-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『スペインGAP紀行』

田上隆一 ㈱AGIC(エイジック)

  この9月下旬に、1週間にわたってスペイン各地のGAPの実態について、九州大学で「農業リスク学」を教えておられる南石教授と一緒に調査をしてきました。日本でGAPを推進する上で非常に参考になることがたくさんありました。この内容を連載で会員の皆様にお伝えします。

  スペインには17の自治州があって、中央政府は主に外交と軍事を行い、その他のことは、それぞれの自治体が法律を作っていますので、農業政策も州によって異なり、GAPに関しても「スペインでは・・・」と一まとめに言うことはできません。今回、オリンピックの開催で知られるカタルーニャ(州)バルセロナ(県)のソルソーナ(郡)と、JGAPを作成するために、GAPの先進地として2004年に視察に行ったアンダルシア(州)アルメリア(県)に行ってきました。

  先ずバルセロナのソルソーナ郡の農家の人達は、GAPという名前は知っていますが、その内容についてはあまり詳しくないようで、逆に視察に行った私にいろいろと質問してきました。しかし彼らは、食品安全や環境保全に関する意識はかなり高いようです。ウサギやヤギなどの伝統的な畜産は別として、養鶏、養豚などでは衛生管理が行き届いています。EUの農業政策がそうなっているのと、また、そうしないと製品を販売できないからです。

  今回の視察の中心地は、早くからGAPの普及が進んだヨーロッパ一番の施設園芸の産地であるアルメリア地方です。㈱AGIC(エイジック)としては、2004年と2006年に続いて3度目の訪問ですが、訪問するたびにGAP(適正農業管理)は進化しています。

  今回で3度目の訪問となったSATコスタデニハル(生産組合)は、2004年当時から135名の生産者がEUREPGAPオプション2(グループ認証)を取得していましたが、今回(2008年)のメンバーは190人に増えて、500ヘクタールの農地で認証を取得していました。また、その内の40人は、110ヘクタールでEUのオーガニック認証を取得し、イギリスとドイツに農産物を輸出して高い収益をあげていました。

  IPMの技術が進み、グリーンハウスでは、ほとんどがバイオロジカル・コントロール(生物防除)が前提になっており、農薬の使用は極端に減っていました。「アルメリアの適正農業管理では、もはや化学農薬は使わない」というレベルに達していました。そうしないとイギリス、ドイツの要求には応えられなくなっているということです。SATコスタデニハルが特別なのではありません。隣の市にあるロマノリアスという農業生産法人も似たような割合でオーガニック農場が増えています。2004年の訪問では考えられなかったことです。2003年頃からシンジェンタという農薬会社の指導を受けてIPMに取り組んでいましたが、当時としてはそれが一番先進的な農業でした。その頃は、まだ「遠い将来に向けての取組み」と言っていたオーガニック栽培が、今では一気に広がり、全作付面積の20%を超えるようになっていました。

  この大きな変化は、2004年に起こった残留農薬事件が引き金になったそうです。ヨーロッパで野菜の生産量が最も少なくなる冬場の野菜供給基地として地盤を固めてきたアルメリア地方の施設園芸が、食品事故によってヨーロッパの大消費地からの信頼を失えば、この地域全体の暮らしが立ち行かなくなってしまいます。

  新たな技術導入と徹底したリスク管理による持続可能な農業生産システムの確立は、「可能かどうか」ではなく、「やらねばならない」という切実な思いから生まれたものでした。官・民が一体となってバイオロジカル・コントロールに取り組んだ結果、わずか4年前には「無理」だったことが、今では「可能」になっているのです。農業日誌 市役所の農業政策の基本方針の一つに「食品安全のために、考えられることは全てやる」という言葉がありました。生産者も「実行すれば道は開ける」と信じて、より進化したGAP(適正農業管理)の実践にチャレンジしているのです。

  日本のGAPの推進はといえば、「チェックリストを配布して、中身は農家任せ、後は記録を回収するだけ」というような声も聞こえてきます。GAPは、単なるルールでもチェックリストでもなく、日々進化する実践によって獲得されるものです。実践のためのリスク分析や技術トレーニングもしないのでは、適切なGAPを実施することは難しいでしょう。大切なことは、「農業にとって今何が問題なのか、そのために何をなすべきか」を明らかにし、リスク分析や技術トレーニングを通じてGAPに関連する情報を生産者(個々の農家)に伝え、農家と農業の未来の姿を描きながら絶えず前進し、消費者と環境と生産者自身のために技術レベルを向上させていくことが大切です。

  スペインの農用地は、国土全体の59.7%を占めており、その面積はEUの中でフランスに次いで第2位の広さです。前回の訪問は、㈱AGICがJGAP規準を作成した2004年で、スペイン南東部の地中海沿岸アルメニア地方のEUREPGAPに取り組む農協などの生産者団体を中心に訪問しましたが、今回は、その後のアルメニア地方のGAPを取り巻く事情を調査するとともに、スペイン北部丘陵地帯のカタルーニャ地方のソルソーナ郡において穀物と畜産を中心にした旧来型の農業の動向とGAPの実態を調査し、併せてスペイン全体のGAPの取組みを確認してきました。

  ソルソーナ郡は、カタルーニャ地方の中心地であるバルセロナ市に近く、農業地帯であるレイダ県にあって、穀物と畜産を中心とする農村です。1978年にスペインの新憲法が制定され、自治が拡大し、カタルーニャ自治憲章ではカタルーニャ語も公用語となりました。2006年には自治権の更なる拡大を問う住民投票で、自治憲章の改定法案が74%の圧倒的多数の賛成で承認されました。改定法は、スペインからの独立ではなく、地方分権を拡大するものであり、カタルーニャ自治州は、税制・司法・行政の分野でこれまで以上の権限を持つことになりました。

  新憲法発布に先立ち、1974年に農民の利益を守る農民組合「ウニオン・デ・パジェゾス」(Union de pajesos)が設立されました。この農民組合はカタルーニャ地方に40団体あり、それらの連合組合として7,000人の組合員がいます。全国段階の組織とヨーロッパ全体の連合会があり、ブリュッセル本部ではEUへのロビー活動を行っています。農民組合は、1郡に1つの事務所を持っており、農民の支援事業として、技術者が、生産コスト低減、農業への新規参入、税金・法律・補助金などの問題解決などに当たっています。

  カタルーニャ地方には、他の州と同じく、農民組合とは別にアグロ・コープ(農協)があります。日本の農協は、経済活動以外にも農民の権利に関する活動や陳情などの一種の政治活動も行いますが、スペインの農協は経済活動のみです。農協は農産物販売の他に、それぞれの地域で、畜産加工やその他の食品加工、飲料水販売、スーパーマーケットやゴルフ場の経営など、様々な事業を行っています。カタルーニャ地方には、アレア・デ・ギソーナ(Azea de Guissona)、フルイツ・デ・ポネン(Fruits de Ponent)などの農協があって、北部スペインの野菜・果実産地であるレイダ市ではGAPの指導を行っていますが、ソルソーナには農協の拠点施設が無いため、農産物の販売は地域の仲買業者を通して行っており、生産者が単独でスーパーなどの小売店と取引きすることはないとのことでした。ソルソーナにはGAP認証を取得している農家はありませんでしたが、これは野菜・果実の生産が無く、穀物と畜産の農家ばかりであることも理由の一つのようです。

鶏舎管理室鶏舎

  農民組合ウニオン・デ・パジェゾスのソルソーナ郡の会長であるジャウメ氏は、養鶏農家であり、41,000羽を年に6回転させて肉用鶏の生産をしています。作業は家族4人で、出荷時に2~3人のパートタイマーを雇用します。鶏の所有はNANTA社で、飼料も会社から支給され、ここで生産された鶏は、認証制度の「A+」(ア・プラス)マーク(*1)が付けられ、主にフランスの巨大スーパー「カルフール」に販売されています。

  鶏舎は、鶏インフルエンザなどの防除のために、法令により全ての窓が2cmメッシュの防鳥網で覆われています。雛鶏の導入後35日で1.5万羽のブロイラーを出荷し、その後の15日間に段階的に全量を出荷します。全量出荷後は、10日間で鶏舎を徹底的に清掃し、次の入鶏となります。鶏糞は、条例に従い堆肥化しています。

  鶏糞堆肥は5m×20m×3mの塊にして積み上げていますが、堆肥舎に屋根はありませんでしたが、法令上の問題は無いとのことでした。この鶏糞堆肥は全量自家使用で、自家耕作の90haの小麦、大麦、菜種、トウモロコシなどの圃場で使用しています。トウモロコシには乾燥装置を使いますが、麦類・菜種は乾燥状態で収穫し(水分14%)、そのまま地元の業者に販売しています。

(*1):「A+」マークをとるために、NANTA社からの指導で衛生管理に努めています。NANTA社の要件と検査は厳しく、鶏舎は清潔でした。外来者の管理も行き届いています。内部を視察しましたが、セキュリティが厳しく、外来者は農場の入口でシューズ・カバーを付け、入室は鶏舎の管理室まで、管理室からガラス越しに鶏を見ます。

  EUの共通農業政策は1992年に大幅な改革が行われました。生産者が「農業・環境規則」の、①化学農薬と化学肥料の削減、②集約的生産から粗放的生産への転換、③単位面積当たりの家畜飼養密度の低減、④有機農業の導入などの目標に取り組んでいる場合に、EUと各国政府は、その生産者に対して直接支払いの所得補償を行っています。

  スペインでも共通農業政策による直接支払いは、GAPへの取組みを促す大きなインセンティブになっています。直接支払いの基本要件としては、「環境、人間・動物・植物の健康、動物福祉についての19の規則・指令」を守ることが、EU共通の適正農場管理(GFP:Good Farming Practices)です。農業生産における最低限の規則であるGFPへの単一支払いは、青果物の他に、穀物、肉用牛、酪農部門へと対象が拡大されて、スペインの大半の生産農家が直接支払いを受けています。

  EU共通農業政策の2000年の改革は、EU共通の規準(GFP)の基礎的要件に「食品安全、品質保証、家畜福祉」を追加しており、2000年に認証を開始したEUREPGAPのGAP規準に呼応しています。しかし、認証取得者の多くは青果物の生産者で、畜産の認証は進んでいないようです。特に、スペインのソルソーナ郡には畜産でEUREPGAPの認証を取得している生産者は一人もいないということでした。

  前回のレポートで、スペイン北部カタルーニャ地方の中心地であるバルセロナ市の近く、農業地帯のレイダ県ソルソーナ郡で、家族4人で肉用鶏の生産をしているジャウメ氏を紹介しました。今回は、養豚農家のジョゼップ・マリアさんを紹介します。マリアさんは、繁殖豚250頭の施設を持ち、繁殖した子豚の多くをスペイン、イタリア、ルーマニアなどに出荷しており、その約半数は枝肉で出荷しています。取引きは全てUPV社のスペイン支社を通して輸出します。種豚は3頭で、受精後の母豚は、待機舎、受胎舎、出産舎へと順次移動し、離乳後の子豚は暖房のある乳児舎、冷房のある肥育舎へと移動させます。生産は、子豚1,500頭、出産後1年半で出荷するのが約900頭です。

  豚糞は約1万トン出ますが、全量を自家用に使用しているということです。耕作地は140ヘクタールあり、この他に借入地が130haあるので、肥料としての豚糞は不足しているとのことでした。合計270haで栽培した麦などの穀物は、自家飼料にはせず、全て食料で販売しています。売上金額では豚と穀物で半々とのことでした。農場は各施設とも整理・整頓・清掃されていて大変衛生的でした。取引先がEUREPGAPに入っていないから「GAP認証には取組んでいない」ということで、他の認証農場で良く見かける農場ポスターなどは掲示されていませんでした。しかし、取引き相手であるUPV社の指導により全ての施設は大変良く管理されていました。豚舎 マリアさんは、経営上の問題点として、カタルーニャ政府の衛生管理や農業環境保全に対する規制が年々厳しくなっていることを挙げていました。しかし、EUの共通農業政策では、環境保全を対象とした直接支払いを、生産要素と切り離した単一支払い制度、いわゆる「デカップリング」にしていますので、クロスコンプライアンスとしてEU共通の規準(GFP)が求められ、その他にカタルーニャ政府が規定するGAP規準(GFP以上)を遵守しなければ、それぞれの規則・指令に固有の罰則規定で罰則が科せられるとともに、直接支払い額の減額や給付停止の処分が行われることもあります。

  その他に、2010年から実施される予定のアニマル・ウェルフェア(動物福祉:檻を使用した飼育の禁止等)に当たって、施設の全面的な改造が必要となること、さらに、売り先の事情によってGLOBALGAPなどのGAP認証が必須になれば、農場全体では大幅な生産コストの上昇になると心配していました。生産コストの上昇は、アルゼンチンから輸入されている安い豚との競争があり、大変不利になると心配していました。それにもかかわらず、マリアさんは、GAP認証を取得する体制を少しずつ準備していかざるを得ないと考えているようでした。

EU共通GAPを上回る各国GAP

 EUの共通農業政策では、2000年のCAP改革でEU共通のGAP規準(農業者が環境保全のために行う最低限のマナー)の基礎的要件に「食品安全、品質保証、家畜福祉」を追加し、EUREPGAPなどの民間のGAP規準の推進と相まって、欧州内の農業者の適正農業規範(GAP規範)は大いに普及しました。

  このGAPの普及を受けてEUの共通農業政策は、2005年のCAP改革で、EU共通のGAP規準(農業者としての最低限のマナー)を上回るGAPへの取組みを決め、農業者へのインセンティブとして、最低限のマナーを上回るGAP規範を「環境支払い」の要件にしました。そのためEU各国は、今までのEU共通GAP規準に上乗せしたGAP規準を策定することとなりました。これにより、積極的な環境保全や美しい景観を作り維持することなどの「明らかな便益」を与えることが、EU農業の新たな目標となりました。

  マナーとしてのEU共通GAPを上回るレベルのGAP規準として「有機農業」を想定するEU加盟国が多い中で、スペインは、EU共通GAPと有機農業との間に位置する認証規準として「統合生産(IP:Integrated Production)」を制度化して認証することで、環境支払いの対象としました。EUにおいて、上乗せとして各国で規定できる管理項目は、土壌浸食防止、土壌有機質の維持、土壌構造の維持、景観要素と生物生息域の保護などです。

農業現場の環境保全

ジュアン氏と筆者間伐材

 前回までに、スペイン北部カタルーニャ地方の中心地であるバルセロナ市の近くの、農業地帯のレイダ県ソルソーナ郡の養鶏農家と養豚農家を紹介しましたが、今回は兎畜業のジュアン(Joan)氏と乳山羊飼育のルルデス(Lurdes)氏を紹介します。

  ジュアン氏は、ウニオン・デ・パジェゾス農民組合の設立当初の代表者として活躍し、ソルソーナ郡の地域農業を形作り、現在も若手農業者の相談役として地域農業に貢献していますが、多くの山林を持っていて林業を営むとともに、小麦、菜種の栽培と兎畜業(400頭の生食用兎の飼育)を営む農家です。農業経営上の問題として、政府の「農業環境規則」の要求事項が多くなっていることを挙げていました。林業においても環境問題は重要課題であり、EUの補助金を使って松林の間伐を行っていましたが、木材の運搬には馬を使っていました。この方法は、環境保護規則の遵守になります。こうしなければ、間伐の補助金が出ないのです。

山羊の搾乳室放牧される山羊

 乳山羊飼育のルルデス氏は、夫が営林署に勤務する兼業農家で、チーズメーカーとの契約により、家族で山羊の乳を搾っています。現在130頭を飼育しており、19歳の長男を後継者として考えているのですが、今のところ本人は、バケーションを取れない畜産業を嫌っているということでした。

 山羊乳の価格は、1リットル当たり0.68ユーロと牛乳よりも高く、山羊は女性にも扱い易いので、穀物栽培と併せて規模拡大したいという希望を持っています。400頭の山羊を買うために、環境保護規則に決められた条件を満たす十分な草地がありました。GLOBALGAPのことは知らないといっていましたが、そんなこととは関係なく、農業者として当然のこととして、搾乳施設の衛生管理は行き届いていました。

アルメリアの農業振興と適正農業管理

エレヒド(El Ejido)市の農業振興策

 アルメニアのエレヒド市内では、7,100人の農業生産者が、合わせて14,000ヘクタールのグリーンハウスで施設園芸農業を営んでいます。市の農林部では、スペインのその他の市に先駆けて、積極的に農業への支援を行っており、生産振興の中心は病害虫総合防除のための適正農業管理(GAP for the Control of Pests and Disease) に向けた総合対策です。

ハウス群

  近年の具体的な生産振興の課題は、EU共通の「GAP規準を上回る別枠の環境支払い対象」としてスペイン政府が決めた「統合生産(IP:Integrated Produce)」の推進です。地域の農業戦略として、ヨーロッパ市場の要望に応えた「化学物質の削減」と、その代替としての「バイオロジカル・コントロール(病害虫の生物防除)」技術の普及であり、この認証商品の輸出振興に努力しています。

  市役所では、毎年、全農家に農作業日誌(アグリカルチャー・ダイアリー)を配布して情報支援をする他、「食と農の研究所」(CUAM:Independent Laboratory of the Food and Agriculture Sector)では、土壌や水、作物の検査による営農指導を行っています。CUAMは、1993年にエレヒド市役所とアンダルシア自治政府、アルメリア大学の3者共同で設立されたものです。スペインの研究所としては、2番目に早くISO17025を取得しています。残留農薬検査の料金は、170種類の一括分析で、127ユーロ(約17,000円)、検査は20項目増やすことができます。残留農薬分析、土壌分析、水質分析検査などの結果は、政府や農協、農家などの依頼者に詳細なレポートで報告しています。

進化するGAP

 エレヒド市を中心としたスペイン南部のアルメリア地方には、30,000haのグリーンハウスがあり、ヨーロッパの冬季の野菜供給基地として有名です。EU各国への輸出が多いために、この地方の生産者は、2000年に誕生したばかりのEUREPからいち早くGAP認証の取得を要求され、筆者が最初に訪問した2004年には、すでにアルメリア地方の多くの農協や生産法人がEUREPGAP認証を取得していました。それから4年後の2008年には、アルメリア地方のGAP(適正農業管理)は大きく進化していました。

残留農薬検査の検体

  2004年にアルメリア地方を訪問したとき、農業生産組合SATコスタデニハルは、135名の組合員全員でEUREPGAPの認証を取得し、ハウス栽培のトマトやズッキーニをイギリスやオランダなどに輸出していましたが、今回2008年9月に訪問した時には、組合員は196人に増え、合計500haのハウスでスペイン規格協会AENORのUNE155000認証を取得していました。このGAP規準は、GLOBALGAPの同等性認証を取得しており、ISO9001を取り入れた規準で、GLOBALGAPよりかなり厳しい審査規準になっています。

  GAPの指導のために、組合では高度な専門知識を備えた農業技術員を5人雇用しており、今では全栽培面積の22%に当たる110ヘクタールのハウスがEUのオーガニック認証を取得し、イギリス、スイス、オランダ、ドイツなどのマーケットに青果物を販売し、高い収益を得るようになっていました。

  ここは、EU共通の「GAP規準を上回る別枠の環境支払い対象」としてスペインが定めた「統合生産(IP)」の実践の舞台です。商品の品質の高さと環境への便益を実現することで、消費者と納税者から、GAPへの取組みコスト以上の収益を上げていると評価され、地域のモデル的な経営体になっています。

求められる新農法(代替農業)

 「SATコスタデニハルのGAPでは、もはや化学農薬は使わない」というレベルにまで近づいていました。組合代表のベルモンテ氏によれば、「そうしなければイギリスやドイツの要求には応えられなくなっている」というのです。

生物防除

  この生産組合が特別なのではありません。同じく150名の生産者を組織している農業生産法人ロマノリアスでも、オーガニック部門を新設して栽培面積を増やし、「今年度はオーガニック部門の販売金額が慣行栽培部門の金額を上回るだろう」と代表のマニュエル氏が話していました。

  アルメリア地方では、この4年間でIPM(病害虫総合防除)の技術が進み、ほとんどのハウスはバイオロジカル・コントロール(生物防除)を採用しており、4年前に比べると農薬の使用は極端に減っていました。農薬メーカーのシンジェンタ社からIPMの指導を受けていた4年前は、IPMが最も先進的なGAP農場のモデルでしたが、今ではどこの農場を訪問してもIPMは当たり前になり、さらに進んでオーガニック栽培がアルメリア地方一帯に広がっていました。

  この大きな変化は、4年前にアルメリアの農業者が輸出した農産物から中国製の無登録農薬が検出されて大問題となったことが切っ掛けとなって起こったようです。食品安全に関わる事件によって欧州の大消費地からの信頼を失えば、この地域全体の経済が立ち行かなくなることは確実です。

  その時、ドイツのスーパーマーケットから無農薬栽培や生物農薬の使用を強く要求され、これに対応したアルメリア県やエレヒド市の強力な行政指導の下で、代替農業としての統合生産(IP)が開発されました。産地全体で、行政指導による化学農薬から生物農薬への大転換を成し遂げてきました。IPMやオーガニックなどの新たな技術導入と、徹底したGAPによる統合生産の確立は、「できるかどうか」ではなくて、「やらねばならぬ」という切実な思いから生まれたものです。

  エレヒド市農業部のホルへ・ビセラス議長は、このように強調していました。『行政の「食の安全のためには、考えられることは全てやる」という農業政策に支えられ、生産者は、「実行すれば道は開ける」と信じて、より進化したGAPの実践に取り組んだ結果だったのです』と。

アンダルシアの農業振興と適正農業管理(GAP)

指導員と生産者の認証制度

  EUの共通農業政策により、スペインのアンダルシア政府が2000年に開始した農業技術員制度と、2005年に開始した青果物のIP認証制度は、新農法、即ち化学農薬から生物農薬への大転換を促進するための原動力になっています。農協や農業生産法人、産地卸売業者などは、農業技術員を雇用して生産者のためのGAPの指導、特にEU共通の「GAP規準を上回る別枠の環境支払い対象」としてスペインが決めた「統合生産(IP:Integrated Production)」の実践指導に当たっています。

  農業技術員は、生産者グループのアドバイザーとしてアンダルシア政府が認定した営農指導員で、大学で農学または微生物学を専攻してから農業を経験した人が、さらに75時間の専門研修を受けて試験に合格しなければなりません。この農業技術員を雇用している農業生産組合のSATコスタデニハルや農業生産法人ロマノリアス、農産物の産地卸売業者グルーポペレス、農協SCAカンポソルなどは、一定の条件の下でEUから農業技術員の人件費の50%の補助を受けています。

農家IDカード

  家族経営型の一般的な農業生産者は、農協や生産組合、産地卸売業者などの組織に属していて、農業技術員のGAP指導・監督を受けることになりますが、その他に農家の義務として行政が進めるGAP教育も受けています。夫婦と労働者2人で1.5haのハウスを経営する平均的な農家のジョアン氏は、政府が発行する農業者の認定書「農家IDカード」を見せてくれました。このカードがなければ、農薬や肥料などの化学物質を購入することが出来ないということです。この「農家IDカード」を取得するためには、認定試験に合格しなければなりません。

筆者

  その試験を受けるためには、行政が主催する90時間のGAP研修会に参加しなければなりません。研修の経費は、全額アンダルシア政府が負担するので、農家は無料です。研修内容は、農薬の適正使用、食品の衛生的取扱い、適正労働管理などです。 農家IDカードは10年間有効ですが、毎年、政府の抜打ち検査があります。ジョアン氏も他の農家と同じように、2年前から化学農薬は使っておらず、問題はおこっていないそうですが、病害虫の被害を確認したら先ず生物農薬を使用するが、被害があまりに多い場合は、農業技術員の許可を得て化学農薬を使用することも有り得るということでした。

  SATコスタデニハルのベルモンテ氏は、「アルメニアの生産者は、北欧の戦略を読み、戦う方法を考え、これを実践してきました。様々な基準に挑戦して、これを乗り越え、これまでも欧州市場への参入を果しています。高度な農業技術としっかりとした経営管理により、オーガニック農産物の生産で、EUの確固たる産地になります」と決意を話してくれました。

団体としての農場管理システム

 SATコスタデニハルや農業生産法人ロマノリアスなどの事務局では、IPM重視の農場管理システムによる総合的な営農指導を行っています。アンダルシア地方政府の認定を受けた技術指導員を雇用し、①各生産者の栽培指導、品質管理指導、使用農薬・肥料の決定、その他の作業指示(作業指示書兼作業記録)などの営農指導全般と、②GAP内部監査員の業務を行っているのです。技術指導員は、毎週、担当している各農場を訪問して直接営農指導を行っていますので、この技術指導員が果たす役割が団体の統制をとる上での鍵となっています。

  技術指導員は、これからの1週間で行うべき作業内容を「作業記録用紙」に記載して署名して生産者に渡します。

  「作業記録用紙」は、詳細な作業内容が記載された事実上の「作業指図書」であり、生産者がそれに従って実際に作業を行って署名するので、この用紙が「作業記録用紙」にもなるのです。生産者が「作業記録用紙」で指示されていない農薬を使用したい場合は、技術指導員に連絡をした上で許可を得ることになります。各農場で管理する記録は、農薬散布機整備記録、灌漑管理、農薬在庫台帳、肥料在庫台帳、計量器具の点検記録、事故の場合の対応記録、農薬散布後の立入り禁止表示などです。

  SATコスタデニハルでは、生産者40人に対して1人の技術指導員を配置し、団体独自の統一農場管理システムに基づいて総合的な営農指導を行っています。団体事務局にGAP規準で要求される管理点の要件を満たす農場管理規則(GAP実施手順)があり、生産者はこの農場管理規則を守って農作業を実施し、技術指導員の指示で問題点の是正を行っていれば、各生産者はたとえGAP規準を個別には知らなくても、GAP認証審査に合格できるのです。

GAP普及ニュースNo.3~No.11 2008/11~2010/1