-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『日本が取組むGAPの意義』

田上隆一 ㈱AGIC(エイジック)

欧州小売業組合のGAP(EUREPGAP)と日本の生産者が行うGAPの大きな違い

1.審査基準としてのGAP

 GAP普及センターを運営する㈱AGIC(エイジック)では、現在使われているJGAP青果物版を2004年に作成しました。日本で最初にEUREPGAP(ユーレップギャップ)を取得した青森県の「片山りんご有限会社」の協力の下に、千葉県の「さかき小見川農場(和郷園所属)」を対象農場として、「日本の農業生産に相応しく、一般的な農場で実践が可能で、国際的に証明できる適正農業管理規準」としての日本版GAP(JGAP)を作りました。

  この時、モデルにしたGAP規準は、「EUREPGAP:欧州小売業組合の適正農業規範) 審査項目と合格基準 果実と野菜 2004年1月版」です。この規準文書の冒頭ではEUREPGAP規準がどういう性質のものかについて次のように説明しています。

  『この文書は、世界の先頭に立つ小売業者に受け入れられる農作物(果物や野菜など)を生産するために、生産者に必要な農作業のあり方と改善に不可欠な条件を列挙したものであり、生産者に対する適正農業規範(GAP)の枠組みである。しかし、個々の小売業者や一部の生産者の中には、ここに書かれた条件を超えた規範を持つところもある。したがって、この文書は、農作業の方法一つ一つに規範的な指針を定めるものではない。』

  また、『この文書は、生産者がEUREPGAPに認証されることを希望しているという前提の下で、生産者がEUREPGAP基準を満たしているかどうかを確認するために使われるべきものです(一般規定10.6を参照)。全ての内容は、EUREPGAPの一般規定に記された「認証の際の原則」にのっとっています』と、この文書の使用法を規定しています。

  このことから、『EUREPGAPは欧州小売業組合が生産者に要求するGAPであること、その規準文書の一つである「審査項目と合格基準」は、GAPの審査官が生産者を評価するためのチェックリストであること』が分かります。GAPの審査官は、このリストを基に、審査対象の農場が、ヨーロッパの小売業者に受け入れられる農作物を生産するために必要な農作業を実施しているかどうかについて、証拠を挙げて判定することになります。つまり、「審査項目と合格基準」は審査官のために書かれているのです。そのことを示すように、審査項目は、「審査対象農場は・・になっていますか?」となっており、合格基準は、「・・であることが証明できる。・・の文書がある。・・の記録がある。聞取りで確認できる。」などとなっています。

2.対立のGAPと調和のGAP

 規準文書は、ヨーロッパの個人主義や社会の基礎になっている思想・文化や商慣習などに基づいて書かれていますので、日本人にとっては違和感の多い内容と書き方になっています。規準文書の冒頭にありますように、「生産者がEUREPGAPに認証されることを希望しているという前提の下で」書かれてはいますが、その書き方と内容が問題です。

  EUREPGAPが生まれたドイツやイギリスは個人主義の国であり、社会構造が自立した固人対個人の中での民主主義ですから、何においても契約をベースにしています。思想の背景となっているキリスト教も、神と人との契約を記した聖書(テスタメント:契約)にあります。したがって、GAP規準は、農産物の取引きを前提とした小売業と生産者の一種の「契約」なのです。これをGAP規準では「GAPの商業利用」と表現しています。

  これに対して、日本の民主主義は、「対立」よりは「調和」を大切にする考え方であり、特に農村においては「和をもって尊しとなす」という精神で社会が成り立っています。ですから、「対立」する意思表示の「合意」である「契約」という法律行為は馴染みにくいのです。そのため、農産物を販売するために生産者やその農場が見も知らぬ人に審査されて評価を受けること自体に大いに反発がありますが、百歩譲って、「これからは農業もビジネスなんだ」と受け入れるとしても、実際の審査の内容は辛辣です。

  例えば、審査項目で「肥料の量と種類を判断する責任者は技術的能力があるか?」と尋ねていて、それに対して合格基準では「技術能力があることを、証拠を示して証明」しなければならないのです。農薬も同じです。また、収穫や調製などの過程で「衛生的な手順が実行されていますか?」と尋ねていて、それは、①衛生リスクの査定をし、②査定の結果に基づいて手順を作成し、③全ての作業者が学習していなければならないのです。そして①②③は、いずれも文書で証拠を示さなければならないのです。

  日本人は「証拠を示せ」という対立関係に慣れていません。農産物の取引きそのものも相手の事情を察しながらの「緩やかな約束」の下に行われるのが一般的ですから、いきなりGAPが取引条件として持ち出されでもしたら大問題になるかもしれません。まして、相手が流通業者であれ行政担当者であれ、「生産者個々の主体的な判断に基づいて自己管理し、適正農業管理を実施し、その内容を報告せよ」とでも言おうものなら、取引きは破綻し、GAPの普及も中止か完全な形骸化になりかねません。

  日本の生産者は、要求する側とそれに応える側とが「力の論理」で成り立つことを好みません。それより、関係する人間同士が同じ気持ちになって、あたかも家族の様な関係性の中で役割を分担し、一体となって目標に向かうことを好むようです。日本の企業が従業員と一体になって行うQC運動(品質向上運動)などにもその特徴がみられます。先駆けてJGAP認証を取得した生産者が、所属する生産組合の他のメンバーに親身になって指導している産地がGAPの先進地になっています。また、卸売業と言われる業態でも、取引きしている産地にGAPを強制するのではなく、産地の生産者一人一人の事情を考慮して辛抱強く説得し、具体的な支援をしながら一緒に推進している企業が、いち早く団体認証に近づいています。 

生産者のためのGAP

1.原則としてのGAP

 そもそもGAPの考え方は、農業が人工灌漑や品種改良とともに化学肥料や化学農薬が大量に使われるようになり、それによる健康被害や環境破壊などの近代農業のマイナス面が起こり始めたことにより始まった環境保全型農業に始まっています。GAPは、科学的なリスク管理により発生する危害を補正し、食品の安全性の確保と持続的農業生産システムを確立するために考え出された「適正農業管理のための規範」です。FAO(国連食糧農業機関)は、1991年に農業と環境会議を開催し、「持続可能な農業と農村開発」を提案し、各国から広い指示を受けました。現在では、「持続型農業」、「循環型農業」、「エコ農業」等のキーワードが現代農業のキーワードになり、今や世界各国の努力目標になっています。

  しかし、現実のGAPの普及は、ヨーロッパにおいて産業としての農業と商業との関係の中で推進されてきたため、ビジネスに連動した「契約」という姿をとらざるを得なかった訳です。

  日本の農業は、幸か不幸か契約主義に馴染まなかったことから、ヨーロッパの農業とは形態が異なっていますが、自給率が40%程度しかない日本農業は、安全・安心の確保について世界と別の土俵で勝負をするわけにはいきません。1兆円の農産物輸出を考えているものの、相変わらず圧倒的に大量の農産物を輸入せざるを得ない日本農業が、健康と環境の問題で世界の標準と認められる適正農業管理(GAP)のもとで行われなければならないことは、今や誰もが認めざるを得ないことと思われます。

2.日本で実施するGAP

 そこで、国際的に認知されている「適正農業規範」(Code of GAP)に基づき、JGAPが目指した日本版「適正農業規準」(GAP規準)は、①日本の農業生産に相応しく、②一般的な農場で管理でき、③国際的に証明できる適正農業管理の規準ですが、作成に当たった㈱AGICでは、それぞれについて必要な条件を次のように考えました。

  ① 「日本の農業生産に相応しい」:やるべきことが具体的になっていて、日本の零細な生産者が自分の範囲で実施できるGAPであること。 

  ② 「一般的な農場で管理できる」:団体の事務局が規則や手順を作って生産者を指導し、団体として取り組むことで、生産者の負担を減らすことができるGAPであること。

  ③ 「国際的に証明できる」:ヨーロッパと日本の農業を取り巻く環境・技術や、社会制度や文化の違いなどから来る要求事項の相違を、日本の土俵で解釈することでEUREPGAPの要求事項を全て満たすGAPであること。

  上記の①②③を全て実現するためには、EUREPGAPに書かれている全ての項目を、日本の農業・農村や生産者の事情に具体的に当てはめて、その意味を一つ一つ理解し、その上で日本の生産者に分かりやすい日本語で表現しました。その際に、言葉遣いは、第三者(審査員など)から審査される感じではなく、生産者が自分で確認するための資料であると感じるような書き方をしました。

日本農業のためのGAP

1.生産者の立場で理解できるGAP

 JGAPがモデルにしたEUREPGAPの審査項目は、次の順番になっています。

  「①トレーサビリティー、②記録の保存、③種苗と台木、④圃場の履歴と管理、⑤土壌と培土の管理、⑥肥料の取扱い、⑦潅漑水、⑧作物の保護(農薬の取扱い)、⑨収穫、⑩収穫後の取扱い、⑪廃棄物と公害・リサイクル、⑫労働者の健康・安全・福祉、⑬環境問題の対策、⑭苦情処理、⑮内部監査」

  いかにも買い手側の関心に基づいている感じです。「この商品はちゃんと農場まで辿れますか?その農場は管理が行き届いており記録で証明できますか?」の確認から始まっています。その後は青果物の栽培の順番にしたがって種子から農産物までの生産管理を確認した後、業務管理、労務管理、環境管理を確認し、最後に農場の管理システムを確認しています。

  契約概念を持ち合わせ、管理システムに基づいて農場を経営している生産者を前提にしていますので、①から⑮までの項目では、経営管理あるいは農場管理システムなどの枠組みが理解しにくいだろうと、JGAP第1版では、組織に関する項目を作り、役割分担をすること、経営理念として仕事の目標を作ること、および品質方針を掲げてそれを目標にして適正農業管理を行うことを、農場管理項目に加えましたが、それ以外はほとんどEUREPGAPの項目を踏襲しました。

  この段階では、まだ目指す日本版適正農業規準にはなっていません。日本農業が国際的に評価されるためには、GAP作成目標③の「国際的に証明できる」ことが絶対的条件ですから、事実上の国際標準となったEUREPGAPの要求事項を全て満たすことが中心でした。この状態でGAP作成目標①の「日本の農業生産に相応しい」かどうかの判断は分かれるところですが、「日本の生産者に分かりやすい表現」「第三者から審査される感じではなく、生産者が自分で確認するための資料と感じるような言葉遣い」により、「生産者のためのGAP」の意味は伝わりました。2005年、株式会社AGICで日本最初のGAP指導員となった山野豊氏が全国各地を訪問し、それぞれの農場で指導した結果、その多くが認証を取得することになったのです。それらの農場は異口同音に、「GAP規準には当たり前のことが書いてある」、「GAPは生産者として当然実施しなければならないこと」と話しています。その意味で、EUREPGAP規準が欧州小売業組合によって作られたものではあっても、農産物のサプライチェーン(流通経路全般)のスタートラインにたつ生産者が、その責任範囲内で実施すべき適正管理(Good Practice)として相応しい規準であることを日本の生産者が理解したのです。

2.団体で取り組むGAP

  GAP作成目標②の「一般的な農場で管理ができる」には至っていませんでした。EUREPGAP規準は一般的な農場で管理ができる要求事項ですが、それはヨーロッパのことであって、農場の経営規模や管理システムの内容は、零細農家が圧倒的に多い日本とは大きく異なっています。したがって、日本でいち早くGAPに取組んだ農場は、会社で取組んでいる農場や、個人であっても企業的な経営形態の農場でした。「労働者の健康・安全・福祉」、「環境問題の対策」、「苦情処理の対策」、「内部監査の実施」などについては、明確な規則が無いか必要性は感じるが要求されていないなどの理由から取組んでいないことが多かったのですが、「GAPは生産者として当然実施しなければならないこと」として認識を新たにしたのです。

  しかし、これらの管理項目を「日本の生産者に分かりやすい表現」に変えたところで、家族数名だけで経営する日本の一般的な農場では、その必要性が無いか必要性はあっても対応が出来ないことが多いのです。現実には、そういった生産者を組織化して生産部会や出荷組合などを構成している農協やその他任意の組合などが、それらの課題に対応しています。自立した経営体であれば単独で行う業務を、部会や組合を通して共同で行うわけですから、GAP規準は、その共同の業務の部分にも関わることになります。したがって、日本の「一般的な農場で管理ができる」GAPにするためには、「団体の事務局が規則や手順を作って生産者に指導し、団体として取り組むことで、生産者の負担を減らすことができるGAP」にしなければならないのです。

生産者が管理するポイント

1.関連する項目を一括管理

 JGAPは、第2版で審査項目を適正農業管理の目標ごとにA、B、C、Dで括って単純な章立てにしました。

  「A.農産物の安全、①農薬、②肥料、③土壌の安全、④水の安全、⑤種苗の安全、⑥収穫、⑦農産物の取扱い施設」、「B.環境への配慮、⑧水の保全、⑨土壌の保全、⑩周辺地への配慮、⑪ごみの削減とリサイクル、⑫エネルギーの節約、⑬野生動植物の保護」、「C.生産者の安全と福祉、⑭作業者の安全、⑮従業員の福祉」、「D.⑯記録の管理、⑰自己監査、⑱販売管理とトレーサビリティ」

  EUREPGAPの規準が、「販売業者が、購入した商品から農場へと遡って、農場の記録を元にその農場が適正な管理をしていたかどうかを確認するという視点」であるとすれば、JGAPの規準は、「生産者が、消費者に信頼される適正農業管理を行うために、どの課題についてどの様な点に気をつけたら良いのかを確認する視点」であるといえます。少なくともそのようなつもりでJGAP第2版を作成しました。

  EUREPGAP規準とJGAP規準で、形式的に最も異なるのは、EUREPGAPでは個別に確認している審査項目を、JGAP規準では関連する審査項目を一つにまとめて合格基準にしていることです。

パッド

  例えばEUREPGAP規準では、農薬の使用記録に関する「必須項目」として、①作物名と品種名が記録されているか、②散布場所が記録されているか、③散布日が記録されているか、④農薬の商標名と有効成分が記録されているか、⑤最初の収穫可能日が記録されているか、などがある。また、「重要項目」として、①農薬を散布した作業者名が識別されているか、②散布の正当性を示す根拠が記録されているか、③散布の専門的な認可が記録されているか、④散布した農薬の量が記録されているか、⑤使用した散布機械が記録されているか、などで、合計10項目あります。

  これに対してJGAPでは、管理項目として「農薬散布を適切に記録していますか」という1項目にして、それに対応する適合基準で「農薬散布について下記の項目を記録している」として、①対象作物と品種、②散布場所(圃場の名称)、③散布日、④農薬の商標名と有効成分、⑤散布量(加えた水の量と投薬量)、⑥作業者名、⑦農薬散布の根拠となった病害虫や雑草、⑧散布機と散布方法、⑨使用時期(収穫前日数など)」とまとめています。

散布

  この形式は、農薬の保管に関しても同じで、EUREPGAP規準が8項目であるのに対してJGAP規準は1項目です。農薬の空容器の取扱いに関しても同じであり、EUREPGAP規準が9項目であるのに対して、JGAP規準は2項目です。その他、肥料などの保管や取扱い、農産物の取扱い、衛生管理や環境保全対策など、その他全てに関して同様ですから、生産者にとっての管理項目数は、EUREPGAP規準に比べてJGAP規準は少なくなりました。

2.対象項目ごとの一括管理

  また、EUREPGAP規準では、農産物管理の段階ごとにリスク管理を確認していますので、作物に使用する農薬は作物の生育段階で、ポストハーベスト農薬(収穫後に使用する農薬)は収穫後の農産物取扱いの段階で確認をしています。作物の農薬もポストハーベスト農薬も確認する内容は同じです。①農薬の選択、②農薬の使用記録、③農薬の保管と取扱いなど、全く同じ内容についてそれぞれの段階で確認しています。

農薬

  第三者が農場のリスク管理が適正かどうかをチェックするためには、作業のプロセスごとの確認が必要ですから、同じ管理内容の項目でも当然各段階で実施することが必要です。その点JGAPは、GAPを実施する生産者が効果的に管理し易いように、管理の対象であるリスクごとに取りまとめました。その結果、JGAP基準では「農薬ポストハーベスト農薬」のリスク管理として、共通の管理項目を一つにしたため、管理項目数はEUREPGAP規準に比べて圧倒的に少なくなっています。

  GAPの作成目標③の「一般的な農場で管理ができる」GAPにするためには、生産者が第三者の審査を受けることに重点をおいた受身の姿勢ではなく、GAP規準を農場管理の主体的課題として捉えることができるGAPにすることが必要です。そのためにJGAP規準は、農業生産工程の順に課題のポイントを指摘するのではなく、生産者が自らの意思と自らの方法でリスク管理に取り組むことを期待して管理項目の順序を決めています。その意味でJGAPは、適正農業管理のために必要なポイントをしっかり押さえて、生産者の事務的な負担を減らしているといえます。

  ただし、JGAP規準の形式は、審査する視点からみればEUREPGAPよりも厳しい条件になっています。例えば、EUREPGAP規準では「農薬の使用記録」の審査項目が10個、5個は必須項目で、残りの5個は重要項目です。審査の判定基準は、必須項目は100%、重要項目は95%が適合してはじめて合格ですから、生産者は「農薬の使用記録」についての要求項目が完璧でなくても、重要項目の不適合率が5%未満なら問題はありません。ところがJGAPでは、「農薬の使用記録」の管理項目が1つで、しかも必須項目ですから、その適合基準に規定した9個の条件のうち一つでも不適合になれば、必須要件の不適合になり、審査は不合格になるのです。

GAPの正しい理解と日本のGAPのために

1.農業政策から商用利用となったGAP

 日本の生産現場で初めてGAPが意識されたのは、青森県弘前市の片山りんご有限会社が、2002年に販売先のEWT社(イギリスの果実卸)から、EUREPGAPの認証を取得するように言われてからでした。取引き開始当初、EWT社は、自社の審査規準「SCP(Supplier Code of Practice 100)」による二者認証を行っていましたが、2005年1月1日までに、第三者認証のEUREPGAPにしなければ取引きできないと言ってきたのです。2001年に第一号の認証農場が誕生したばかりのEUREPGAP認証制度(IFA:Integrated Farm Assuranceと言う)が、わずか4年程度の期間にEU内の農業者はもとより、EUに農産物を輸出するEU外の農業者にもGAP認証を求めるほどGAPが普及した背景には、EUの共通農業政策の存在があります。

  欧州におけるGAP普及の経過を簡単にまとめてみますと、①GAPはEU共通農業政策(CAP:Common Agricultural Policy)の一環である「環境保全対策」としてヨーロッパ農業に定着した、②EUの法令遵守として定着したGAPをもとに、EUの小売業団体(EUREP)が農産物の取引き規準としてEUREPGAPを作った、③EUの農業では「GAPはやって当たり前」になったため、EUREPに加盟するスーパーマーケットは、輸入農産物にもEUREPGAPを要求するようになり、事実上の国際標準になった、ということです。

2.農業者が守るべき最低限のマナーとしてのGAP

カエル

 EUの共通農業政策(CAP)は、農業の所得補償政策と農業の構造政策からなっており、農業生産者の適切な生活水準の維持、消費者への適正価格・良質食品の提供、農業(文化的な遺産)の保護などを目的としていますが、社会の変化に合わせて、近年は、食品安全や環境保護、採算性、国土保全などが重視されるようになってきました。欧州農業はCAPによる手厚い保護のもとで、必然的に生産の拡大と経営の集約化が進んできたため、その結果、さまざまな形で資源や環境の問題を起こしました。生産の集約化がこのまま続けば、水質汚染や土壌劣化などの環境問題がさらに大きくなると考え、「環境保全」に関して「農業者が守るべき最低限のマナー」を実施すれば、奨励金を農業者に「直接支払う」というCAPの大改革が行われたのです。

3.GAPは法令遵守

 1991年に制定されたEU硝酸指令(91/676)や農薬に関するEU植物保護指令(91/414)などは、「環境保全のために農業者が守るべき最低限のマナー」として、違反者には厳しい罰則が付いた法律として各国が制定しています。ドイツでは、「肥料条例」の中にEU硝酸指令(676/91)の内容が規定されています。例えば、①厩肥からの窒素肥料散布の上限(170kg/ha)や散布禁止期間(11月15日から1月15日)、②肥料散布機が肥料を均等に散布できている証明、③施肥肥料が地表水に流れ込まない距離、④圃場ごとの必要施肥量の測定などが決められています。また、「土壌保全法」には、⑤土壌構造の維持・改善、⑥土壌の硬度化防止、⑦土壌の流出防止、⑧輪作による土壌中の生物の維持、⑨耕地集約度を下げて腐植土を保つなどが規定され、違反者には罰金が課せられます。

  農薬に関するEU植物保護指令(91/414)については、「植物保護法」により植物保護剤として以下のように定められています。植物保護剤は、①科学的に保証されていること、②実践で適合性と必要性が認められていること、③公的な助言者がいること、④専門知識のある者が認める植物保護方法を用いていること、⑤植物保護剤の使用法は、立地、作物の条件に応じていること、⑥植物保護剤の使用は必要量とすること、⑦可能な限り化学農薬を使用しないこと、⑧害虫は撲滅しないこと、⑨公的または専門家の助言を受けることなどが規定され、違反者には植物保護法による罰則規定があります。

4.法令遵守のGAPと奨励(補助金)のGAP

 農業者が守るべき最低限のマナーとしてのGAPを実践している農業者に様々な支援策を講じていく制度を、EUではクロス・コンプライアンスといっています。

野菜

  2000年以降は、EU加盟国の農業環境政策は、「欧州営農指導・補償基金(EAGGF)による助成規則(1257/99)」によって実施され、「直接支払に関する共通規則(1259/99)」としてGAPの実施が義務付けられています。これは画期的なことです。EU加盟国の判断で、農業者に対する直接支払いの条件として、GAP規範(Code of Good Agricultural Practice)の内容を規定できることになったのです。具体的には、「EU共通のGAP規準」(農業者が守るべき最低限のマナー)より高いレベルのGAPとして各加盟国が独自に制定した活動(環境や景観に対する明らかな便益)を農業生産者が実施することで、公的な助成金が受けられるようにしたのです。

  こうして、EUの農業では「GAPはやって当たり前」になったため、欧州小売業組合(EUREP)の農産物の取引き条件としてGAP認証は急激に普及していきました。

5.GAPの教育と支援体制

 EUは、GAPの実践を強化するために、加盟国による適正農業管理の助言システム「農業技術員制度」を設置しています。農業者は、生産過程で「EU共通のGAP規準」と、加盟各国が規定する「より高いレベルのGAP規準」の具体的な指導を農業技術員から受けることができます。農業者は、農業技術員の指導に従って「食品安全」、「環境保全」、「動物福祉」、「作業者安全」を実践します。この農業技術員制度は、農業者に対する農業技術の情報サービスを提供するとともに、GAP規準の遵守を確認するための検査制度としての役割も果しています。

6.日本に相応しいGAPとは

 このように、世界のGAP規準は、環境保全のために「農業者が守るべき最低限のマナー」と「環境や景観に対する明らかな便益」を基本に、「食品の安全性確保」や「作業者の安全と福祉」などを目的として構成され、運営されています。日本の様々なGAP規準は、これをモデルにして作られてはいますが、そのほとんどが「食品の安全性確保」に重点をおいています。そのために、HACCPに似た「食品安全のための工程管理」という視点に偏向しており、本来の目的である「農業の環境負荷を無くすとともに、積極的な自然循環機能の保全に努めて、持続型農業生産システムを構築する」ことに対する認識が低く、偏ったGAPになっている恐れがあります。

農家

  「GAPの正しい理解」とともに、「GAPの正確な理解」に努めれば、GAPは「適切な農業生産の在り方についての基本的な考え方」であること、その適切さは「法令や科学によって証明されるもの」であること、「時代に求められる農業」であることなどが分かります。したがって、EUの法令(規則と指令)に基づいたGAP規準を、日本の農業に相応しい規準に置き換えるためには、日本の法令の充実を図るとともに、法令を反映させたGAP規準にすることであり、農業を総合的に捉えて、日本農業の永続性を考えたGAP規範を構築することが必要です。これは行政の役割です。

注 *EU規則は、加盟各国の国内法に優先して政府や企業の行動を直接規制します。 *EU指令は、期限内に指令の目的を実現する法律として加盟各国が制定します。

GAPの正しい理解と、日本農業のための法規制とGAP規範作りが必要

  前回(本連載の第5回)は、EUの法令(規則と指令)に基づいたGAP規準(JGAPなど)を、日本の農業に相応しい規準に置き換えるためには、日本の農業を総合的に捉えて、関連する法令・規則の充実を図るとともに、それらを反映させたGAP規準にすることであり、「行政は、日本農業の永続性を考えた『GAP規範(Code of GAP)』を構築することが必要です」と述べました。

  JGAP規準が模範としているGLOBALGAP基準では、最初に出版されたEUREPGAP規準文書の前書きで、「EUREP(欧州小売業団体)のメンバーは、すでに多くの生産者、生産者団体、生産者組織、地方・政府組織によって開発・改良され、環境に対する悪影響を最小化することを狙った農業システムの絶大な進展を認めている」と述べています。

  欧州では、1991年の「硝酸指令」など関連法令が制定されて以降の約10年の間に、環境負荷を低減するためのGAP(適正農業管理)が定着していました。これらの政策的なGAP規範の詳細規定は国によって若干の相違があったので、EU圏域で自由な経済活動を行うEUREPのメンバーは、EU加盟各国のGAP規範のうちの共通項目を集めて、EU全体で使用できる商業的なGAP規準(取引基準)としてEUREPGAP規準を作成したのです。

  規準文書の前書きには次のように書かれています。「EUREPGAP規準は、EUREPのメンバーである小売業者が許容できる仕入基準の最低限度を明らかにしたものである」と。つまり、EUにおける適正農業の最低基準としてEUREPGAP規準を作成したということです。 

小屋

  ちなみに、EUREPGAP規準文書(ver_Sept._2001_Rev.02)で規定しているのは、次の15項目です。

  1. 追跡可能性(トレーサビリティ)
  2. 記録の保存
  3. 様々な品種と根菜類
  4. 耕作地の履歴と管理
  5. 土壌と基質の管理
  6. 肥料の取扱い方
  7. 潅漑
  8. 作物保護(病害虫防除)
  9. 収穫
  10. 収穫後の処理
  11. 廃棄物と公害、資源リサイクル、再利用
  12. 労働者の健康・安全・福祉
  13. 環境対策
  14. 法令順守の書類
  15. 内部監査

  管理項目の1.2.3.および15.は、農産物の商品を確認するための仕入条件として規定されたもので、それ以外の項目4.から14.は、環境負荷を低減するためのGAP(適正農業管理)としてEUの農業者に定着していた共通項目が中心です。

  この時点(2000年頃)で、EU加盟国の間にGAPのレベルに差がありました。農業による環境汚染をゼロにするか、極力減らすこと(環境負荷低減)が目標のところと、さらに進んで地球の循環機能への便益をもたらす積極的な取組み(生物多様性の助長)を目標とするところの違いです。

  この点への対応に関して、EUREPGAP規準文書の前書きには、「EUREPGAP規準はEU内の最低基準なので、個々の小売業者の中にはこれ以上の基準を求める会社もある」と書かれています。実際に、EUREPの中心メンバーでもあるイギリスのスーパーマーケットであるTESCO(テスコ)では、NATURE'S CHOICE(ネイチャーズ・チョイス)UK Code of Practice(イギリス管理規範)に基づく農業実施基準によって農産物商品の自社ブランドを構成しています。そして、ネイチャーズ・チョイス規準の前書きには、「テスコに供給された農産物の生産者は、環境保護、環境便益、健康の保護、自然や他の素材・化学物質を用いた素材の効率的な使用を実行する責任を果たしていることを保証する」と書かれています。ちなみに、ネイチャーズ・チョイス(July 2001 - Issue 1/Rev. 6)で規定している管理項目は、以下の通りです。

  1. 農薬の効率的な利用
  2. 肥料の効率的な利用
  3. 環境汚染の防止
  4. 人間の健康の保護
  5. エネルギー、水、その他の自然資源の効率的な利用
  6. 資源のリサイクルと再利用
  7. 野生生物、自然景観の保護と充実

  管理項目の1から7の全てが環境を守るためのGAP規準であり、「ネイチャーズ・チョイスは、農産物や観葉植物の栽培、箱詰め、出荷までの間にある重要な問題点を明らかにし、これに対処することで、環境への影響を最小限にすることを目的としています」と言っています。その内容は、イギリス政府の「環境・食料・地方省」(DEFRA)が発行しているGAP規範(Code of Good Agricultural Practice)の環境に対する遵守規則を踏襲しており、ネイチャーズ・チョイス規準の一般規則で、化学肥料や堆肥の使用は「農水産食料省ウェールズ局のGAP規範、スコットランドにおいてはスコットランド環境保護局のGAP規範に従うこと、と具体的に記述しています。以上(連載5と6)から分かることは、

野菜

  ⇒欧州では、1990年代の初めから、EU(欧州連合)や国の指導のもとに、農業者や農業者団体がGAP(適正農場管理)を実施し、2000年頃にはEU内にGAPの普及が行き届いた。

  ⇒GAPの目的は「農業由来の環境汚染を無くすとともに、自然循環機能の保全に努めることであり、持続型農業生産システムを構築し、安全な農産物を安定的に供給すること」である。

  ⇒GAPは、人類にとって農業が守るべき使命であり、農業者には適正管理(Good Practice)が義務付けられ、それに必要な経費は納税者が負担するという国民的なコンセンサスが得られている。

  ⇒現代農業に求められる適正管理は、①環境負荷低減、②持続的農業、③環境便益であり、それらの目標は農業が進むべき道の延長線上にある。

  ⇒EUREPという小売業団体は、「EUの農業者が守るべき最低限のマナー」に違反している農業者からは「農産物を購入しない」という基本的な考えとその基準を作った。

  ⇒そのために、EU内の最低基準としてのEUREPGAP規準を作り、EU外からの輸入農産物にも義務付けている。EU内の農業者の多くは、GAPより高いレベルのGAP規準+αで取引している。

  日本のGAPがモデルにしているGLOBALGAPは、「農業による環境負荷の低減および積極的な自然循環機能の保全に努め、持続的な農業生産システムを作ることと、食品の安全衛生と労働安全および動物福祉を図り、健全な農業となること」を目的としています。日本の流通業界が、世界的水準のGAP規準(商業GAP)を目指すのであれば、「食品安全に偏った日本のGAP」の概念を改め、世界のGAPについての正しい理解のもと、「政治は、日本の農業を総合的に捉えて、関連する法令の充実を図る」とともに、「行政は、日本農業の永続性を考えた『GAP規範』を構築する」ことが必要不可欠です。

GAP普及ニュースNo.2~No.8 2008/9~2009/7