-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『GAPはみどりの食料システム戦略を実現するアプローチ』

GAP普及ニュース74号(2023/4)掲載

二宮正士
 日本生産者GAP協会 常務理事

(本稿は『GAPシンポジウム(2023年2月9日)主催者挨拶』の書き起こしを元に記述を整えたものです)

 日本生産者GAP協会の常務理事の二宮です。本日はオンラインを含め大勢の皆さんにお集まり頂きましてどうもありがとうございます。

 今回のシンポでは、農水省が2021年5月に公表した「みどりの食料システム戦略」を軸としたGAPに関する議論を展開していくことになります。ご承知のようにここ数年間に、今回の「みどりの食料システム戦略」を含めていくつも大きな農業政策に関わる議論が活発化しています。2019年には、いわゆる「スマート農業」のプロモーションをしようという戦略が始まりました。また、1、2年前に始まった経済安保の議論の中で、「食料安全保障」に関する議論も始まっています。「食料安全保障」は、言うまでも無く37%と先進諸国でも極端に低いカロリーベース食料自給率をもっとあげなければという話ですが、今回のウクライナ情勢の中で、議論はさらに本格化しています。現在、農業農村基本法の改正作業が進められていると聞きますけれど、食料安全保障を意識して量の確保といった議論も含まれる方向のようです。本日の「みどりの食料システム戦略」ですけれども、一事で言うと環境への配慮や持続性を考慮する一方、同時に効率的な農業生産を両立させようという戦略です。

 本戦略について、次にお話があると思いますが、EUの「Farm to Fork Strategy(ファーム・トゥ・フォーク戦略)」を参考にしているともいわれています。実際、EUが同戦略で2030年に達成するとしている化学農薬の使用50%減、化学肥料の使用30%減など、非常に高い目標を、わが国のみどり戦略でも掲げ、2050年までに達成を目指すとしています。中には、現在たった0.2%しかない有機農業の面積を全耕地面積の25%にするという目標まで含まれています。このような日本農業で持続性と生産性・効率性を両立しようという大きな目標に対して、正面切って反対する方はあまりおられないようです。しかし、例えば、有機農業に関する目標といった個別の目標については、「そんな事出来っこない」という非常に強い反論もいろいろなところで出ているようです。確かに、現状の我々の持っている技術や社会構造で実現するのは不可能で、今から相当な技術開発のイノベーションや社会構造の変革を起こさないと実現できません。農水省が、このような30年にわたる長期間の食料戦略を出したのはおそらく初めてです。この30年という時間を無駄にしないで有効に技術開発や技術の普及、生産者・流通関係者・消費者のマインドの活性化を通した社会の仕組みの変革などを通して実現しなくてはなりません。どちらにしても、やっとこういう戦略が出てきたことを、非常に嬉しく思っているところです。

 本日の主題であるGAPに関して、「みどりの食料システム戦略」の中であまりきちんと書かれていません。今日ここに参加していただいている皆さんはGAPについて良くご存じの方が多いと思いますが、本来は、持続性と生産性・効率性を一緒に上げましょうという意味で、みどりの食料システム戦略と全く同じ方向を向いています。「みどりの食料システム戦略」を実現する上でのアプローチの方法としては親和性が極めて高いものです。GAPという言葉が日本でも言及されるようになって、随分長い期間が経ちます。2020東京オリンピックを開催するに当たって組織委員会の食料調達に関連して、一時GAPが盛り上がった時期もありましたけど、なかなかその本質を十分には理解されないという状況が続いています。DXもそうですけれども、客観的に見て残念ながら日本はいろんな意味でずいぶんと出遅れてしまったわけです。今回のシンポのような機会にみんなで一緒に勉強しながら、これまでの遅れを挽回するという思いでどんどん進めていければと思っているところです。

 先ほど、日本ではGAPに対する理解が非常に薄いと申し上げましたけれども、今、話題のAI対話システム「ChatGPT」を使って、「GAPとはなんですか」と聞いてみました。結果をちょっと見ていただきたいと思います。

 この答えですが、労働安全や福祉については明記されていませんが、GAPの本質を短い文章で相当いい感じで要約しています。日本にあるWEBサイトではどうしても食品安全が前面で強調されがちな中、この答えはGAPの本質を正しく理解しているようで、本当に驚きました。関係者にはせめて、このくらいは理解して欲しいというのが正直な気持ちです。それにしても、AIに教えてもらうのは、いささかしゃくでもあります。 今回もいくつも素晴らしい講演があるわけですが、明日、これまであまり普段議論されることの無かった窒素循環についてお話をいただきます。これに関連してChatGPTに「化学肥料と農業の関係について教えて」と聞いてみました。

 この答えの一番ポイントとして出るか出ないかと興味をもっていた化学肥料の負の側面について、AIがきちんと答えてくれたんですね。このAI、ネット上のどこかにあるものをそのまま持ってきているのではなくて、世界中からかき集めた膨大な関連情報の中から、物事がどうであるかということをきちんと見つけて要約してくれたということなんです。ちょっと驚いたのが、化学肥料はいい事ばかりじゃないという負の側面に加え、最後に正しく使うことのメリットも強調するという、GAPの精神が伝わるようなことも教えてくれました。シンギュラリティ(Singularity)という言葉もありますけど、だんだんと人間が負けるんではないかと思ってしまう瞬間でした。同時に、やはり化学肥料について、少なくともGAP関係者は、この程度の要約を説明できるような状況にならないといけないと思った次第です。

 別のデータをお見せします。これは何度も色々な場所で使っているデータなので覚えている方もいるかもしれませんが、ドイツにおける面積当たりの窒素投入量と穀物単収の年次変化を示すグラフです。青が面積あたりの窒素肥料の投入量で、オレンジの線は単位面積あたりの収量です。1990年ぐらいに窒素投入量が急激に減っているのがお分かりになると思います。もしかすると後でご説明があるかもしれませんが、その頃、EUは農業起源の地下水の汚染に非常に悩まされていて、かなり強権的に農業における窒素使用を法律で抑えたんですが、その瞬間に急減したということです。見ていただきたいのはオレンジの線ですが、それでも単収は減らなかった。FAO(世界食糧機関)の統計から作成したかなり荒っぽいグラフですが、このデータはものすごく説得力があると思います。GAP推進にあたってもこういった説得力があるようなデータをきちんと示しながら、方向性の重要性というものをきちんと示していかなければならないと思います。

 今回のシンポジウム、非常にクオリティの高い発表者の皆さんに集まっていただいて中身の濃い情報提供があると思います。これを機会に益々GAPを浸透させて正しい理解や技術を普及できるよう、皆さんと一緒にやっていければと思う次第です。宜しくお願いいたします。

*シンギュラリティ(Singularity)
「技術進化が進んだ先に待っている、これまでの社会とは常識が一変する転換点」
https://www.r-agent.com/business/knowhow/article/9630/

GAP普及ニュースNo.74 2023/4