-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『日本適正農業規範(GAP規範)の簡単な紹介』

GAP規範委員会

はじめに

  GAPの普及には日本政府も大きな力を入れていますが、GAPの推進で最も重要な「どのような農業が適正なのか」を示す『GAP規範』が日本ではまだ作成されていません。EU域内で代表的な「イングランド適正農業規範」は、その考え方は参考になりますが、規範の内容をそのまま日本農業に適用するわけにはいきません。

  イングランドは日本より高緯度で冷涼半乾燥の気候であり、牧草地や小麦栽培の畑作地帯が多い。イングランドより緯度が低く温帯モンスーンの湿潤地帯に位置し、水田稲作や施設園芸などを中心とする日本農業とは農業の形態や習慣などが大きく異なります。また、「イングランドGAP規範」は、西洋の思想・文化や農業の慣習等に基づいて書かれていますので、日本には馴染みのない考え方や制度がその背景にあります。その一つは、「スチュワードシップ(stewardship)」という考え方です。キリスト教には、「人間は、神が創造した自然や地球そのもののスチュワード(リーダー)であるべきだ」という考え方が根底にあります。そのため、「人間は、神から『地球をきちんと守る』責務を与えられている」ということから、「人間=守る者」、「自然=人によって守られるもの」という概念に基づいて「適正農業規範」が書かれています。

  これに対して日本では、日本人あるいは東洋人が持っている「人間は自然の一部であり、自然に感謝しながら共生し、恵みを享受している」という、どちらかというと「自然と一体である」という文化的・思想的な背景があります。したがって、「人間活動と自然環境との調和」に対する考え方に大きな相違が見られます。

イングランドと日本の農業環境の違い
項目 イングランド 日 本
気候 冷涼半乾燥気候M 温帯モンスーン気候
地形 石灰岩質の低い丘陵地 火山性の急峻な山岳地形
背景となる思想 スチュワードシップ 自然との共生
農地 国土の72.4%(UK) 国土の12.3%
経営規模
(農用地面積/農業人口)
18ヘクタール 1.3ヘクタール
農業形態 牧畜と小麦などの畑作 水田稲作、施設園芸
その他 田園景観の維持に価値 食の安全・安心に関心

 「GAP規範」は、農業の実態に関連する法律・規則、社会慣習などによって規定されるものであり、日本には日本農業のあるべき姿を示す「GAP規範」が必要ですが、今はこの規範がない状態で、評価(規範に従っているか否か)する「物差し」(GAP規準)だけがある状態が続いているのです。

  GLOBALGAPを基に作っているJGAPは、農産物を欧州に輸出する目的には良いでしょうが、日本国内で生産し日本で販売する場合には、日本の法規制や環境に合った「GAP規範」が必要であり、それに基づく「GAP規準」が必要になります。

  次に示す図は、欧州と日本の農業、関係法令、社会制度、景観保全等の現状を比較したものです。日本には適正農業を示すGAP規範がまだないため、欧州の物差しであるGAP規準のGLOBALGAPを参考にしながらJGAPを初めとする様々なGAP規準が作られています。日本の農業は、先に述べましたように欧州とはかなり異なっていますので、日本の適正農業を背景にした日本のGAP規準の普及が必要になります。

図1

  今回のGAPシンポジウムで提案しましたGAP規範は、日本の農業、関係法令、社会制度などを背景にし、日本のあるべき農業の形を示した日本適正農業規範です。

  今回、提案しました「日本GAP規範(未定稿)」の構成は、全10章からなっており、第1章から第3章は、全ての農場に関連する農地の土壌・養分管理、水管理、各種の管理計画の作成について記述しており、後段に書かれている実践的手法を理解するのに役立ちます。第4章から第7章は、農場や施設で行われる作業に基づいて、各章のテーマごとに基本的な情報について記述しています。第8章は廃棄物の取扱いについて、第9章は農産物の安全性について、第10章は農業者の労働安全の確保について記述しています。

序章

序章1節 GAP規範の利用と効果

GAP規範とは
 この規範は、生産性を重視するあまり、周辺環境に配慮を欠いた農業のあり方を反省し、農業の持続性と人の健康を持続するための適切な農業管理のあり方について、その基本的な考え方と農業のあるべき姿をまとめたものです。
利用と効果
 既に環境保全などに配慮した適正な農業を実施している農業者も多いと思われますが、GAP規範の内容を良く検討することで、多くの場合、何らかの改善が期待でき、農業のあるべき姿に近づくことができます。

序章2節 農場でのリスク認識と検討

(その1)リスクの存在の認識
  • GAPの基本は、農業者自らが、「良好な環境の保全」「農産物の安全」「作業者の安全」をおびやかすかもしれない危険性(リスク)を、農業者自身が、自分の農場での活動にあてはめて認識し、リスクをなくすあるいはリスクができるだけ小さくなるよう改善することです。
  • これまで何の疑問も持たずに行ってきた生産管理の中で、どこにどの様なリスクが存在しているかを見つけ出すことが最も重要なことです。
  • この規範は、これまで見逃していたリスクを見つけ出すのに役立つ約400の項目を示しています。
(その2)リスクの検討と改善
主なリスク要因
環境保全の面では、肥料成分の流亡による河川・湖沼等の富栄養化や地下水の硝酸塩
汚染農産物の安全性の面では、農薬や重金属、病原微生物等による農産物の汚染
作業者の労働安全の面では、安全への配慮を欠いた農作業による人身事故
リスクのルール化
 「どこに問題があるのか」、「何が問題なのか」、「なぜそれが問題なのか」などについて意見交換することでリスクの存在を明確にし、そのリスクを排除するか減少させる方法を考えルール化することが重要です
改善
 実践した結果から、さらに改善点を見つけ出し、リスクをより少なくする努力をする(PDCAサイクル)。

序章3節 環境汚染の発生源とその影響

(その1) 点汚染源と面汚染源
点汚染源
 環境汚染の原因物質が、燃油タンク、家畜糞尿の貯蔵施設、肥料の貯蔵施設、農薬の貯蔵施設などの特定の施設から漏れたり、流れ出たりする場合は、「点汚染源」あるいは「特定汚染源」と言い、汚染源を特定して対処することができます。
面汚染源
 農地に施用された肥料や植物体に散布された化学農薬などが地域全体の汚染の原因物質となる場合は、汚染源が広範囲に亘るため、「面汚染源」あるいは「拡散汚染源」と言われます。面汚染源の環境汚染の対策は、汚染源を特定しにくいため、対象地域内の小規模な農家も含め、全ての農家による取組みが必要となります。
(その2) 水質汚染
   水質汚染の主な要因
  • 施用した肥料からの窒素分、リン酸分の河川への流出
  • 家畜糞尿由来の有機物の河川への流出
  • 硝酸塩による地下水汚染
  • 除草剤、殺虫剤、殺菌剤などの化学農薬や燃料油、動物医薬といった潜在的水質汚濁物質の流出
(その3) 大気汚染
   大気汚染の主な要因
  • 施設園芸における暖房や、農業機械のエンジンからの二酸化炭素(CO )放出
  • 化学肥料の製造でも二酸化炭素が発生
  • 還元的水田土壌や羊や牛などの反すう動物からのげっぷによるメタンガス(CH )の発生
  • 土壌中の窒素成分の酸化還元の過程で発生する亜酸化窒素(NO
  • その他、悪臭源としてのアンモニア(NH )
(その4) 土壌流亡と土壌汚染
   土壌流亡と土壌汚染の主な要因
  • 土壌浸食による土壌流亡
  • カドミウム、銅、ヒ素などの重金属による土壌汚染
  • 過去に使用された残留性有機汚染物質(POPs)による土壌汚染
  • 燃油流出などによる突発的汚染

序章4節 広範な環境保全とGAP普及

(その1) 農業の多面的機能
  • 国内の農業生産は、将来にわたる日本の食の安定を支えている。
  • 水田は、水を制御・保持し、洪水等の自然災害から暮らしを守っている。
  • 豊かで安全な日本の国土は、田畑の不断の耕作によって築かれている。
  • 日本の水田を中心とする土地利用が、豊かな水資源を育んでいる。
  • 農業・農村は、地域の環境を保全し、地球環境への負荷を軽減している。
  • 農村には、日本の美しい原風景や豊かな生態系を育む自然がある。
  • 農村の豊かな自然と穏やかな空気は、訪れる人に潤いと安らぎを与えている。
  • 農村は、地域の歴史や文化を伝える行事や伝統芸能などを保存・継承している。
(その2) 国の法律、政策、県の条例
「食料・農業・農村基本法」
  農業の自然循環機能が維持増進されることにより、その持続的な発展が図られなければなりません。
滋賀県の環境農業直接支払い制度
  「世代をつなぐ農村まるごと保全向上対策」と名付けて、「環境こだわり農業」を一層拡大します。
茨城県の環境保全対策
  2008年度から5年間、「森林湖沼環境税」を導入し、この財源を活用して、森林の保全・整備や、生活排水・家畜排泄物への対策などによる霞ヶ浦をはじめとする湖沼・河川等の水質保全対策を行っています。

序章5節 農場経営主、従業員、受託作業者の心構え

農場経営主と全ての従業員、受託作業者は、自分の責任を認識し、環境を汚染する可能性とその影響について理解している必要があります。

  • 実施すべき仕事について、適切な作業ができること
  • 使用する機械、装置の操作と管理方法を知っていること
  • 緊急のときの対処法を知っていること
  • 優良農地の有効利用の促進
  • 家族経営協定

序章6節 緊急時対応計画の準備と周知

緊急時対応マニュアル
   燃油や農薬、肥料などの流出あるいは農作業事故といった考えられる緊急事態に対して、被害が拡大しないように緊急時対応マニュアルを作成し、日頃から準備しておくことが重要です。
マニュアルの内容
   1.緊急連絡先リスト、2.配置図、3.機材等の位置、4.定期的な点検
マニュアルの更新と周知、訓練が重要です。

第2章 土壌肥沃度と作物養分管理

第2章1節 養分供給の適正量

養分供給量

 必要以上の過剰な養分供給は、土壌中の養分バランスを悪化させ、作物の生産性を落とすだけでなく、河川・湖沼や地下水の環境汚染につながるリスクを著しく高める。このため、目的とする作物生育量を確保するために必要となる養分量の範囲内では、必要最少量を供給することが重要です。

  土づくりによる土壌改良 土壌肥沃度を維持するには、有機物の鋤込みなどによる土作りにより、土壌環境が整えられていることが重要です。

第2章2節 土壌肥沃度の維持

  土壌 pH の改善  雨の多い日本では酸性になりやすいため、石灰などで適正な範囲に調整 土壌有機物の維持  土壌中の有機物は腐植ともいわれ、養分の保持力を高める、養分が穏やかに供給される、土壌の団粒化を促進し土壌構造を改善する、pHの急激な変化を緩和する等の効果がある。

  土壌養分の管理  作物の生産性を維持するには、必要量とする養分が土壌から供給されることが重要。そのためには、土壌分析により土壌の養分状態を把握し、窒素分、リン酸分あるいは塩基類の過剰蓄積やアンバランスな状態にならないようにする。

第2章3節 窒素管理の基本

図3

  (その1) 窒素の形態変化 窒素の一般的形態変化 有機物 → 蛋白質 → アミノ酸 → アンモニア態窒素 → 亜硝酸態窒素 → 硝酸態窒素  施用された有機物やもともと土壌中に含まれていた有機物中の窒素成分は、微生物の分解を受け、水田のように酸素不足の嫌気的条件においては、有機態窒素の無機化はアンモニア態窒素の生成で終了。一方、畑のように好気的条件では、無機態の窒素であるアンモニア態窒素を一旦生成した後、最終的に硝酸態窒素まで変化する。

(その2) 地下水の硝酸塩濃度

 前回(第3回)までは「日本適正農業規範」の暫定版に基づいた紹介でしたが、5月10日に「日本GAP規範」Ver. 1.0が発刊されましたので、今回からこの新しいGAP規範に沿って内容を紹介させていただきます。

  昨年10月のGAPシンポジウム(平成22年10月19~20日、東京大学弥生講堂)で発表された「日本適正農業規範(未定稿)」(旧)と、この5月に刊行されました「日本GAP規範」 Ver.1.0(新)との大きな違いは以下の通りです。

図4 環境基準超過井戸が存在する市区町村図(硝酸性窒素および亜硝酸性窒素)
  1. 未定稿(旧)では414あった項目を、その重要性などを吟味し、300項目に絞りました。しかし、最後の段階で発生した東電の福島原発の事故を受け、放射性物質に対する1項目を追加し、最終的には301項目となりました。
  2. 未定稿の序章の総論を新しく第1章とし、適正な農業を実施するために必要なリスク認識から始め、現場におけるリスクを検討し、リスクを減らすことが重要であることを強調しました。
  3. 未定稿の第3章の「管理計画」を章として独立させず、記述されていた項目は、関係する章に取り込みました。
  4. 未定稿の第7章の特殊な作物の栽培管理では、施設栽培、掛け流し栽培、蓮田栽培、きのこ栽培、植物工場を扱っていましたが、これも章として独立させず、記述されていた項目は、関係する章に取り込みました。
  5. 未定稿の発表以来、20名近い執筆協力者からの意見や、今年の1月25日から1ヵ月間にわたって募集したパブリックコメントの意見(日本生産者GAP協会のHP参照)などを検討し、内容を吟味して修正しました。
  6. 未定稿の発表以来このような検討を加えて、今回の「日本GAP規範」Ver. 1.0として出版致しました。日本GAP規範のタイトルに「Ver. 1.0」とあるように、これからも必要に応じて深化させていくことを示唆しています。

  今回の「日本GAP規範」の内容については、これまでリスク管理や土壌肥沃度、窒素管理について紹介してありますので、新バージョンに基づく水田土壌の特徴と管理(第2章4節)から紹介します。

第2章4節 水田土壌の特徴と管理

検査

  水田土壌の特徴は、湛水することによって酸素の供給が断たれ、還元状態になっていることです。このため、窒素成分がアンモニア態窒素として土壌に吸着されるため、硝酸塩による環境負荷は畑地ほど顕著ではありません。また、有機物が湛水された還元的な土壌条件の中では、多く土壌中に蓄積し、畑土壌に比べて有機物やそれに含まれる窒素成分の蓄積量が多くなる傾向にあります。

  第2章4節では、「施肥窒素の利用効率向上」、「土壌中有機物からの窒素発現」、「有機物のすき込みと腐熟」、「潅漑水からの養分供給」、「肥料成分流出の抑制」について記述されています。

  特に、湖沼の富栄養化の原因となる窒素成分やリン酸成分などの河川や湖沼などへの排出については、農業面からは、代かきに続く田植え前の強制落水や畦畔からの漏水、大雨による田面水の溢水に伴う濁水に含まれる養分が大半を占めています。このため、浅水で代かきをすることや、畦畔からの漏水を防止したり、基肥として肥効調節型肥料を使用したり、側条施肥や育苗箱全量施肥などの技術を採用するなどの適切な対策をとり、濁水を排出しないことが重要です。

水田地帯の水路における濁り濃度

第2章5節 畑土壌における肥沃度と分析・管理

 畑地では、水田のように湛水しないため、土壌の中まで酸素が入り込み、作土が酸化的な条件になっています。このため、環境への影響を極力減らすため、還元的条件にある水田とは異なった養分管理が必要になります。特に、窒素成分は陰イオンの硝酸態窒素として存在し、土壌粒子に吸着されないため、雨水の浸透に伴い下層に移動しやすい性質を持っています。このことは、植物が必要としている量以上の窒素が、硝酸塩となって下層に移行し、地下水の硝酸塩汚染につながる(GAP普及ニュース第18号P12の図3参照)ので、細心の注意が必要です。

  第2章5節の項目では、「土壌分析の結果に基づく適切な施肥」、「冬作物の麦の施肥」、「麦ワラの土壌還元」、「根粒菌の活用と施肥」、「露地野菜の施肥」について記述されています。露地野菜の施肥は、野菜の根系の発達が弱いため、畑地全面に施肥した場合、利用されずに下層へ浸透する割合が高くなるため、根が養分を吸収ができる範囲への施肥が重要となります。

第2章6節 土壌中のリン酸の管理

 リン酸は富栄養化の主要因といわれており、肥料として施用されたリン酸が流出して、アオコなどの大発生につながることがあります。日本の畑地土壌は火山灰土壌や酸性土壌が多く、リン酸がアルミニウムや鉄と結合して作物に利用されにくくなることから、リン酸質肥料を多量に施用する必要があると指導されてきました。このため、作物に利用されるリン酸の量が適正になっているにもかかわらず、毎年多量に施用することが指導されてきたため、過剰に蓄積している地域が近年多くなってきています。そのため、可給態のリン酸が適正範囲を超える場合はリン酸質肥料を控える必要があります。また、土壌粒子と共に流亡する性質があるので、畑地からの土壌流亡に気を付ける必要があります。

  水田においても、代掻きによる濁水の排出とともにリン酸が河川や湖沼に流出する恐れがあるので、濁水をできるだけ流出させないような対策が必要となります。

第2章7節 施設栽培の土壌管理

 土耕の施設栽培では、一般に肥料を多く施用する集約的な栽培がおこなわれ、雨が降らないことから、塩類濃度障害が発生したり、連作障害が発生したりしやすくなります。塩類障害の場合は、多量の潅水による地下への流亡ではなく、クリーニングクロップの作付け、排土客土など地下水を汚染しない方法が望まれます。また連作障害回避には、太陽熱土壌消毒など農薬に頼らない方法を積極的に検討して下さい。

第2章8節 重金属などによる土壌汚染の防止

 作物の生育に悪影響を及ぼす有害物質あるいは農産物中に蓄積する有害物質のうち、土壌に由来するものを取り扱います。その中には、カドミウムのような重金属類、過去に使われた農薬が土壌中に残留しているPOPs(残留性有機汚染物質) 、事故により流入した油類、さらに福島第一原発で放出された放射性物質などがあります。

  土壌汚染の厄介なところは、一旦汚染されてしまうとその原因物質を土壌から除去することが非常に困難になります。そのため、以下のことに留意することが重要となります。

カドミウムの地球科学的分布(産業総研)
  • 古い鉱山が上流にある場合など、何らかの理由で土壌汚染が心配される場合は、公的機関に相談したりして確認して下さい。(2803参照)
  • 水稲の場合、土壌中のカドミウム濃度が同じでも、栽培方法により玄米へのカドミウム蓄積量が大きく変わるので、確実に吸収を抑制する栽培方法を採用して下さい(2804参照)。万一玄米や精米中のカドミウム濃度が0.4ppmを超えた場合は出荷することができません。
  • 豚の飼料には、牛や鶏の飼料と異なり、銅や亜鉛が多く含まれているので、豚糞を堆肥として農地に還元する場合には、銅や亜鉛が過剰に蓄積しないよう留意して下さい(2805参照)。
  • 重金属濃度が比較的高い下水汚泥などの有機質資材等を農地へ多量に施用することは避けたほうが良いのですが、もし施用する場合には、資材に含まれる重金属の土壌への蓄積に注意する必要があります(2806参照)。

 POPs:POPs(残留性有機汚染物質)については、過去に大量に農薬を散布したようなところでは、土壌中の分解が遅いため、現在でも農産物中に残留基準値を超える農薬が検出されること(時々、マスコミで基準値オーバーが報道されている)があることを念頭に、そのような圃場では、食用以外の花卉の栽培やPOPsを吸収しにくい作物の栽培など、普及員や営農指導員と相談して対応する必要があります(2807参照)。

  油類:事故などにより土壌に流入した油類については、拡散しないようにし、できるだけ物理的に取り除いたうえで、残ったものについては土壌中での分解を待つようにして下さい(2808, 2809参照)。 

  放射性物質:放射性物質による作物汚染の記述についての[2801]は、福島第一原発の事故直後に出た農林水産省の情報に基づき示したものです。その後、多くの情報が提供されていますので、以下に示した農林水産省のホームページなどを参考にして最新の情報を入手して下さい。http://www.maff.go.jp/noutiku_eikyo/maff2.html(2011年6月18日確認)

第3章 農場における水管理

 日本は温帯モンスーン気候に位置しているため比較的降水量が多いという特徴があります。こうした水資源は生活や農業用水として使われており、水を通した環境汚染防止の取組みが重要になっています(3102参照)。特に農業においては、工場排水のように1ヵ所から高濃度の汚染水が排出される「点汚染源」ではなく、肥料や農薬等のように農業に不可欠な資材から少しずつ環境に流出することにより、地域全体の環境に影響を及ぼすことになる「面汚染源」であることが多く、このことに充分注意する必要があります(3103、3104参照)。

水田の代掻きと濁水度

第3章2節 水田における水利用

 水田での稲作は多量の水を必要としますが、その中に溶け込んでいる肥料成分や農薬は、たとえ濃度が薄くても、量が多ければ環境に対して影響を与えることになる(3202参照)ので、特に以下の点に留意して下さい。

  • 代掻き時の濁水には窒素やリン酸などが多量に含まれており、排水路への流出は湖沼の富栄養化の原因ともなるので、落水を避けるとともに、畦畔からの漏出を防いで下さい(3203参照)。
  • 田面への除草剤の散布では、落水や掛流しをしないことはもちろんですが、大雨で田面水が畦畔から溢れ出することが予想されるときには、散布を控えて下さい(3204参照)。

第3章3節 畑地における潅水

 畑地は水田と違って水を蓄える機能はなく、雨水と、一部潅水によって水が補給されます。その場合の留意点には以下のようなものがあります。

  • 潅水装置を使う場合は、適切な潅水の時期と量、方法を選択して下さい(3302参照)。
  • 作物が必要とする量以上の窒素は雨水などにより硝酸塩として流出し、地下水汚染や河川水汚染の原因となるので、必要最小限の施用として下さい(3303参照)。
  • 土壌浸食による土壌粒子の河川流入も水生生物に影響を与えるので、流亡しないようにして下さい(3304参照)

第3章4節 家畜等による水質汚染の防止

農業用水の溜池

 放牧家畜は、糞尿で川や池を汚染することがあるので、そのような場所には近づけないようにして下さい(3402参照)。また、家畜糞尿や下水汚泥などから製造した堆肥も、河川や湖沼に流出するとアンモニアや高いBODによる酸欠を招き、水生生物を死滅させることがあるので注意して下さい(3403参照)。

  また、牛などの反芻家畜自身も硝酸塩や亜硝酸塩で汚染された水を飲用すると健康障害を生じるので、安全な水の供給に努めることが必要です(3401参照)。

第3章5節 天水貯留と水資源管理

 河川水が少なく溜池を利用しているところでは、周辺から養分の多い水が流れ込み、富栄養化しやすいので浄化に努める必要があります(3501参照)。島嶼においては雨水を地下に貯めるなど、地域として適切に水を管理することが重要です(3502参照)。

第4章 農場内の施設・資材管理

第4章1節 はじめに

 第4章で取り扱う施設・資材とは以下のものを指します(4101参照)。

  1. 農薬、肥料、燃油、その他資材、農業機械などの保管倉庫
  2. 育苗、栽培のための施設
  3. 収穫した農産物の洗浄、選果、調製、梱包、保管等のための施設
  4. 作業者の休憩所、事務室
  5. その他農業活動に関わる全ての建物や構築物。

こうした資材や施設を適切に管理しないと、思わぬ事故を招くことがあります。どこにリスクが潜んでいるかを検討し、必要な場合は改善することが重要となります(4102参照)。

  また、環境への温室効果ガスの排出を抑制するため、施設の断熱効果を高めて熱効率を上げるなど、環境負荷の低減を図るようにして下さい(4103参照)。

第4章2節 育苗施設における種子・種苗の生産と管理

水稲育苗ハウス

 購入した種子類は、播種した後に問題が発生することがあるので、購入会社名、購入年月日、ロット番号など必要事項を記録しておいて下さい(4201参照)。 種子類は肥料や農薬が付着しないようにし、低温、低湿の環境に保管することも大事です(4202参照)。

  施設での育苗では、使用した農薬が土壌残留し、育苗後に作付した作物や地下水に影響することがあるので、育苗箱の下にシートを敷くなど細心の注意を払う必要があります(4203参照)。

第4章3節 施設による養液栽培

 施設の養液栽培では、植物体残渣の処理や培養液、培地の廃棄といったことが問題となるので、事前に管理計画を立てておいて下さい(4301参照)。

  栽培終了時の排液となる培養液については、その量や無機成分濃度をできるだけ少なくすることや、液肥として露地栽培への再利用、場合によっては葦などによる生物浄化による養分吸収についても検討して下さい(4302-4305参照)。

  病害虫の心配がない植物残渣は、堆肥化して再利用して下さい(4306参照)。

  ロックウールや礫、ピートモスなどの使用済み培地のうち、有機物のように自然還元できないロックウールなどは、産業廃棄物として処理する必要があります(4307参照)。

第4章4節 肥料の保管と取扱い

肥料の保管

 肥料には多くの種類があり、それぞれの性質によって取り扱い方も変わってきます。中には火気、湿気、衝撃等により発火したり爆発したりする恐れのあるものもありますので、火気、直射日光、高温、雨、露、霜、物理的衝撃等の影響を受けないように保管して下さい。500kg以上の生石灰を補完する場合は、消防署への届け出が必要です。詳しくは製品ごとの『製品安全データシート』を参考にして下さい(4401,4404-4406参照)。

  肥料は定期的に在庫を確認し、可能なら施錠できる建物に保管して下さい(4405参照)。万一肥料が流出したときのリスクを事前に検討し、事故発生の場合の緊急時対応計画を立てておいて下さい(4402)。

第4章5節 農薬の保管と取扱い

 農薬は非常に少ない量であっても深刻な汚染を引き起こすことがあります。農薬の散布はもちろん、混合や充填、洗浄等の作業は汚染を避けるために慎重に行わなければなりません。農薬を扱う人は研修を受けるなどして農薬に関する知識と技能を身につけて下さい。

  農薬の保管庫は衝撃に強く燃えにくい素材でできており、直射日光の当たらない冷涼で乾燥した場所に保管することが必要です。また、全ての農薬が漏出した場合でも保管庫から外に出ないようにしなければなりません。さらに、関係者以外が使用できないように鍵をかけることも必要で、在庫管理により保管量を把握して下さい(4502,4503参照)。

  農薬を使用した後の空容器は、袋の場合は袋をたたいたり、瓶の場合は何度かすすいだりして容器の中に農薬が残っていないことを確認してから廃棄して下さい(4504,4505)。

  農薬散布に使用した噴霧器やタンクの洗浄は、漏出液や洗浄液が河川などの環境を汚さないよう安全な場所で行って下さい。その際、洗浄液はあらかじめ準備した安全な廃棄場所で処分することが重要です(4506,4507)。

  期限が過ぎた農薬、空容器、農薬の付いた防護服などは、地域の回収システムか産業廃棄物の専門業者を通して処分して下さい(4509-4511)。

第4章6節 燃料油の保管と取扱い

 燃料油の貯蔵設備の破損や温室加温用ヒーターのバルブの閉め忘れ等により油を含む水が河川に流出したときは、事前に準備された緊急時対応計画によって適切な緊急対策を講じる必要があります(4601参照)。

  このような事態にならないように、燃料油の貯蔵容器は適正なものを使用し、関係者以外の人が立ち入らないようにするとともに、万一漏れても外部に拡散しないよう、防油堤を設置し、砂などの吸収材を備えて下さい(4602-4604参照)。また、静電気が起きやすい服装をはじめ、火気は厳禁です(4605)。

  一定量以上の農業用燃料油の貯蔵施設には、法律による規制がありますので、消防署の相談して下さい(4607参照)。

第4章7節 農産物の取扱い施設

農産物の取扱い施設

 この節では、農産物そのものの安全(第8章参照)ではなく、農産物を取り扱う施設における環境・食品・労働のリスクと、作業にかかる病原菌や化学物質、異物などの混入リスクの低減について記載しています(4701参照)。

  施設は常に清潔にし、充分な照明と換気が確保されているとともに、使用する設備や機械器具類は定期的に点検・整備・清掃を行い、衛生的かつ安全に管理して下さい(4702,4703参照)。また、農産物の調整や保管に用いる容器も定期的に清掃するなど衛生的に保管して下さい(4705参照)。

  施設内では、収穫した農産物の洗浄、選果、調製、梱包、保管に必要のないものは、離れた場所に保管して下さい(4704参照)。もちろん、ペットや野生動物は、異物混入や病原微生物による汚染の原因となるため、侵入させない対策が必要です(4706参照)。

第5章 作物の圃場管理と作物保護

第5章1節 はじめに

日本GAP規範

 第5章では、耕種農家にとって欠かすことのできない圃場での作物管理に伴って発生するリスクについて書かれています。リスクを減らす基本的な事項として、環境汚染や作業者の安全、農作物の安全性を充分に考えた管理計画の作成(5104)や、圃場作業に適さない気象条件下における無理な作業をしないこと(5105)などがあります。また、一般的な事項として、作物の生育に必要な最小限の養分を補給すること(5102,5103)、トラクターなどの農業機械で公道を走行するときは土塊を道に落とさないこと(5107)、さらに圃場の下に遺跡があるときには深耕などで遺跡を破壊しないことも重要です(5108)。

第5章2節 土壌管理と作物栽培

 土壌管理で重要なことは、土壌の状況を的確に把握して記録にとどめ、計画を立てて管理することです。そのために土壌管理計画書を作成しておくことが重要です(5201,5202、5204)。土壌を良い状態に保つために注意すべき点は、土壌中に必要な有機物を補う(5203)、湿った土壌での機械作業は避ける(5205)、土壌排水をよくする(5207)などがあります。その他、傾斜畑では降雨により土壌流亡が起きやすので、抑制するための措置を講じて下さい(5211,5212)。冬場の強風で土壌が舞い上がるようなところでは、冬場に麦を作付けるなどにより風食を防いで下さい(5214)。また、収穫後の植物残渣は、できるだけ土壌混和、堆肥化して下さい。どうしても廃棄する場合は、圃場での焼却が原則禁止されていますので、廃棄物として適正に処理して下さい(5215)。

第5章3節 堆肥等有機質資材の施用

堆肥

 有機質資材は、種類や処理方法によって肥料成分の含有量や肥効の遅速など、その性質が大きく異なるので、使用に当たっては適正な施用を心がけて下さい(5301)。特に以下のことに留意して下さい。

  • 家畜糞は充分に腐熟させ、良質な堆肥にすることが重要です(5302、5309)。そのための品質基準も設けられていますので参考にして下さい(5308)。
  • 下水汚泥コンポストは、カドミウムなどの重金属を多く含んでいることがあるので、土壌への蓄積には充分留意し、安易に使用することは避けて下さい(5303,5305~5307)。

第5章4節 石灰と化学肥料の施用

 化学肥料や石灰は、作物の生育にとって重要な資材であるとともに、誤った使い方は、環境汚染のリスクを増加させます(5401)。

  また、同じ施肥量であっても、土壌の状態(物理性、化学性、微生物など)により環境への流出が異なるので、土壌管理計画や養分管理計画を基礎として、計画的に施肥して下さい(5402)。

  特殊な場合として、作物がほとんど吸収しない冬期の施肥や、流亡しやすい急傾斜地での施肥については、環境汚染に対する充分な注意が必要です(5403,5404)。

第5章5節 作物の保護と農薬の散布

 『作物保護』という言葉は、作物を病気や害虫から保護するという観点から来たもので、従来の病気や害虫を防除するという病害虫防除とは考え方が異なります。

  この作物保護の考え方で重要なことは、総合的病害虫・雑草管理といわれているIPMの実践です。このIPMの実践では、人の健康に対するリスクと環境への負荷を考慮し、化学農薬の使用を最低水準にとどめることです(5501)。

総合的病害虫・雑草管理(IPM )体系

  このためには、普及指導員などの指導を受けて、事前に作物保護管理計画を作成しておくことが重要となります(5502)。

  農薬の使用を間違えると、作業者や環境、また農産物の安全に大きな影響が出るので、ラベルの記載事項を良く読んで必ず従わなければいけません(5511)。また、散布に当たってはドリフト対策(5508)、気象状況や風の向き(5512)、環境中の有用生物への配慮(5509)などに充分留意して下さい。

  土壌燻蒸剤を使用する場合は、有害ガスが発生するので、使用に当たっては細心の注意を払って下さい(5513)。

第5章6節 外来生物等の利用と野生動物等への対応

 収穫してすぐに生で食べる野菜などの栽培では、野生動物や犬等のペットによるサルモネラや病原性大腸菌等による汚染の危険性があるので、このような圃場には、野生動物やペットが侵入しないよう対策を立てて下さい。(5604,5605)。

  外来生物のセイヨウオオマルハナバチは、施設栽培の果菜類の受粉に利用され、労力の軽減に役立っていますが、できれば日本在来のクロオオマルハナバチなどを利用して下さい。やむを得ず外来昆虫を使う場合は、逃げ出さないような措置をとり、飼育の許可申請が必要となります(5602,5603)。

第6章 家畜・家禽の飼養管理と環境対策

第6章1節 はじめに

 第6章は畜産の問題を取り扱います。畜産での大きな問題として、家畜糞尿の適切な処理や汚水や悪臭についての対策があります(6101)。また、家畜の飼養に関してはアニマルウェルフェアへの対応が必要になってきています(6102)。

第6章2節 家畜の飼養管理

 家畜の優れた能力を発揮させるには、健康で良好な環境が維持されることが必要になります(6201)。これまで効率的な飼養管理のために、家畜のストレスに対する配慮を欠いた飼育も見られます。このため、良質な飼料や充分な水の給与、快適な飼育環境等により、家畜がストレスなく健康で過ごせることが重要です。このことは、安全な農産物の生産や家畜の持っている能力を最大限に発揮することにもつながります(6201-6205)。また、必要な乳牛の除角や、肉牛や豚の去勢、採卵鶏でのビークトリミング等は過剰なストレスを与えることのないよう適切な発育段階で実施することも大切です(6208)。

第6章3節 家畜の放牧とその管理

 家畜の生産方式に放牧を取り入れる場合は、放牧によって環境破壊や環境汚染、家畜の怪我や病気などが生じないよう充分配慮する必要があります(6301)。具体的には適正な放牧頭数の目安(6302)を守り、過放牧による草地の衰退や裸地化による土壌の流出を「放牧畜産基準」などを参考に対処して下さい(6303)。放牧期間の設定には草地の生産性や環境への負荷などを考慮して下さい(6304)。牛以外の豚や鶏の野外飼育においても、環境に与える影響ができるだけ少なくなるような場所と施設を選定して下さい(6304)。また、野鳥による鳥インフルエンザ、イノシシやタヌキなどによるサルモネラなどの感染対策も必要です(6306)。

第6章4節 衛生・安全管理

 口蹄疫や鳥インフルエンザといった家畜伝染病の侵入や蔓延を防止するため、日頃から飼養環境を適切に保つ必要があり、そのための対策をとる必要があります(6401、6402)。これらの予防手段として、ワクチンなどの動物性医薬品がありますが、使用や保管は適切に行なって下さい(6404)。飼養者は、法定伝染病の患畜を発見したときには知事への届出が義務付けられています(6403)。また、万一有害な牛肉が流通した場合に生産農場まで遡及できる牛トレーサビリティ制度がありますが、牛以外の家畜についても記録を残すことが推奨されます(6405)。使用した飼料の記録については、畜種によって保存年限が異なりますので注意して下さい(6406)。

第6章5節 家畜排泄物の管理の適正化と環境対策

家畜排せつ物中の窒素の流れ

 畜産経営における家畜排泄物の適切な管理は、有機物資源の循環を図り、環境への窒素負荷を極力少なくする上で重要な位置を占めています。一定規模以上の畜産農家に対しては、「家畜排せつ物法」が適用されます(6501,6502)。家畜を飼っている全ての農家は、家畜糞尿管理計画を作成し、家畜糞尿が環境を汚染することなく、堆肥・液肥等として適切に利用されるようにする必要があります(6503、6504)。糞尿の取扱いに関しては、草地の肥沃度を考慮した適量の施用(6505、6506)、地下浸透による地下水汚染防止のための不浸透性材料での堆肥舎や貯留槽の構築(6507)、発生量や処理方法の記録保存(6508)、堆肥として販売する場合における大臣登録(6506)、耕種農家から求められる良質な堆肥の生産(6510)などが必要です。

第6章6節 汚水処理と悪臭対策

 畜産事業者から排出される汚水は、「水質汚濁防止法」により基準値が決められており、これを遵守する必要があります(6601)。また、都道府県独自の公害防止条例により、さらに厳しい基準が設定されていることがありますので注意が必要です。排水規制を遵守するには、汚水処理施設の効率的な運用(6603)、施設から出る汚水が直接排水溝などに入らないようにすること(6604)や飲水器からの漏水(6605)、雨水と汚水の混合(6606)などに気を付けて下さい。 悪臭は、一般住民との混住化が進行する中で主要な苦情の原因となっています(6608)。臭気の抑制は、畜舎内での糞尿分離、舎外への速やかな搬出に努め、乾燥状態の保持(6609)、敷き料の更新(6610)なども有効です。圃場にスラリーを散布したような場合には、悪臭の揮散を防ぐために、できるだけ速やかに土壌中に鋤き込む必要があります(6601)。

第7章 廃棄物の取扱い

第7章1節 はじめに

農業活動から出る廃棄物の事例

 農業活動によって生じる廃棄物には、いろいろな種類のものがありますが、廃棄物の処理は法律によって定められており、勝手に埋めたり、燃やしたり、投棄したりすることはできません(7101)。ただし、例外的に焼却が認められることもありますので、県や市町村の環境部局に相談して下さい(7101)。

第7章2節 廃棄物の種類と処理方法

 廃棄物とは、「利用価値がなく、不要であると占有者が判断したもの」を指すため、植物残渣のように、廃棄するつもりであれば廃棄物になりますが、堆肥の原料として使うという場合は廃棄物に相当しません(7201)。また、農業という産業活動に伴い生じた燃え殻、汚泥、家畜の糞尿、死体などは産業廃棄物となり、その他は一般廃棄物となります。産業廃棄物に分類されるものは、事業者(農業経営者)の責任で許可を得た産業廃棄物業者に処分を委託しなければなりません(7202)。

第7章3節 廃棄物の保管、回収、処理

 廃棄物は、回収や処分されるまでの間、適切に分別し、安全に保管されなければなりません(7301,7302)。回収業者などに産業廃棄物を渡す時は、産業廃棄物管理票(マニフェストともいう)を運搬業者に渡し、コピーを5年間保存する義務があります(7304)。廃プラスチック類などのように地域で回収する場合であっても、廃棄物処理の責任は個々の事業者(農業経営者)にあることを忘れないで下さい(7305)。

第7章4節 廃棄物の有効利用

廃棄物に関する適切な実践

 発生する廃棄物の量をできるだけ少なくすることは、環境に対する潜在的な悪影響を軽減するだけでなく、廃棄物の管理や処理の費用と時間の節約につながります(7401)。そのためには、①廃棄物そのものの発生をなくすことができないか(7402)、②農場管理技術の変更や従業員の研修などにより、廃棄物の発生を質的・量的に改善できないか(7403)、③廃棄物と考えていたものが、他の用途に有効利用できないか(7404)、④プラスチックなどを良好な状態で保管することにより、長期間利用できないか(7405)、などについて検討して下さい。

第7章5節 廃油と死亡家畜の処理

 農場で発生するガソリン、重油、灯油、軽油などの廃油についても産業廃棄物回収業者へ処理を委託し、産業廃棄物管理票を発行しなければなりませんが、再生利用を専門にしている業者はこの限りではありません(7502)。また、農場で死亡した家畜類は、悪臭などの原因にもなりますので、できるだけ早く公認された焼却炉や化製場もしくは死亡獣取扱場で処理する必要があります(7503)。

第8章 農産物の安全性と食品衛生

第8章1節 はじめに

 安全な農産物・食品を国民に安定的に供給するためには、農産物を生産する農場はもとより、農産物の加工、流通、消費に至るまでの全ての段階を適正に管理する必要があります(8101)。

  このうちGAP(適正農業管理)は、農産物が出荷されるまでの範囲を対象としています。そのため、農産物の生産から出荷されるまでの間において、正しくリスク評価を行うとともに、農業現場における多様な危害(ハザード)の要因と向きあいながら、危害が発生するリスクを日々改善する努力を積み重ねていくことが重要になります(8101)。

農産物を安全で品質の良い状態で出荷するために考慮すべき主要な危害要因と被害は、下表に示したようなものがあります(8102)。出荷農産物に発生するリスク

第8章2節 農場と農産物のリスク評価と一般衛生管理

 農場や農産物の管理責任者は、堆肥の放置、隣接地からの農薬のドリフト、降雨による浸水など、収穫物に影響を与えるような危害要因(リスク)を正しく評価し、そのリスクを減らすための手順を定めておくことが重要です。農薬散布の場合、農薬のラベルに記載された使用回数や収穫前日数は確実に守らなければなりません。万一、守られなかった場合は収穫・出荷することができなくなります(8201)。

  また、農産物の生産・収穫・調整の現場には、食品としての危害要因になる化学物質・病原微生物・異物を「持ち込まない」「持ち込ませない」ようにして下さい。例えば生産現場への野生動物やペットなどの侵入はサルモネラ菌に汚染されている場合があるので、出荷農産物に接触させないようにする必要があります(8202,8203)。

第8章3節 調製施設の安全・衛生管理

 農産物の収穫・調製施設は、できれば適切な設計とレイアウトに基づいて作り、危害要因が混入する危険性(例えば破損の恐れのある照明など)を可能な限り排除して下さい(8301,8302)。衛生管理規則(例)

  圃場や施設に近い場所に管理の行き届いたトイレと手洗いの設備を確保し、適正な衛生状態に管理して下さい(8303)。また、農産物をトラック輸送する場合には農薬や肥料、燃油などと一緒にしないで下さい。肥料や農薬等の運搬に使った後で農産物を運ぶ場合は、事前に荷台を洗剤で洗浄するなどの対策が必要です(8304)。

第8章4節 収穫・出荷における安全・衛生管理

 農産物の収穫・調整作業は、「食品」としての十分な品質管理および安全管理、衛生管理が必要です。農産物の取扱いと施設における危害防止については、必ず『衛生管理ルール』を作り、作業者全員に説明を徹底するとともに、いつでも内容を確認できるように、目立つ場所にポスターなどで掲示して下さい。また、従事者が汚染源とならないよう、健康管理に気を付ける必要があります(8401,8402)。

  収穫に使用するナイフやハサミは定期的に洗浄・消毒し、持ち運びは清浄な箱に入れて行い、使用後は洗浄・消毒をして決められた正常な場所に保管して下さい(8403)。

  出荷用のコンテナや段ボール箱は肥料や農薬と一緒な場所に保管しないで下さい。また、通いコンテナは常に清潔に保つようにして下さい(8404)。

  農産物の洗浄に使用する水は飲用に適している水であることが必要で、1年に1度は水質検査を行って飲料水基準に適合していることを確認して下さい(8405)。

  衛生害虫や野生動物、ペットの施設への侵入が確認された場合は、適切な駆除や侵入対策を行ってください(8406)。

第9章 労働安全の確保

第9章1節 はじめに

 農業に携わっている農業者自身の安全と健康は、真に健全な農業を持続するために、欠かすことができません。そのため、農業者自らが農作業における適切なリスク評価を行い、その結果として適正な作業を実践し、農作業による事故や農業に起因する疾病を未然に防止する必要があります(9101)。

ハインリッヒの法則

  農作業事故で死亡する農業従事者は毎年400人前後となっており、ここ20年来高いまま推移しています。特に農業機械の作業時に高齢者が亡くなる率が高くなっています(9102)。

第9章2節 農業における労働安全の基本

 日々の農作業に潜んでいるリスクには多種多様なものがあります。次ページの表には、主な事故例から取りまとめた危害要因とそれによって生じる被害、原因について示してあります。

  こうした事故を防ぐには、作業者は体調の悪い時には作業をしない(9202)、無理のない作業計画で疲労が蓄積しないようにする(9203)、危険作業では補助者を配置する(9204)、農業用機械・器具の事前点検を行い作業に適した服装をする(9205)、騒音や悪臭など作業者や周辺の住民の環境に配慮する(9206)、事故が起こった時に備え保険に加入する(9207)、などの対策があります。

危害要因 考えられる主な被害 被害を起こす主な要因
危険性のある物質  ・  性質の事例 爆発性物質 燃料・肥料等の爆発、粉塵爆 発 爆発性のある燃料・肥料への引火、衝撃
引火性物質 燃料等への引火 燃料保管場所での火気の使用、漏電
電気 感電 電気設備の整備不良、絶縁防具の不使用
高熱、加熱物 やけど 高温部のカバー未設置による接触
劇物・毒物 農薬等による被曝、健康被害 防護装備の不使用による被曝、不注意
粉塵 吸気による体調不良、塵肺 防護装備の不使用による吸気、換気不良
暑熱環境 熱射病、熱中症 水分・ミネラルの補給不足、長時間労働
寒冷環境 血行障害、凍傷 不十分な作業装備、急激な温度変化
騒音 音声連絡不足による事故、難聴 防音対策の不足、長時間労働
振動 白ろう病、事故 防振対策の不足、長時間労働
低周波振動 吐き気、目まい、頭痛等 防音対策の不良、長時間労働
低照度 視界不良による事故 不十分な照明、夜間作業等
危険な動物 蜂刺され、毒蛇等 防護・救急用具の不備、軽装、知識不足
危険性のある場所  ・  作業の事例 転倒 トラクターの転落 誤操作(ブレーキペダル連結忘れ等)による意図しない急転回で方面へ転倒
転落 高所作業からの転落 ガラスハウスの掃除の際、安全ベルト未装着による転倒時に転落、剪定時の転落
挟まれる ハウス等の支柱と耕運機に挟まれる 目視不足、クラッチ操作等の誤操作
狭い環境での操作、農機操作の未熟
酸欠、有毒ガスの発生 サイロ、汚水タンク等での作業 事前の確認不足、不充分な換気
ガスマスクの不装着
倒壊 積荷の倒壊 過積載、未熟な操作による不安定な積載
刃物での負傷 刈込機による負傷 防護装備の不装着、誤操作
巻き込まれ コンバインへの手指等の巻き込まれ エンジン停止せずに詰まり等の確認
引っかかりやすい服装
交通事故 出荷トラックとフォークリフトの衝突
農機の路面走行
集荷場内の交通規則の徹底不足
交通法規の不徹底

第9章3節 農場の危険な場所と危険な作業

立ち入り禁止

 昇降設備のある場所や酸欠の可能性のあるタンク・サイロなど危険な場所は地図を作製したり、掲示板を付けたりして関係者に周知するとともに、そのような場所で作業を行う時は安全な服装や装備に心がけて下さい(9301,9302,9303)。

 また、作業者が炎暑下での水分補給、充分な休憩など、疲労の蓄積や病気、事故に繋がらないような作業環境整備に配慮する必要があります(9304,9305,9306)。

第9章4節 農業機械の取扱い

 農作業中の死亡事故の約70%が農業機械によるものであることからも、農業機械の取扱いに際しては、説明書をよく読み、機械の性能、使用上の注意事項、安全装置の使用方法、使用時の危険回避方法をよく理解して下さい。また、「道路運送車両法」などの関係する法律を守らなければなりません(9401,9402,9403,9404)。

火気厳禁

第9章5節 燃料・農薬の取扱い

 ガソリンや軽油、灯油といった燃料は、「消防法」により取扱いが規制されていますので、保管場所は火気厳禁にし、消火器を設置するなど必要な措置を講じて下さい(9501,9502)。

  農薬の使用に関しては、できるだけ環境にも人畜にも危害を与えないものを選択し、ラベルの表示に従って防護マスク、保護メガネ、防除衣、ゴム手袋、ゴム長靴などを着用して下さい(9504,9505)。

  散布に当たっては、作業者自身への付着を回避するために風向き、風の強さに注意して下さい。万一皮膚への付着や中毒事故が発生したときには、清浄な水で洗浄するなどの緊急措置を取るとともに、直ちに医師の手当てを受けて下さい(9506,9507,9508)。

GAP普及ニュースNo.16~27 2010/11~2012/07