カバークロップによって土壌を保護し土壌浸食を防止することです。地上部の葉によって雨滴の衝撃を弱めることで養分の流出や土壌浸食を最小限に抑え、地下部の根によって土壌を保持します。カバークロップの他の効果としては、休耕中に土壌に残存している硝酸塩を吸収して地下水への浸出を防ぎ、またマメ科のカバークロップは空中窒素の固定により土壌窒素の量を増やし、根が深くまで延びることで土壌圧縮を解消し、有益な生物の生息地を提供し、次の作物のために菌根菌の存在を促進させます。

 カバークロップは通常、成熟する前に(これが緑肥という言葉の由来です)土壌表面で枯れさせるか、土壌に混和されます。そのため、一年生のカバークロップの残渣は土壌生物の餌として利用され、土壌の生物多様性を維持することになります。

土づくりと病害虫

 有機物の保持や土壌浸食防止のため、作物残渣を土壌表面に保持することを推進していますが、作物残渣には病害菌が潜んでいる可能性があることや、後作の植え付けの邪魔になるため、焼却などの処分が有効と考える人がいます。なぜ、作物残渣を一方で保持が良いとし、他方で処分が良いとする相反する意見があるのでしょうか。その大きな違いは、土壌と作物の管理に対する全体的なアプローチの違いにあります。適切な輪作、保全耕起、カバークロップ、その他の有機物添加などを含むシステムでは、土壌生物の多様性が高まり、有益な生物が促進され、作物ストレスが軽減されるため、病害圧力は減少します。一方、伝統的なシステムでは、病原菌に対する感受性の強さが異なり、病原菌が優勢になる可能性が高いため、対処療法的なアプローチが必要となります。土壌と植物の健全性を高める長期的な戦略により、短期的な治療法を用いる必要性は低くなることが期待されます。

何を変えればよいか

 有機物を重視した栽培をするということは、化学肥料を否定するということではありません。土壌中の有機物や生物相を考慮せずに化学肥料だけに頼っていることが、土壌の健全性を悪化させる主な原因であることは事実です。しかし、必要なところに十分な養分を供給しないことは、事態をより悪化させることになります。そこで重視されるべきは、バイオマス循環を促進し、健全な土壌構造を作り上げることで健康な農作物を育て、収量を維持または上げることです。そうでなければ、土壌の健康状態はさらに悪化し、収穫量の減少によって食糧不足が発生するか、アマゾン熱帯雨林のような未開地域へのさらなる耕作面積拡大を迫られることになるでしょう。このようなことになる前に手を打つ必要があります。

 持続可能な土づくりと健康な作物生産に関心のある農業者・農業指導員・農業研究者にはこの本をぜひ読んでいただきたいと思っています。アメリカと日本、また日本の中でも農業のやり方は千差万別ですが、これまでの栽培方法をすぐには変えられなくても、持続可能な農業を意識した土づくりの面で何らかのヒントが得られるのではないかと期待しています。

 また、農水省の「緑の食料システム戦略」では化学肥料や化学農薬の低減、有機農業の拡大も目標設定されており、これらを考える上でもこの本が役立つことと思っております。そのうち、この本を日本語翻訳版として紹介したいと思っています。

 この内容については、2月のGAPシンポジウムの2日目に講演を予定していますので、興味のある方はぜひご参加ください。

今回紹介した本(英文)はSAREのサイト(以下のURL)から閲覧・ダウンロードできます。 https://www.sare.org/resources/building-soils-for-better-crops/

GAP普及ニュースNo.73 2023/1