-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『スペインには、日本でのGAP推進のヒントがいっぱい!』

田上隆一 ㈱AGIC(エイジック)

12年間見てきたスペイン・アルメリア(EUの夏野菜基地)のGAP

はじめに

写真1

  GAPや農産物輸出の調査で初めてスペインを訪ねたのは2004年12月ですから、今回(2016年3月)の調査で5回目の訪問となりました。このスペイン・アンダルシア州の「アルメリアの新たなGAP事情」についてGAP普及ニュースの48号から新連載を始めます。

 写真1は、アルメリアの施設農業について熱く語る農協「コスタデニハール」の代表理事のフランシスコ・ベルモンテさんと、IPM(Integrated Pest Management,総合的病害虫管理)やGAP農場認証についての説明を受ける筆者ら(12年前)です。

組合員のGLOBALG.A.P.認証取得率は100%

  スペインは、多くの農産物を欧州各国に輸出してきており、そのため、GLOBALGAP認証を取得している農家が世界一多い国になっています。中でもスペイン・アンダルシア州のアルメリア県には、約35,000haの温室(ビニルハウス)があり、トマト、キュウリ、ナス、ズッキーニ、ピーマン、スイカ、メロンなどが農協(アグロコープ)を中心に大量に栽培されており、全ての組合員(100%)がGLOBALGAP認証を取得しています。

農業者に対する教育

写真2

  2006年の訪問では、コンサルタント会社による「IP(インテグレイテッド・プロダクツ)、アンダルシア州政府による制度」の指導や「農業資材安全管理ライセンス」を取得させる指導、そして様々なGAP農場認証の指導が印象的でした。

  農協の組合員である農業者の場合は、テクニコ(農業技術指導員)が公的資格を持って農場を支援するために、必ずしも農業者のライセンスは必要としません。

 写真2は、農業者の免許証(農業資材安全管理ライセンス)を見せるフアンさん。1.5haのハウスを耕作する平均的な農家です。

行政支援と農協の選果場の認証

 2008年には、九州大学の教授らを案内して、地方自治体の農業政策と農業者の取組み、その結果としての市場ニーズへの対応などについてアルメリア農業を調査しました。

 農産物生産の約80%は、主にEU域内へ輸出されているため、持続可能性や食品安全に対する科学的検証が重要になっており、そのために市役所の農業部門が、植物体の検査や土壌の検査及び残留農薬検査を安価でサービスをしています。

 また、農協やその他の出荷組織では、BRC認証(British Retail Consortium、イギリス)とIFS認証(International Food Standard、ドイツ)、Applus(トレーサビリティ)認証を取得して食品安全に努めています。組合員農場の「GAP認証」と農協選果場の「GMP認証」および「トレーサビリティ認証」の取得で販売先の信頼を確保していました。

徹底したIPMの普及活動

写真3

 2010年には、高知県の普及指導員や農業試験場の職員らと、主にIPMの調査を行いました(写真3)。特に、アルメリアでは天敵昆虫を使った生物学的害虫管理で先進的な取組みをしており、2004年に訪問した際には沢山あった化学合成農薬が、農業者の農薬保管庫にはほとんどなかったことが大変印象的でした。

 その結果、オーガニック農産物の生産量が増えてイギリスやドイツ、フランス、スイスなどに高値で販売されていました。

 アルメリアの農業調査をする際には、毎回訪問して農産物の生産や輸出の件、農場認証について事情をお聞きしてきたフランシスコ・ベルモンテさん(写真4)は、2008年に農協から独立してオーガニック生産100%の農場を設立し、これに挑戦していました。

 高知県の天敵昆虫を利用した農産物の栽培は、アルメリアの農業に匹敵する技術レベルにあるにもかかわらず、県内の普及率や他県への波及などが少ないという課題があるのですが、アルメリアでは天敵利用が猛烈な勢いで普及している様子がとても印象的でした。

農業者はGLOBALG.A.P.+2から+3の農場認証

 2016年2月、前回の訪問から既に5年が経過したアルメリアの農業は、またまた大きく変化していました。「本来のGAP」が目指す「サステナビリティ」が個々の農家にしっかり定着していました。

 GAPの農場認証の取得に関して言えば、5年前までは圧倒的に多かったスペインの国内認証のUNE15501が減少し、GLOBALG.A.P.に集約されてきていました。その結果、現在では農協などの農業経営体にとって先ず必要な認証として100%の組合員がGLOBALG.A.P.認証を取得していました。

 ただし、「GLOBALGAPは農業者のリミット(最低限やるべきこと)」なので、国際的な競争では、その上の認証を求める需要が増えています。そのため、比較的遅れていると言われている農協も含めて、全ての生産組織が、GLOBALG.A.P.の他に、Natures Choice(ネイチャーズ・チョイス、イギリス最大のチェーンストアである「テスコ」のストア認証)、LEAF Marque(イギリスのオーガニック認証)、Biosuisse(スイスのオーガニック認証で北欧への輸出に必要)などに取り組んでいます。

 また、グローバル・マーケットに積極的に販売するためには、更に、GRASP(GLOBALG.A.P.による農業生産企業の社会的責任の規準)、BSCI(サプライチェーンの公正な労働条件の認証)などへの取組みも多くなっています。

広がるオーガニックマーケット

写真4 写真5

 6年前に組合から独立して100%のオーガニックに挑戦していたフランシスコ・ベルモンテさんは、兄弟4家族で、180haの温室を耕作し、農作業者約400人、選果場作業者約200人の大農場「Bio Sabor,ビオサボール(オーガニック・テイストの意)」を経営していました。

 写真4は、5回目の訪問で、久しぶりに会い、語り合う筆者とフランシスコ・ベルモンテさん。写真5は、Bio Saborの選果場の内部。認証はBiosuisse(オーガニック認証)で、ドイツ、ノルウェー、スイス、フィンランド、その他の国に直接輸出しています。3月から6月は欧州へのオーガニック野菜の供給が少なく、特にこの期間の生産性向上が課題とのことでした。

アルメリアの選果場では日本の「改善」を実行

改善

 農協は、いわば単協(組織レベル1)が、組合間協同で連合体(組織レベル2)を構成しています。いわゆるPMO(プロダクト・マーケティング・オーガニゼーション)として、マーケティング、販売促進、販売業務を統一してビジネスを展開しています。

 また、それぞれの単協の選果場を、品目ごとの選果場として専門化し、PMO全体の生産コストの削減を図るなどの工夫をしています。

 これらの選果場のGAPの目標は「改善」です。選果場のあちらこちらに漢字で『改善』と記されています(写真6)。

 有難いことに、日本を尊敬し、「改善」を目標にしているアルメリアの農協の選果場です。ここから私たちが学ぶものは、GAP手法や管理手順ではなく、産業として農業を実践する農業者と事務局の「方針」や「姿勢」なのかもしれません。

 GLOBALGAP認証が「最低限の規準」ということは、認証に達しない農業者は組合員(農業者)として認められないということです。

 それに対して、その「最低限度の認証」を「高度なGAP認証」として、「認証の取得は難しい」とする日本の見方は、世界の誰に対しても説明できない「おかしなこと」なのです。

GAP推進と農業ICTについて

写真7

 日本では、農業者のGAP普及で阻害要因になっている農場管理計画や記録事務の負担を軽減するためにICT活用を推進するという考え方がありますが、アルメリア農業でのICT導入は、因果関係が日本と全く反対です。農協を中心に高度に標準化された組織的農業戦略をさらに推進するための「ICTの導入」なのです。つまり、GAPが定着したからICTを導入するということです。

 アルメリアの農業を現場で経営体として束ねている農協は、独立した農業者によるバーチャル・コーポレーションです。その組織がERP(Enterprise Resources Planning)(農業経営の資源要素“ヒト・モノ・カネ・情報”を適切に分配し有効活用する情報戦略)で、農協の基幹系情報システムとなっています。マーケット情報から、販売先情報、選果場のリアル情報、農場の生産情報を一元管理することが目的です。

 アルメリアの農業ソフトのシェアを二分する2つのシステム会社(写真7)を訪問し、ERPシステムの内容と利用実態を調査しました。統合化され一元管理されている生産から販売までの農業情報の利用者は、農協経営者、農協各部門担当者、農業者、農業技術指導員、農場監査員などです。

 次号から、アルメリアの農業経営と農協運営について「GAPと農場認証」の視点で報告し、日本における「世界から信頼される農業と農産物生産とは」について考える連載を開始します。

アルメリアの農業協同組合戦略と農業クラスターの構築

  「持続可能な農業への取組み」と「GAPと農産物輸出」の調査で、2004年12月に初めてスペインを訪ねてから、今回(2016年3月)で5回目の訪問となりました。欧州一の野菜生産基地ともいえるアンダルシア州アルメリア県の新たなGAP事情について、連載2では、スペインにおけるこの地域の農業の特徴、特に地域振興政策と農業協同組合の取組みについて報告します。

スペイン農業の特徴

スペインの農場1 スペインの農場2

 スペインの農業生産額はフランス、ドイツ、イタリアに次ぐEU第4位で、農用地の面積はフランスに次ぐ第2位の2,696万ha(日本の約6倍)で、国土面積の53%を占めています。北部は比較的雨が多く、夏は涼しく冬は温暖な海洋性気候で、麦類と酪農を含む畜産物の生産が多い地域です。マドリード州を中心とする中央部は昼夜の気温差が大きく、夏は暑く冬は寒い大陸性気候で、麦類、ぶどう、畜産物等の生産が多い。東部と南部は年間を通じて温暖で乾燥した地中海性気候で、東部(カタルーニャ州、バレンシア州)では柑橘類、米など、南部(アンダルシア州、ムルシア州)はオリーブ、ぶどう、野菜、米などの生産が盛んです。

 一経営体当たりの平均経営面積は24.0ha(2010年)で、主要農畜産物はぶどう、オリーブ(生産量世界第1位(2013年))、柑橘類、豚肉等です。主な輸出品目は、世界生産量の4割を占めるオリーブオイル(輸出額世界第1位:2012年)、ワイン(同3位)、豚肉(同4位)、タンジェリン・マンダリン(同1位)、オレンジ(同1位)等です。有機農業が盛んで、有機栽培面積は159万haで世界第5位(EU内では第1位)であり、主な有機農産物は、オリーブ、穀物、ぶどう等ですが、近年は施設園芸の有機野菜も増加しています(農林水産省調べ)。

アルメリア農業地帯を空から見ると

ビニルハウス1 ビニルハウス2 ビニルハウス3

 スペイン南東部のアンダルシア州、ムルシア州で、地中海に面したところに、地表が白く見えるところがあります。Googleマップを拡大していくと、アルメリア市街の周辺とその東側(コスタ・デ・ニハル)及び西側(エル・エヒド)の半円状の地表面が白く輝いています。

 これを拡大すると、海と山に囲まれたこの市では、市街地を除く全ての平地が真っ白です。そして、飛行機から見る高さぐらいになると、この白はビニル・ハウスの温室であることが分かります。マドリードかバルセロナからイベリア航空機に乗ってアルメリア空港に近づくと、窓から一面に広がるビニル・ハウスは圧巻です。ここは持続可能な農業に取り組む欧州一の野菜基地です。

アルメリア農業と農業協同組合の発展過程

 スペイン王国アンダルシア州のアルメリア県(Provincia de Almeria)では、集約的な施設園芸農業を拡大し、持続可能な農業として成功を収めています。温暖な地中海気候とシエラネバダ山脈からの伏流水を利用した夏野菜の温室栽培の事業環境が整備され、施設園芸農業が核となって広域的な産業集積に成功した「農業開発によるクラスター」です。

  アルメリア県は、スペインで一番成長している「果物と野菜の産地」で、今や冬季の夏野菜では欧州一の大産地です。主な生産物は、スイカ、メロン、ズッキーニ、ナス、トマト、ピーマン、グリーンピースなどです。毎年40,000人以上の労働者を農業生産で直接雇用しています。2010年の農業生産高は250万トンであり、約65%は輸出されています。売上高は18億ユーロで、そのうち10億ユーロは農業協同組合系(COOPs)の売上高です。

 アルメリア農業の協同組合活動の発展は、研究者(Molina-Herrera、2005)によって次の4段階に分けられています。

1960年から1975年:組織の初期活性化の時代
1975年から1990年:急速な成長の時代
1990年から2000年:アルメリア・スタイルを作った成熟の時代
2000年以降:「グローバル化のプロセスは農民から」の時代

持続可能な農業実践とGAP民間認証

経営タイプ別販売額の比較
経営タイプ別販売額の比較(%)
(出店:Coexphal)

 アルメリア農業にとって、2000年以降は持続可能な農業の時代です。農業協同組合(COOPs)による生産と販売の協同事業が成熟し、欧州の一大野菜生産基地としての地域が出来て、地域全体が農業クラスターとなった産地が、EUを超えた価値観のグローバル化という新たな課題を抱えることになり、民間のGAP認証農場の時代に入ったのです。

 アルメリア農業の歴史を少し振り返ってみると、「不毛の地」という意味を持つ「エル・エヒド」市に豊かな地下水が発見され、スペイン政府とアンダルシア自治政府の農業振興政策が始まり、試行錯誤の結果、ビニル温室での夏野菜生産が盛んになりました。周辺地域や遠隔地から移住してきた開拓者精神を持った事業家たちによって、産地づくりが進行しました。

 農地所有の平均は1.5 haで、殆どが農業協同組合のメンバーである小規模な家族農家(13,500戸)です。農業協同組合は、組合員が生産した野菜の選果場をもっており、欧州を中心としたマーケットに対応した商品化に力を注いでいます。

 研究者が「グローバル化のプロセスは農民から」の時代と分類した2000年以降のアルメリア農業の中で、農業協同組合は益々その存在価値を大きくしているようです。地域全体の農産物の生産販売と、それらの輸出額が増えている状態で、農業協同組合の取扱い金額の割合が伸びています(図 グラフ赤)。

 グローバル化を迎えて、組合員離れや農産物の取扱い額の減少に悩む日本の農業協同組合にとって、アルメリアの農協活動には発展のヒントがいっぱいあります。

農業クラスターと農業バリューチェーンへの投資

アルメリア農工業システム

 アルメリアの発展と成長は、零細な規模の農業生産者と農業企業体への支援策として「農業生産技術」と「農産物バリューチェーン技術」の進歩に多額の投資をしていることからもたらされています。地域産業の全てが農業関連に収斂されており、空港から街への自動車道から見える立看板は、トマトやスイカ、メロン、ピーマンなどの農産物か、種苗、農業資材、温室資材、梱包資材、運送会社、販売会社、コンサルティング会社など、農業関連のものばかりです。延々と広がるビニル・ハウス以外で、道路際にある会社や商店と言えば、やはり立看板にあった農業関連の企業ばかりです。

 アルメリア県の人口は、1980年の約40万人から、2010年には約70万人に増加しています。農業という第一次産業の成長とともに発展している地域は、スペインでも珍しい存在です。このような「農業クラスター」への特殊化のための重要なことは、「持続可能な農業への技術開発」が盛んに行われ、そのための融資が継続的に行われているということです。

 欧州の消費者が求め、そのために、ここの農業者が目指すものは「化学合成物質による作物制御と作物保護」ではなく、それとは対照的な「生物学的制御技術」による農業の発展です。農業クラスターの視点で見ると、農業協同組合の重要な革新は、地方自治体、大学や他の研究機関との密接な関係性を制度化したことであることが分かります。例えば、特許です。全てのアンダルシア地方の農業界の特許の31%はアルメリア農業クラスターに関連しています(Tecnova財団、2009)。

 アルメリア農業クラスターは、資金調達では地元の協同組合銀行と密接な関係を持っています。地元の協同組合銀行の成長戦略は、首都圏の資金を供給源として全国的な関係を構築しているほか、農業協同組合の補助事業の利用を促進させています。

 その結果として農業協同組合は、生産技術動向とマーケット変化とに対応してビジネススタイルを多様化させると同時に、関係する多くの中小企業と大企業との連携により、それぞれとの付加価値を生み出す協力関係(バリューチェーン)が構築されています(アルメリア農業協同組合モデル、By Cynthia Giagnocavo)。

農民企業家への転換とICT(農業振興政策1995~)

 アルメリア農業の発展は、EU(欧州連合)への入口である世界貿易や貿易の自由化を契機にしています。そしてガット・ウルグァイラウンド合意、世界貿易機関(WTO)の設立協定などが、アルメリアの農業に新たな課題をもたらしました。1995年、国際競争に対応できる農業者を育てるため、これまで以上に大きな資本の注入が必要ということになり、協同組合銀行は、様々な課題のうち、農業部門への集中的な投資を拡大し、技術研究への投資を継続し拡大しました。

 現在、農民から農業企業家へ転換する政策が行われています。農業協同組合では、理事会メンバーにはマネジメント・トレーニングコースがあり、農業現場では、農業技術者のためのテクニカル・セッションや農業実践コースがあります。これらは全て助成金による支援です。

 具体的には、持続可能な農業の指導者やGAP民間認証に係るGAP指導者(テクニコ)の養成、GAP実践のトレーニング、またグループ認証取得に係る農場巡回指導やそのための内部検査のトレーニングなどが、大学やコンサルティング会社などを通じて実施されています。

 ICT(情報技術)関連では、農業協同組合は、オンライン・バンキングシステムと、全てのクライアント関係業界の企業への電子メールシステムを既に導入しています。生産者組織では、各協同農場と通信するための情報システムを構築しています。それらにより、生産者団体の会合や相互のコミュニケーションは、リアルタイムの情報伝達が可能になっており、重要情報の周知やそれへの対応と実践を可能にするシステムが完備されています。

 農産物販売の主体である農業協同組合や生産者組織にとって最も重要な機能は、これまでの経験と勘による経営対策ばかりではなく、情報の統合化により、「家族経営の枠を超えた協同組織としての農業コスト計算を行うこと」や、「組織全体で行う作業の機能配分を合理化すること」などです。その点で、投資した試験研究の実験結果の情報や、ICT化による組織のタスク管理は、農業協同組合にとっての大きな貢献となりました。

 農業協同組合では、基幹業務システムに生産者メンバー(組合員)を含んで統合的に管理するERPパッケージを導入しています。この方法は、選果場に集中する農産物を圃場から把握して売り先までトレースし、選果場の人材、設備、資材などの経営資源とともに統合管理し、業務の効率化や経営の全体最適を目指す手法です。これらのシステムをサポートするシステムベンダーも、また、それらのシステムを利用する農業協同組合の管理全体を監査する審査会社も、アルメリア農業クラスターの一員として地域内で育ち、事業を展開しています。

農業振興政策2000年以降

アルメリア農業協同組合の果物と野菜の輸出
アルメリア農業協同組合の果物と野菜の輸出(トン)
(出店:Coexphal)

 2000年以降、関連する農業支援やサービス産業の発展と成熟は、それぞれの業界ごとの多様化と、現地生産システムや「農業クラスター」の確立に貢献しています。農業生産は、選果場の統合管理システムでコストを最適化して、売上が増加しており、特に輸出の伸びはアルメリア農業の管理システムのクオリティーが国際的に信頼を得たことの証です。こういった中で注目すべきは、クラスターの産業界全体が経済成長を遂げている際に、農業協同組合の役割が低下しなかったことです。その意味で、クラスターにおける生産部門としての農業協同組合の持続可能性の役割が成熟し始めました。上図(アルメリア農業協同組合の果物と野菜の輸出)でも、市場シェアの商業化における協同組合の上昇を見ることができます。

 100以上の農業協同組合の連合会として1977年に創設されたCOEXPHALは、青果物の欧州市場への輸出事業を行っています。COEXPHALは「金融危機や建設業界が大幅に縮小した今後は、農業と食品事業にその新たな照準をあわせるべきである」としており、アルメリアでは特に、その可能性が最も高いと思われますので、これまで以上に、欧州および国際市場で競争することが求められます。そのため、「食料安全保障」、食の「健康と安全」、規制の緩い国からの「安価な農産物」との競争、化石エネルギーの「代替エネルギー」など、関連諸活動への対応など、農業協同組合の課題は大きいと見られています。

アルメリア農業青年(農民企業家)の軌跡

アルメリアの街を囲む見渡す限りのハウス群

 スペイン南東部の地中海沿岸アンダルシア州アルメニア県は、面積が35,000 haにも達する無加温のビニルハウスで冬場に夏野菜を栽培しています。2004年にここを訪れたとき、農業協同組合S.A.T.コスタデニハルを率いる若手組合長のフランシスコ・ベルモンテさんは、組合員135名、ハウス面積350haの農場で、GLOBALG.A.P.(当時はEUREPGAP)認証を取得し、トマトを中心にズッキーニ、ピーマン、スイカなどをイギリスやオランダなどに輸出していました。

 私は、その後も定期的にこの地を訪問し、5回目となった2016年3月の訪問時には、フランシスコ・ベルモンテさんは、S.A.T.ビオ・サボールという組合の代表者になっており、180 haのハウスでオーガニック野菜を栽培する大組織を運営していました。

 前号の(連載2)では、アルメリア農業の発展について農業の持続可能性への取組みというEU農業政策と欧州マーケットの変化に対するスペイン農協の対応、生産者の頑張り、そして行政による支援などについて紹介しましたが、本稿では、産業(農業)クラスターの中で、アルメリア農業の発展を支えて戦う農業者(農民企業家)フランシスコ・ベルモンテさんの軌跡を追ってみます。

*農協には組織形態が異なる2種類があり、総会での議決権が農協S.C.A.は組合員一人1票であるのに対して、農協S.A.T.は組合員の耕地面積に応じた議決権という違いがあります。

農民企業家Francisco S. Belmonte Mendezの挑戦

 1991年、フランシスコ・ベルモンテさんらアルメリア県ニハル地区の農業者が(農協)S.A.T.コスタデニハルを設立しました。組合員46名の農業者で栽培面積の合計は78haで、平均すると1農家約1.7 haという小さな農家の集まりです。それ以前は、各生産者が市場でセリにかけるか、卸売業者に農産物を販売、または委託販売していたため、生産者の利益は少なかったということです。農協を組織した理由は、生産者自らが直接に販売先を開拓して所得を増やすことでした。

  1991年は、EUが硝酸指令(91/676/EEC)と作物保護指令(91/414/EEC)を制定し、持続可能な農業に向けた法規制が具体的に始まった年です。翌1992年の欧州農業共通政策の大改革(マクシャリー改革)で、農業支援の考え方は価格支持政策から環境支払政策及び直接支払政策へと転換しました。そして、農業者が環境保全に向けて最低限取り組むべき環境基準GFP(Good Farming Practice)規範を制定し、これをクリアーした農業者には各種の経営支援策を講じていくという制度です。

  ただし、環境保護と景観維持の政策のもう一つ(本来)の目的は、世界市場に導入された新たなルールで不利な立場に立たされた農業者への適正な所得確保であり、農業環境政策が単に環境保護を目指すだけではなく、農業所得の支持政策という意味あいが大きいと言われています。

 アンダルシア地方政府は、1994 年に法律を制定し、独自のGAP認証制度のIP(Integtated Production)を1996年から開始しました。IP認証では、原則として生物農薬を用い、化学合成農薬を使用するには、公的指導員の許可が必要になります。化学合成農薬の使用を制限していない民間のGAP認証よりも厳しい審査規準です。コスタデニハルでは、GAP認証の検討を始め、審査機関から講師を招いて生産者全員で講習会を開いたということです。

輸出で始まるGAP民間認証

 アルメリア農業はEU各国への輸出が多いために、この地域の生産者は、2000年に誕生したばかりの欧州小売業農産物部会からいち早くEUREPGAP(現在のGLOBALG.A.P.)認証の取得を要求されています。コスタデニハルでは、他の農協に先駆けて、2001年に農協全体で8ヵ月間の実践指導を行って、組合員の90%がEUREPGAP認証を取得しました。

 ベルモンテさんによれば、「懇切丁寧に指導したが、何人かの農家が脱落してしまった」ということでしたが、残った農家は、2002年までに100%(135人)が認証を取得したということです。

 GAP認証を含む全ての営農指導は農業技術指導員が行います。農業技術指導員はアンダルシア政府が認定したもので、日本の農業改良普及員のようなものです。大学で農学または微生物学を専攻してから農業を経験した者が、さらに専門研修を受けて試験に合格し、農協や生産者団体のアドバイザーとして活躍しています。

食品安全第一の農協の工場(選果場)

選果場の選果ライン

 2004年12月、筆者が初めてアルメリアを訪れたこの年、ベルモンテさんは36歳でした。コスタデニハル農協の生産者組合員は、GAP認証による販売を始めた2002年から135人となり、栽培面積は、合計で350ha、平均すると1農家約2.6 haと増加し、生産はトマトが中心ですが、他にメロン、ピーマン、スイカなどで、大規模な選果場も所有していました。生産物の販売は、農協の連合会ANECOOPを通じて国内スーパーに全体の約40%、残る60%の産物は、それぞれ販売先の国の青果卸売企業への販売という構成でした。その合計販売金額は、2,100万ユーロということでした。

 選果場を視察しましたが、日本の食品工場と同じように衛生服(キャップ、靴カバー、白衣)を着けて、見学者用のラインに沿っての慎重な見学でした。事務室からの清潔な通路を通って、選果場の衛生管理区域に入る前に、作業者と同じ手洗い場で入念な手洗いをしてからの見学です。

シール貼

 選果フローは、「コンテナ入荷 → 自動計量 → 検査員の検品 → 水槽で洗浄 → 半自動選果(一部人手)→ パッケージ」の一連の作業が機械化されていました。それから → 予冷蔵 → 保管 → 出荷の作業も機械化され、作業は合理化、データ管理はコンピュータ化されていました。

  EUREPGAP認証で義務付けられているトレサビリティのための生産者識別は、農産物の入荷時にコード化されたものが選果ラインの検品作業で認識され、その後の選果作業ラインが終了するポイントで現物が確認され、ラベルが作成されてパッケージに貼付されます。生産者が変わってもラインを止めませんが、生産者コードの信号があるのでラベル貼付は正確です。しかし、最後の箱詰めで複数の生産者のモノが入る可能性はあります。

GAP認証は農業企業の経営戦略

 スペインには、GAP等の農場認証が主に柑橘類を対象とするNATURANEと、施設野菜向けのAENORとがあります。またイギリスのスーパーやフランス・ドイツなどのスーパーでもEUREPGAPを取得していれば販売に問題はないとのことでした。スペインの産地では、すでに2004年の時点でEUREPGAPは取引条件として認識されていて、その前提で農業生産の実施要綱ともいうべき「農場管理規則」が、農協ごと、出荷団体ごとに存在していました。

  「農場管理規則」は、AENOR対応とか、EUREPGAP対応、のように認証制度ごとに作成するのではなく、あくまでも自社(組合)農場の実施規則です。農業者は自社の実施規則に従って適正農業を実践するのみであり、GAP審査のチェックリストを渡されるようなことはありません。従って、「様々なGAP(正しくはGAP認証制度)があるから農家が混乱する」という日本におけるGAP認証の対策とは大きく異なっています。

トマト

 その他に、スーパー独自の品質基準ルールがあるので、英国のセインズベリーとテスコ向けには、2社ぞれぞれの厳しい基準を上乗せしたものに合わせて生産して出荷していました。ベルモンテさんは、「GAP認証の取得により販路が拡大した」と、GAP認証による実質的なリターンがあったことについて話していました。

  2年後の2006年9月、コスタデニハル農協の組合員は、組合員農業者151人、会員農業者45人と増えていました。栽培面積は合計400haで、平均は2haでした。最小規模の生産者は1 ha、最大規模の生産者15 haです。それで年間生産量は45,000トンということでしたから、一人平均で約230トン、仮に1キロ当たり50円にしても1,150万円の売上げとなります。

  2004年からオーガニック栽培を開始し、2006年には販売や販売先の割合が変化していました。農産物全体の40%はスーパーへの直接販売です。国内販売は全体の15%で、輸出が85%と非常に多くなっています。主な輸出先は、イギリス、スイス、オランダ、イタリア、ドイツ、アメリカなど、多岐に亘るようになりました。

  農協の組織運営としては、議決権を持つ農業者と、議決権を持たない利用会員とがいました。農協の運営については差がありますが、組合員も会員も、全ての農産物はコスタデニハルを通して販売しなければいけないということが厳しく管理され、その代り営農指導も徹底していました。農業技術指導員一人が担当する農業者は40人に限定し、農協内に5人の専門技術指導員を配置しています。農業技術指導員の役割は、農業者一人一人の営農計画から、技術指導、栽培相談、病害虫対策、収穫・出荷のコンサルティング全般で、それらの過程でGAP指導及び認証のための内部監査を行います。

  農場認証に関しては、スペインの代表的な規格であるUNE155001(EUREPGAPと同等性認証)も取得していました。これはISO9001を取り入れた規準で、スペイン国内のスーパーから要求されることが多く、Nのロゴマークを付けることができるものです。UNE155001はEUREPGAPよりも厳しい審査規格です。団体(農協)内の個別農場審査は、通常2ヵ月に1回行われます。適合率が高い生産者団体(農協)については4ヵ月に1回の審査ですが、いずれにしても頻繁な審査です。残留農薬分析は生産者が行った上に審査機関自身がサンプルを持ち帰って分析を行います。

  これが国内で標準化しているGAP農場の認証ですから、国外からスペインに農産物を販売しようとする生産者にとっては輸出の大きな壁になります。こういったことは欧州各国の当然の対策のようです。ベルモンテさんは、国内のUNE155000の規格で農場管理しているという自信から、輸出用のGLOBALG.A.P.認証は簡単だと強調していました。

  組織(農協や出荷団体)は、農家から手数料を取って販売しているのですから、GAP管理にあたっては、IPMマニュアルなどを作成し、生産者の指導・育成のために専門家の農業技術指導員を雇い、農薬散布や施肥を現地で指導し、様々な工夫をして必要な記録の指導をしています。

  なお、生産記録自体は各農家が農場に備えて日常の農場管理に活用するものであり、同時に農協では、組織全体の経営管理データとして活用します。これらの管理データを、帳票による管理からコンピュータ化するため、コスタデニハルでは、システム会社と共にデータベース作りに力を入れていました。

2008年9月、マーケット要求に応える高度なGAP(オーガニック)

 組合員農業者160人、会員農業者36人と、2年前とは組織構成が変わり、栽培面積は合計500 ha、そのうちオーガニック栽培は40人で110 haと増えていました。

  GAP認証は、UNE150001とGLOBALG.A.P.オプション2で、農業者196人全員(100%)です。さらに、EUのオーガニック・プロトコルは40人で、審査会社はアルメリア最大の会社「AGROCOLOR CAEE」になっていました。コスタデニハル自体が農産物取扱い者として、農協の選果場はでISO 9001とBRCを取得していました。

  この頃のベルモンテさんの経営上の課題は、①英国やドイツに輸出するためにはスペインのIP認証では競争力が無い。生産者160人のうち40人が有機栽培(Biological Control)だが、②トマトの有機栽培は、ナスやピーマンよりも難しい。トマトの場合は、茎の毛が生物農薬(天敵)の移動を妨げるので難しい。この問題が解決できればビジネス的に優位に立てるのだが、今はまだできていない、ということでした。

  実際には、合理的で審査も厳しいアンダルシア政府のIP認証を受けているが、「ドイツやフランスの買手(スーパーや消費者)はIP認証をあまり知らないので認証を受けるメリットがない」ということで、EUの有機認証に替えています。

求められる新農法(代替農業)

ナス1 ナス2 ナス3

 「S.A.T.コスタデニハルのGAP(適正農業管理)では、もはや化学合成農薬は使わない」というレベルに近づいていました。ベルモンテさんによれば、「そうしなければ英国やドイツの要求には応えられなくなっている」ということでした。この農協が特別なのではありません。同じく150名の生産者を組織している農業生産法人ロマノリアスでもオーガニック部門を新設して栽培面積を増やし、「今年度はオーガニック部門の販売金額が慣行栽培部門の金額を上回るだろう」と代表のマニュエルさんが話していました。

  アルメリア地方では、2004年からの4年間でIPM(統合的病害虫防除)の技術が進み、ほとんどのハウスは生物防除(Biological Control)を採用しており、4年前に比べると農薬の使用は極端に減っていました。

  農薬メーカーのシンジェンタ社からIPMの指導を受けていた4年前はIPMが最も先進的なGAP農場モデルでしたが、2008年にはどこの農協でも、どの生産組織を訪問しても、IPMは当たり前になっており、さらに進んでオーガニック栽培(生物防除)がアルメリア地方一帯に広がっていました。

  この大きな変化は、4年前にアルメリアの農産物から中国製の無登録農薬が検出されて大問題となったことが切っ掛けとなって起こったようです。

  食品安全に係る事件によって大消費地からの信頼を失えば、この地域全体の経済が立ち行かなくなることは確実です。その時、ドイツのスーパーから無農薬栽培や生物農薬の使用を強く要求され、アルメリア県やエレヒド市の行政による強力な指導の下に代替農業としての統合生産(IP)が開発されました。化学農薬から生物農薬への大転換です。IPMやオーガニックなどの新たな技術導入と徹底したGAP指導による統合生産の確立は、「できるかどうか」ではなくて、「やらねばならぬ」という切実な思いから生まれたものであったと、エレヒド市農業部議長のホルへ・ビセラスさんが強調していました。行政の「食の安全のためには、考えられることは全てやる」という農業政策に支えられ、生産者は「実行すれば道は開ける」と信じて、より進化したGAPの実践に取り組んだ結果です。

団体としての農場管理システム

 S.A.T.コスタデニハルや農業生産法人ロマノリアスなどの事務局では、IPM重視の農場管理システムによる総合的な営農指導を行っています。アンダルシア自治体の認定を受けた農業技術指導員を雇用し、①各生産者の栽培指導、品質管理指導、使用農薬・肥料の決定、その他の作業指示(作業指示書兼作業記録)などの営農指導全般と、②GAP内部監査員の業務を行っています。農業技術指導員は、毎週、担当している各農場を訪問して直接営農指導を行っていますので、この指導員が果たす役割が、農協などの生産団体の統制をとる上での鍵となっています。

  農業技術指導員は、①今後1週間で行うべき作業内容を「作業記録用紙」に記載して、署名をして生産者に渡す。②「作業記録用紙」は、詳細な作業内容が記載された事実上の「作業指図書」であり、生産者がそれに従って実際に作業を行って署名するので、この用紙が「作業記録用紙」にもなる。③生産者が「作業記録用紙」で指示されていない農薬を使用したい場合は、指導員に連絡をした上で許可を得て使用する。④各農場で管理する記録は、農薬散布機整備記録、灌漑管理、農薬在庫台帳、肥料在庫台帳、計量器具の点検記録、事故の場合の対応記録、農薬散布後の立入り禁止表示などです。

  コスタデニハルでは、農協の団体事務局にGAP規準で要求される管理点の要件を満たす「農場管理規則」(組織のルールや作業手順書)があり、生産者はこの農場管理規則を守って農作業を実施し、技術指導員の指示で問題点の是正を行っていれば、各生産者はたとえ認証のためのGAP規準を個別には知らなくても、GAP認証審査に合格できるのです。

農民企業家フランシスコ・ベルモンテさんの決意

フランシスコ・ベルモンテ

 ベルモンテさんはこのように述懐しています。「北欧(英国、フランス、ドイツなど)は、南欧(スペイン、イタリア、ギリシャなど)より賢くて戦略的です。これまで、様々な形で私達の市場参入を阻んできました。北欧に野菜が不足する冬期間だけは農産物を受け入れていますが、北欧は農業の技術レベルが高く、生産基準や高い品質規格を設定することで冬場以外の参入を阻んできました。

  しかし、私達アルメニアの生産者は、北欧の戦略を読み、戦う方法を考えて実践してきました。要求された様々な基準・規格に挑戦し、それを乗り越え、少しずつ北欧の市場参入を果しています。これからも、北欧諸国の市場は、新しい規制を次々に打ち出し来るでしょうが、今や我々は、それにすぐに対応で きる力量と気力を蓄えています。

  今後は、更に北欧の消費者の心を掴むことが大切です。持続可能な農業技術と付加価値のマネジメントで、オーガニック農産物の生産で、EUの確固たる産地になります。」と。

農業で生残るための大胆なGAP(技術革新と新たな協同)

農協ピオ・サボール

 2010年11月、4回目のアルメリア訪問でベルモンテさんを訪ねようとしたところ、彼は農協S.A.T.コスタデニハルにはいませんでした。そればかりか、農協の組合長ではなく組合員でもありませんでした。大変驚き、心配しながら、コスタデニハルの事務所から所在を聞き出して電話連絡が付き、新しい農場と選果場で本人に会うことが出来ました。

  経過はこうです。「北欧の消費者の心を掴んで、オーガニック農産物の生産でEUの確固たる産地になるためには、農協を挙げて全組合員で取り組むことが必要であり、持続可能な農業技術と付加価値のマネジメントを実現すべく、農協の組織改革を断行しようとしました。ところが組織の決定が得られず、反対に自分が農協を去ることになった」ということでした。

  ベルモンテさんは、意を決してコスタデニハルを脱退し、新たな組織づくりを開始していました。心を通じることができる農民企業家の仲間とともに、完全なオーガニック農産物の生産を目指して新たな農協、S.A.T.ビオ・サボール(「有機の香り」という意味)を立ち上げたのです。

  しかし、私達が訪ねた2010年11月は、開始してからわずか2年で、トマトの有機栽培特有の技術的課題は解決していませんでした。選果場も組織統合で稼働を休止していた農協の旧式の選果施設を使用していたので、効率的な作業が出来ていませんでした。そのため、ベルモンテさんの営業力で取った注文に生産が追い付かない状態のところを視察してきました。彼の主張である「持続可能な農業技術と付加価値のマネジメント」は車の両輪のようにバランスが取れていなければなりませんが、現実は厳しいもので、トータルの経営効率も悪い状態であることを話してくれました。

  別れ際はいつものように肩を叩きあって元気に再会を約束したのですが、私のこれまでの4回の訪問は2年ごとでしたが、5回目は、それから5年後になってしまいました。

夢の実現、さらなるGAPを目指して

選果場ビオ・サボール オーガニック栽培のハウス

 2016年3月、5年前とは違う場所にビオ・サボールがありました。高速道路から見た巨大な会社に圧倒され、一体なのが起こったのか、目を疑うことばかりでした。新たな農協の概況(写真)は以下のような内容です。

  オーガニック専門のS.T.A.農協であり、従業員数は約600名で、その内200名が企画・営業のスタッフと選果場の従業員、そして400名が農作業の従事者(モロッコ、ナイジェリア、ルーマニアなどからの移民)です。農業技術指導員は5人で、180haのハウスの指導を担当しています。栽培する農産物はトマトが80%で、その他にはピーマン、キュウリ、ズッキーニなどです。

  懸案だったトマトの有機栽培の技術が確立され、急速に売上げを伸ばしたことから、2年前に500万ユーロ(約6億円)をかけて農協の事務所と選果場を新規に建築しました。

  全生産の95%は輸出であり、英国、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、スイスなどの相手先に直接販売しています。

  受注に基づく農産物の発送なので、出荷予定量に応じてハウスでの収穫コントロールを行なって価格の下落を防いでいるとのことです。契約栽培で販売先の小売店はほぼ決まっているので、小売店からの要望を営業マネジャーが受け、生産サイドのメンバーと情報を共有して生産計画に反映させているのです。

  取得している認証は、選果場でBRCとIFS、農場ではGLOBALG.A.P.、およびGLOBALG.A.P.GRASP、BIOSUISSE(スイスのオーガニック)、SHC(スペインのオーガニック)、CAAE(アンダルシアのオーガニック)などです。アルメリアの農民企業家は、アルメリア農業に追随するメキシコ、ペルー、モロッコの安価な農産物に負けない先端農業を目指しています。

アルメリア農業は21世紀の発展産業

 ビニルハウス農業の成功で、緩むことのない経済成長を遂げているスペインのアルメリア州は、この30年間で人口が40万人から70万人超へと75%も増えています。

  欧州で唯一広い砂漠があるアルメリアに、イスラエルの開発した点滴灌漑による栽培技術が導入されると、近隣地域から移住して来た農業参入者などの農業労働者が増え、必然的に農業施設・設備や、肥料・農薬、温室用のビニル資材などの農業関連企業が進出し、それらの社員が増えると、続いてスーパーも銀行も、住宅や自動車関連などの様々な生活関連産業が盛んになり、人口が増加して切れ目なく経済が発展してきました。

  農業発展のためには規模拡大が必要だという考え方が一般的ですが、アルメリアの「プラスチックの海」と言われるビニルハウスで野菜を栽培する農業者は、家族中心の零細農家がほとんどで、平均の耕作面積は1.5ヘクタールです。成長・発展し続けるアルメリア農業は、経営体の規模が拡大するのではなく、零細農家を農業協同組合が組織化することで、事実上の企業(ヴァーチャル・コーポレーション)として欧州最大の夏野菜産地として「農業ビジネス」を展開しているのです。

  欧州一の野菜産地のイメージは、現地を訪ねてみれば一目瞭然です。宇宙から見た一面のビニルハウス群は既に紹介しましたが、道路を走っているだけでも、その様子が分かります。アルメリア空港から街への自動車道から見える立看板は、トマトやスイカ、メロン、ピーマンなどの農産物か、種苗、農業資材、温室資材、梱包資材、運送会社、販売会社、コンサルティング会社など、農業関連のものばかりです。

アルメリアの組織的農業が目指すもの

 欧州では、持続可能な農業を求める欧州共通農業政策の公的な規制と助成(クロスコンプライアンス・環境配慮要件)の下で、GLOBALG.A.P.のような農業経営体に対する民間認証が根付きました。欧州の消費者は、農業者が環境に配慮した農業を実践することに対して支払う補助金政策(直接支払い制度)を支持している訳ですが、同時に、食品スーパーなどの農家に対する民間認証を通して農産物の「安心」をも購入しているのです。

  持続可能な農業に対する民間認証という制度は21世紀に急成長し、膨大な野菜を毎年ヨーロッパやほかの地域に輸出するアルメリア農業およびアルメリア経済にとって、決定的に重要な要因となりました。

  組織的な認証で農家を束ねる農協にとって最も重要な機能は、これまでの経験と勘による組合員の経営ではなく、個々の家族経営の枠を超えた「事実上の企業としての農業コスト計算を行う」ことや、「組織全体で行う作業の機能配分を合理化する」ことなどです。農協の業務と農家の営農活動を統合的に管理するERP(Enterprise Resources Planning)コンピュータシステムは、選果場に集中する農産物を、圃場の段階から把握して売り先までトレースし、農場の人材、圃場、資材、作物などの全体を、選果場の人材、設備、資材などの経営資源とともに統合管理し、業務の効率化や経営の全体最適を目指す手法です。

  アルメリアの農業が目指しているものをまとめてみると、

  1. EUマーケットからの要求に応える持続可能な農業(及びその認証)の実現
  2. 生産技術支援(技術指導員の営農指導)によるオーガニック栽培への段階的移行
  3. GAP管理による直接販売を前提とした「農産物バリューチェーン」の構築

に絞ることができます。

  そして、アルメリア農業を支えているものは、①生産者(農業経営体及び農協)への政府からの指導(公的規制)と農業振興支援(補助金)、②農協系銀行(カハマル)その他金融機関による継続的な融資、③自治体と農業経営体との農業振興の連携、及び関連企業(資材、物流、経営)との協調・連携、を挙げることができます。

アルメリア農業発展の基本は、日本発の「改善」と「5S」

改善

 EU域内の農産物流通ではGLOBALG.A.P.認証が取引の最低条件になっています。そのため、生産者に対するGAP教育と、農協などによるGAPの統一的管理(営農指導)が必要となりました。また、EUの食品安全に関する法的規制では、選果場の食品衛生自己管理システムが義務化されています。そのため、選果・出荷場の適正管理によるBRCやIFS、FSSC22000など食品安全管理の認証取得が定着し、同時に選果・出荷場の業務改善が推進されたのです。

  農協の選果場を視察すると驚かされることがあります。場内の掲示板に、日本語で書かれた「改善」や「5S」などの文字がみられることです。その昔、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳われた日本経済は世界の羨望の的となり、その「管理規格」は世界企業の見本となりました。しかし、21世紀になると、世界の工場はアジアに移り、近年はアセアンの国々にシフトしています。

  図1日本発の「改善」や「5S」などの管理規格の本質は、それぞれの国の工業に引き継がれて成長を支えています。そして、欧州などの先進諸国では、工業分野から取り入れて、農業分野の経営管理の「管理規格」としてそれらを活用することとなった訳です。

  先進的な農業管理技術を視察に行った日本人の筆者らが、それらを見ることとなったのは、皮肉な運命のようにも思えたのですが、アルメリアの農協関係者が、筆者らを、改善の心を持った日本人として尊敬の念をもって対応してくれたことはとても嬉しいことでした。同時に、日本の農業関係者はこの事実を知って、その意味を噛みしめ、謙虚に学ばなければならないと強く感じました。

新興産地との競争、差別化は品質と信頼

 アルメリア農業と完全に競合するメキシコ、ペルー、モロッコからの安価な農産物の輸入攻勢が激化し、アルメリア農業は、より高品質なオーガニックなどの生産技術の革新と、生産・販売のコストの圧縮による高度な経営改善の実施が求められています。

これまでの農産物の品質
⇒ 味、外観、鮮度
農産物バリューチェーンでの農産物の品質(農業の品質)
⇒ 農産物の特性、フードセーフティー、生産方法、トレーサビリティ、環境への取組み、社会的責任などの認証

 これまでの競争要件は農産物の「品質」でした。その内容は、農産物商品の「姿・形、味、鮮度」でした。これらの品質要件は、新興産地の生産技術の向上で、すぐにでも達成可能となりますので、圧倒的に安い労働力と低コスト資材などで、農産物の価格では競争の余地がなくなるほど厳しい状況となります。

  先進国の農業は、今後「何をもって差別化するか」が最大の課題です。グローバル社会で期待される農産物の品質は変化しつつあります。これをどう捉えるかですが、アルメリアの農業関係者は、

 これまでの「姿・形、味、鮮度」に加えて、「農産物の特性(消費の場面に合わせた商品)、フードセーフティー(故意による危害にも備える)、生産方法(産地と生産者の物語)、トレーサビリティ(サプライチェーンの一員としての義務)、環境への取組み(自然と資源の保護)、社会的責任(ビジネスと人権)」が必要であると考えています。つまり、持続可能な農業と倫理的な農業の認証取得による「消費者信頼」こそが、農業生き残りのポイントだと考えているのです。

 このような農産物品質の多様化は、農場管理の内容を複雑化させ、業務量も大幅に増加させました。そのために農協などの農業生産組織では管理方式の標準化を進め、農産物の生産、選果、出荷、販売のICT化が進んでいます。また、日本と同じように、農産物の価格はバイイングパワーでスーパーマーケットが決定しますが、農協が生産側のサプライヤーとして、販売に関して限りなくスーパーに接近することによって、リアルな生産情報と買い手側のタイムリーな情報を総合化させるという戦略的なデータ活用にも努めています。

アルメリア農業に学ぶ

 日本がアルメリアに学ぶ「農業・農協改革」では、農産物輸出がキーになりますが、そのための前提条件である「GAPおよびGAP認証についての概念」が日本では正しく理解されていません。例えば、「GAPは競争ではない」というのは個々の農家に対して当てはまることですが、農産物を販売する主体である農協においては、「ビジネス上の差別化」になります。圧倒的な低価格が予想される途上国からの農産物輸入の増加や、すでに大量に輸入されている加工品や調理品においては、GAP認証による明確な差別化戦略を持たなければ、EU域内の農業者は競争のステージに立つことすらできません。その点で、EU域内での取引の最低条件となっているGLOBLG.A.P.認証は、輸入農産物に対する防波堤となっています。

  日本の農業・農協などの経営的課題を再確認し、アルメリア農業に学ぶ対応策について考えてみます。

1)良い農産物を作る生産技術と有利販売を目指す販売技術とを結びつける。
EUは基本的に同じですが、スペインの農業技術指導者(普及員)は、その専門性によって、生産技術担当、選果場運営担当、情報システム担当、販売担当などに分かれて、全体として農協に所属するなど、農業経営体に直接関与しています。
  日本の普及制度は、普及指導員が都道府県に所属しており、農業者に対して公平に生産技術指導、経営指導、行政指導などを行うため、農協などの農業経営体に直接関与しません。農協の営農指導員は、農業者に対して圧倒的に人数が少なく、農業経営に直接関与できない状態です。農業者に対する教育が無ければ農業は成り立ちません。
2)農産物の委託販売をやめて売買契約を結ぶ。
 スペインの農協が大躍進した理由の一つに、1990年代からセリ市場への出荷を減らし、組織内に販売担当者を置き、スーパーマーケットなどに直接販売したことを挙げることができます。そこから、GAPやGAP認証が始まり、生産基準の統一が行われ、農業者と圃場、選果場と販売戦略の統合的な管理が行われるようになりました。
 生産活動と販売事業が分離した(モノづくりと収入が直結していない)日本の農協の状態は、自立したビジネスとは言えません。売り手と買い手を合わせない(売買を行わない)中央卸売市場での委託販売でしたが、その機能をこれまで通りには果たさなくなった今でも、農業生産の経営体だけが依然として仲卸任せの委託販売ということでは、農業が自立した産業にはなりません。
3)スペインも日本も、生鮮農産物の販売価格はスーパーが決める。
 食品の安全性や環境負荷の少ない商品を求める消費者の要望がある一方で、競合他社の販売価格に敏感なスーパーマーケットが、“値頃感”で販売価格決めるのは、グローバル世界では共通のようです。
これらに対する農産物生産側の努力のポイントをアルメリアに学べば、
  1. 農協が統合管理することで、生産段階(農家の門を出るまで)のコストを圧縮する。
  2. 農協は販売に関与することで、流通経路と販売機会のロスを無くす。
  3. 農業者の持続可能な農業への取組みが、商品の差別化につながる。
という点です。 4)農業経営体が関われる生産者から販売先までのトータルコストの圧縮を目指す。
  1. 先進国農業の生残り策としては、無駄の削減、生産・選果場・出荷コストの圧縮が必要である。
  2. GAP認証による農業者への負荷の増加に対しては、業務の効率化システムが必要である。
  3. 差別化が可能なのは、CO2削減、人権保護、トレーサビリティ、環境保全などである。
そのためには全ての経営資源を把握して統合化することが必要です。 5)農業経営体(農協など)の対応策
  1. 農協などの農業経営体は、普及指導員などを活用し、持続可能な農業の実現を目指す。
  2. 「利益を獲得して農業者(組合員)に配分する農業」へと、農業のビジネスモデルを転換する農協BPR(business process reengineering)を実践する。
  3. 農産物生産の指導と、販売(回収ではなく、売上を上げる)向上対策を関連づけ、最終利益の増大という目標に向けて、生産現場を含む農協全体を統合的に管理する。

 農産物のバリューチェーンは、情報の統合化により、家族経営の枠を超えたコスト計算や作業の機能配分の合理化などにより、農業分野における最終利益を増大させることです。

  避けては通れないグローバル化の中で、日本の農業が生き残って、その地位を確固たるものにするためには、EUの域内で戦い、今、途上国との競争で生き残りをかけて戦い続けているアルメリアの農業の「代替農業技術」と「小規模農業経営管理」に学ぶことは大変重要なことです。

  是非関心を持ってチャレンジしてみて下さい。

世界のGAP先進地スペイン研修ツアー

 世界標準と言われているGAP認証制度のGLOBALG.A.P.ですが、EUREPGAPと称する第一号の認証農場が日本で誕生したのは2001年ですから、わずか15年の歴史です。日本で農林水産省生産局が「食品安全ジーエーピー」として政策展開を始めたのが2004年ですから、スタートとしてはそれほど遅れていたわけではありません。

  それから約10年が経過し、日本政府による農産物輸出の拡大政策や東京オリンピック・パラリンピックにおける調達基準の問題で「国際規格のGAP認証を取得しなければならない」ということになり、世界のGAP認識とかけ離れていることを指摘されているのは、世界との交流があまりにも少なかったためではないかと思います。

  GAP普及ニュースでは、発行当初から、EU、特にイギリスやスペインのGAP事情を報告してきましたが、GAPの本質としての「持続可能な農業のあり方」や「農産物輸出の最低条件としてのGAP認証」などについては、国によってそれぞれの事情があり、GAPへの取組みの姿勢にもかなりの相違があることが分かりました。

  また、GAP(Good Agricultural Practice)は、農業管理が適正に行われているという意味ですから、農業経営体のスタイルによっても、GAPへの取組みの違いなどがあります。とりわけ日本の農業経営体は、家族単位の零細農家が多く、欧米の農場管理とはかけ離れていて、GAPも、そのまま真似て出来るものではないことも知りました。

  しかし、どの国にとっても、自国の農業をどのようにして発展させるかという視点で、GAPやGAP認証を考えているという点では共通です。そのような視点で、スペインのアルメリア(県)の農業には大変興味深いものがあります。36,000ヘクタールものビニルハウスがあり、冬場のEUの夏野菜を一手に引き受けて栽培している大産地ですが、農家一戸当たりの耕作面積は約1.5ヘクタールと小規模な家族経営体が農家数の90%を占めています。

  私は、2004年から定期的にアルメリアの農業をウォッチしてきましたが、本連載記事の表題通り「スペインには、日本でのGAP推進のヒントがいっぱい」です。特に、小規模家族経営農家の農産物を農協が取りまとめて販売しているというところも共通していて大変興味があります。

  このアルメリアは世界で一番GLOBALG.A.P.認証の農家数が多いところです。EUREPGAPの誕生にも大きく貢献した地域でもあります。そもそも、EUREPGAPの第一回会議は1997年に、このアルメリアで開催されました。GLOBALG.A.P.の事務局(ドイツのFoodPLUS)では、それから20年になるのを記念し、「記念誌」としてまとめているそうです。

  日本の農業が世界で認められるためには、「国際規格の壁は高い」というこれまでの誤解を解いて、農業関係者が正しくGAPとGAP認証を理解することが先ず必要です。そのためには、アルメリアに行って確認してくることが一番です。日本と同じように零細農家を組織している農協が、日本とは反対に、世界一のGAP認証の取得国となったスペインの現地に行って、現場をつぶさに見て、関係者と直接話してみることだけで、これまでの誤解は解消されます。

  「世界のGAP先進地スペイン研修ツアー」を企画しましたところ、早々に定員となる20名のご参加をいただきました。

  アルメリア地域農業を支える行政、研究所と関連農協・企業、生産・出荷・販売の現場を視察し、それぞれのキーパーソンと意見交換をします。世界最先端の「代替農業技術」と「小規模農業経営管理」に学ぶ経営技術力アップの研修です。

トマト
・スペインは、国際規格のGAP認証農家の数が世界で一番多い国です。
・生産組合でも農協でも、GLOBALG.A.P.認証の取得率は100%です。
・「上位(持続可能な農業)のGAP」で差別化し、農産物の輸出額は大幅に増えています。
・農協や生産組合が取り組む農産物バリューチェーンで、生産者の利益が増えています。
・エルエヒド、ギソナなどは、行政支援の農業クラスターにより地域人口が大幅に増え、農業で成功しています。

 このツアーではGAPが地域農業振興の切り札であることを確認します。また、GAPは難しいと思っている日本の農業関係者の誤解を解きます。

 次号以降は、世界のGAP先進地スペイン研修ツアー(1月29日から2月6日まで)の調査報告を兼ねて、最新の情報をお届けします。

アルメリアの農業経営「マネジメントとコントロール」に学ぶ

農業マネジメントと農場コントロール

 欧州では、EU共通農業政策(CAP)の持続可能な農業の推進のための補助金支払い(グリーニング)の評価規準として「GAP規範」が考慮されています。また、スーパーマーケット・チェーンでは、農業法人や農協(Agricultural cooperative)などのサプライヤーに対してGLOBALG.A.P.、BRC、IFSなどの民間の食品安全基準認証を取得することを要求し、その要求事項は、世界の食品業界(GFSI)のグローバルな広がりとなっています。

  そのため、アルメリアの農業者が目指すGAP(Good agricultural practice、適正農業管理)は、「環境配慮要件」(Cross compliance)の補助金につながる法令遵守(Compliance)と、農産物販売の信頼確保につながる農場認証(Farm assurance)で支えられています。その意味でGAPとは、農業管理(Farm management)と農場統制(Quality control)の良好な実践のことです。

  農業管理と農場統制の良好な実践は、目指すべき農業経営そのものです。したがってアルメリアでは、農業経営体(農家、農業法人)でも農協(および出荷組合)でも、GAPは農業経営のトップ層が深く関与する重要なマネジメントの課題です。農業経営体および経営体を統括する農協などの全ての経営資源である「農地、農業者、施設、資金、情報」を管理するマネジメントの役割は、組織の目的を達成するために経営効果(利潤)を最適化することにあるのです。したがって農家は、儲かる農協に結集することになります。それが力となってアルメリアの農協は、農産物の取扱い量が拡大しているのです。

農協組織による農場の統括管理

 GAPの広義の概念である農業経営が、P・D・C・A(Plan・Do・Check・Action)サイクルで効果的にマネジメントされるためには、法令遵守はもちろんのこと、農場の統制の質として、規範や規準、目標、ルールなどと、農場の実践にズレが起こらないよう、ちょうど良い具合に制御・調節・統制をすることが必要です。つまり、狭義の概念では、GAPの実践は、統制の質を高めることです。アルメリアでは、アンダルシア州のGAP規範やGLOBALG.A.P.認証のIFA(チェックリスト)、自ら策定した農場内の様々なルールなどの要求事項に従うことが管理、統制の主な内容です。

  アルメリアの農業法人や農協などによるGAPへの取組みで特に重要なことは、形式的なチェックリストではなく、自分達の農場およびその経営で「予防原則」をとることです。即ち、

  1. 農場に潜むリスクを検討し最善の対策を決める。
  2. 起こり得る不適合をなくすための予防的措置を実施する。
  3. 発生したあらゆる不適合を分析して原因を究明する。
  4. 適切な再発防止のための取組みを行う、ことなどです。

 これらのP・D・C・Aサイクルは、農家で完結するものだけではなく、農業経営体を束ねて統括している農協が、傘下の経営体全体を含めた「農産物生産販売会社」としての全体の経営管理として実施されているのです。

営農指導と農場統制

農業のマネジメント農場のコントロール

  農協に所属する農業技術員(テクニコ)による各農場のリスク評価と営農指導に基づいて高レベルの統制(QMS)が行われている結果として、農協組織全体の農業経営管理サイクルが確実に回っていくのです。

  傘下の農家は、農協という農産物生産販売会社の製造ラインとして、組織目標に沿うべく規範、規則、手順に従って、それらから逸脱しないように、逸脱したら元に戻るように、農業者の行動・動作をコントロールして農業生産活動を行います。

  農業生産活動の情報は、必要なポイントで農協組織全体のP・D・C・Aに組み込まれ、個々の農家の活動に回復不可能な逸脱があれば、組織全体のチェック(C)で確認される仕組み(情報システム)になっています。農業技術員は、農家の統制の水準を確認し、その適正度を評価・判定します。その結果、例えば農産物品質に関わる不適合が確認されれば、選果場の荷受け口で、投入拒否などの適切な措置がとれるのです。

信頼確保のための第三者認証

 GLOBALG.A.P.などの国際規格のGAP認証の審査員でも基本的に同じことを要求しています。農業技術員による指導・評価や民間認証の検査・監査の基本は、「GAP規範」と当事者によるリスク評価に基づく農場統制の妥当性です。評価や監査の対象としては、農業経営方針として環境宣言や人権配慮、食品安全についての方針などがあるかどうか、それらを実現する管理システムが妥当かどうかなど、農業管理の状況にも言及します。具体的には、農場統制が適切に行われ、国際規格の農業管理が行われているか、つまり、世界的な要望事項である持続可能な農業経営を行う企業であることが証明できるかどうかが問われているということです。

 アルメリアの農協などの認証への取組みから学ぶことは、GAP認証制度は、健全な農業であることを消費者や取引先企業に説明するための手段だということです。

 日本が国際レベルのGAPを目指すためには、農業の質的レベルを国際標準にすることが重要であり、そうなれば、結果としてGLOBALG.A.P.認証が増えることになります。そもそもGAP認証は、グローバル化の申し子です。分かりきったことですが、原因と結果を取り違えてはいけません。日本のGAP認証制度が発展し、海外に進出することは大切なことではありません。日本の農業経営体をより強固なものにするために、農業組織の管理の内容と、農場コントロールの質的レベルを向上させて、消費者からの信頼を取り戻し、国内における日本農業の信頼度を高め、結果として日本農業の国際的な評価を上げることが重要なことなのです。

アルメリアの農業ICT_農産物ERPに学ぶ

GAPとICT

 日本ではGAP(適正農業管理)の普及と合わせて、農業ICT(情報通信技術)を活用した経営改善や生産性の向上が推奨されるためか「ICT導入でGAP農場認証が容易になる」と誤解されることがあるようです。そうではなく、ICTとGAPとの因果関係を言うならば「GAP農場認証でデータ処理量が増えたからICTで合理化・効率化した」ということでしょう。

  筆者はこれまで14年間に亘って多くの農業者のGAPや農場認証取得を支援してきましたが、GAP認証を取得したから個々の農業者のICTが欠かせないという実態は見ていません。GAP農場認証を取得したことで、より強くICTの必要性を感じることになるのは、農業者を組織化して統制し、マーケットに打って出る生産組合やJA営農部などの生産組織の事務局です。

GAP認証は販売者が取得する

 そもそもGAP農場認証は買手側が農産物を生産する販売者に対して要求するものです。取引する単位でGAP農場認証が確認できなければなりませんから、ここでいう販売者とは、「農産物の取引に当たってスーパーマーケットや卸業者などと銀行口座などで代金を決済する法律上の契約者」を指しています。

  GAP認証を取得すべきはJAなどの組織であり、販売者に出荷して委託販売する個々の農業者ではありません。日本では大規模農業で直接販売する農業者を除くと、その多くは生産組合やJA営農部などの生産組織または産地の集荷業者ということになります。ちなみにGLOBALG.A.P.認証では認証オプション2の主体者です。

GAPの信頼を選果場で統合化するICT

 販売者がGAP認証を取得した農場の農産物をマーケットに送り出すためには、組織の構成員である農業者の農業活動を把握し調整し統制しなければなりません。そのためには組織を構成するすべての農業者の農場の作業者、圃場、作物、施設、資材などをはじめ、農業計画から作付け、栽培、収穫、出荷に至るまでの必要な詳細情報を把握することも必要になります。

  それは出荷する個々の「農業者の情報化」と集荷し販売する「JA営農部の情報化」だけで達成されるものではありません。販売者であるJA営農部が生産部会員の農地、農家と農業生産及び農産物販売を統合化するシステムでなければなりません。

販売者が農業者を統合するERPシステム

 ERPとは、Enterprise Resource Planningの略であり、企業におけるヒト・モノ・カネの動きを管理しコンピューターを利用して情報を統合化し経営を支援するためのシステムです。グローバルなマーケットで農業ビジネスを成功させるためには、農産物を商品化して販売する企業が、農産物の生産段階から販売段階までの人材、農地、設備、資材、資金、情報を統合的に管理し、業務の効率化や経営の全体最適を目指すことが必要です。そのためには、JAを例に取れば、営農部門が生産部会全員の農場の作業者、農地、施設、資材および作物の作付・栽培・収穫情報のすべてを把握し、選果場の販売情報と関連付けた商品化や出荷計画およびコスト計算などを実行するコンピューターシステムがERPシステムです。

アルメリアの農業経営を支えるERPシステム

農業経営体の農産物バリューチェーン

 世界で一番GAP農場認証者が多いスペイン、中でもGGN(GLOBALG.A.P.番号)数が最も多いアルメリア県における農業分野のICT活用について調査しました。アルメリア県の農業ICTは、ベンダーのクラヴェ社とイスパテック社の2社でほとんどのユーザーをカバーしているようです。いずれも農地、農家と農業生産および農産物販売を統合化するERPシステムで、農協などの経営者とその従業員および組織の構成員である農業者と営農指導員をユーザーとして開発された組織横断的で農業として一貫したコンピューターシステムです。敢えて2社の相違点を探せば、クラヴェ社は農業生産法人、イスパテック社は農業協同組合での利用が多いということでした。

 アルメリア農業のICT活用は、これまで日本で活用されてきた農業者の農場管理ソフト、営農指導員の技術指導ソフト、選果場の業務管理ソフト、JAの販売管理ソフトなどを連携した単なる総合システムではありません。農業生産法人や農業協同組合が目指すビジネス目標である「農業者が加盟する当該組織の営農販売計画に基づいて、営農指導員の指示の基に、農産物を生産し、組織に出荷する。当該組織は農業者の農業管理を指導し統括するとともに、農業者の負託に応えて積極的な販売事業を展開する」というミッションを支援する組織横断的で農業ビジネスとして一貫した統合化システムです。

 日本農業ビジネスが今後目指すべき情報システムとして大いに参考になるアルメリアの農業ERPシステムについて次号以降で紹介します。

GAP普及ニュースNo.48~No.56 2016/3~2018/4