-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

GAP普及ニュース 82号

《巻頭言》
日本農業再生のために「アルメリア農業」をベンチマークにする

田上隆一 一般社団法人日本生産者GAP協会理事長

アルメリア農業に学ぶ

 2004年に筆者がJGAP農場認証制度を作ることになった要因の一つに、スペイン・アンダルシア州のアルメリア県の農家と農協に出会った衝撃があります。現地でアルメリア農業の発展の経過とその成果について学んだことで、これならGAP概念とGAP農場認証を取り入れることによって日本の農家や農協が元気になると確信したからです。

 それ以来、筆者は12回に亘ってアルメリアの農家と農業関係者、特にエルエヒド市役所やアルメリアの農業関連企業および農業協同組合並びに農協連合協会などを訪ねて、この地域の農業の歴史と発展とその苦労および成果について、自分で視て、聴いて、日本の農家・農村・農業への応用について考えて来ました。

  アルメリア農業の実態については、GAP普及ニュースで幾度となく報告してきました。「スペインGAP紀行」、「スペインには、日本でのGAP推進のヒントがいっぱい」、「日本と欧州のGAP比較とGAPの意味」、「スペイン農業の危機を乗り越えた産地のGAP」などと記事の掲載は10年以上に亘っています。また、GAPシンポジウムでもたびたび報告してきました。

日本農業発展のベンチマーク

 これらの影響で、全農をはじめとし大学や企業の研究機関、および県庁の農業普及部門でGAPやGAP認証を推進する関係者などをアルメリアに紹介または直接案内する機会が多くなりました。これは、日本農業が世界で(もちろん日本で)生き残るための日本農業の新たな展開について、アルメリア農業をベンチマーク対象とする人や機関が多くなったということです。

  そのため筆者は日本生産者GAP協会の主催で『世界のGAP先進地スペイン「アルメリア農業」交流ツアー』を開催し、関心を持てば個人でもアルメリア農業に学べる機会を作りました。「百聞は一見にしかず」で、ツアー参加者のアルメリア農業への理解が深まり、その参加者らによる随所での講演やレポートなどで更に広範囲に関心を呼ぶこととなったのです。そのため「アルメリア農業交流ツアー」は当協会の年中行事となりました。2017年に開始して新型コロナのパンデミックによる中止の後、2024年に第4回目のツアーを開催しました。

 ツアー参加者は、GAPとGAP農場認証の違いや農業生き残りに賭けたビジネス戦略、農業における環境問題への具体的な取組み内容、家族経営でも100%実施のIPMや、大規模オーガニック農場の栽培技術、それらを支える農業技術員「テクニコ」の技量と活動内容およびその制度、包括的な農業協同組合事業の組合員の主体性と組織の意思決定、EU指令下の地域農業行政のあり様などについて、新鮮な情報として実感を伴って確認することとなりました。

目から鱗のアルメリア農業交流ツアー

 日本にいても世界の多くの情報は意識さえすれば伝わってきますが、一般的に海外事情は知りたい事柄の一部または概念や抽象論が多く、それはそれで重要なのですが、それらの概念が生まれた背景や条件についてまで理解するのは難しいことが多いものです。そのため、それまでに持ち合わせている情報と合わせて新たな言葉の概念を作り上げてしまうような、例えば「GAPを適正農業規範と誤訳」してしまうことや「GAPを農場認証と誤解」してしまうことなどがあります。そういう事もあってかアルメリアの各農協では100%実施されているGLOBALG.A.P.農場認証が、日本では高度な認証基準と表現され、また個々の農家が取組むものだと誤認され、ほんの少数しか取組まれていません。そういう事と関係してヨーロッパで実施されている持続可能な農業への取組みが日本では今後の取組みへと延期されてしまうということもあります。

  「アルメリア農業交流ツアー」では、「聞くと見るとは大違い」ということで、アルメリア農業を自分の目で見て、自分の耳で聞いて、質問して課題を掘り下げることで、これまで漠然と思っていたことが根底から覆り、これまでの情報不足に気づいて大いに驚き、かつ、既知の情報との組み立て直しで世界の農業事情を改めて納得することとなります。したがって、日本で聞くところの「建前と本音に分けて」ある種の諦めなどに繋がっていた部分なども、合理的な農家、農協、行政などの行動として理解することにもなっています。

GAP農場認証のスタートは日本も同じだった

 日本からヨーロッパに輸出していた農産物に対して、2002年にGAP認証を要求されたことから始まったヨーロッパの農業事情調査は、誰に頼ることもできずに自分で直接見て聞いて確認するしかありませんでした。だからこそヨーロッパ一の中でもスペインのアルメリア農業に出会ったのです。

  1990年代にヨーロッパで始まった農産物の買手側による認証制度(GAP農場認証)が2000年代はじめに一世風靡したことの本質的な意味もアルメリア農業に出会って正しく確認できたのです。筆者らがこの問題に関わったのは、農場認証制度が世界的に普及を始めた時期と同じ時期だったのですが、日本はいまだにこれらの課題を解決できずにいるのが残念です。

家族農業と協同組合で地域農業の発展

 1975年頃のアルメリアの人口は38万人でスペインで最も貧しい地域だったそうですが、2015年には人口が80万人と何と2倍にもなり、1人当たり所得では全国最下位から全国平均の約89%を超える水準に上昇しています。全ては農業が盛んになったことが理由です。

 そのアルメリア農業は圧倒的多数の家族経営農業で構成されているため、農産物のサプライヤーとしての協同組合が重要な役割を果たしており、選果場を持つ農協に農家が集結し、それらを束ねる協同組合連合組織、さらにすべての農協ビジネスを総合化し統括する第三段階の農協協会「COEXPHAL」が、発展のキーになっています。

  協同組合やオークションなどのビジネスモデルの発展で、温室や肥料、植物防疫製品、灌漑システム、生物的防除などの農業補助企業のネットワークが作付面積の増加に合わせて成長して、アルメリア農業は「農業クラスター」と言われています。アルメリア農業のイノベーションをリードする民間の実践的研究組織「TECNOVA」や協同組合銀行の試験研究サービスも農業発展の重要な要因です。

世界の農業をリードする

 農業クラスターの中で、アルメリアの無加温ビニール温室は、経済的、環境的、社会的側面において持続可能な農業システムと評価されています。有機農業の温室面積は4,400ヘクタールで全体の13.3パーセントを占め、その他のハウスはほぼ100%がIPMだから、農薬の使用量は大幅に削減されています。補助動物の避難場所として栽培面積の1%に生け垣植栽を義務付けるなどの条例による環境保全活動も農業技術員「テクニコ」の指導で徹底されています。

  もともと水に恵まれなかった地域であったことから、水資源の利用効率が非常に高く、1人当たりの水使用量は全国平均の20分の1です。そのためアルメリアの農業関係者は「私たちの農業は世界的なリーダーシップを発揮する分野です」と語っています。

「(仮)アルメリア農業に学ぶ」読本の出版

 アルメリア農業を自分の目で見た人たちは、頭だけではなく全身で理解するから、その感動を人に伝えたくなります。そし実行したくなるし、できるはずだと確信します。そこで、第4回アルメリア農業交流ツアーの参加者を中心に、歴代の参加者たちにも集ってもらい、恒例のGAPシンポジウム(2025年2月20-21日開催)を、『世界のGAP先進地スペイン・アルメリア農業に学ぶ』というテーマで開催しました。サブテーマは『ヨーロッパ随一の園芸産地アルメリアはスマートで持続可能な農業』です。

  「建前」と考えられがちな日本農業の政策目標「高い生産性と両立する持続的生産体制の確立、有機農業の面積25%の実現、CO2ゼロエミッション」などについても、現地に行ってアルメリア農業クラスターの過去と現実、そして「北(ヨーロッパ)に負けじ」と頑張るアルメリアの生産者の姿と農家のために戦う協同組合の実態を、見て感じてきた人にとっては、遠いと思われた日本の政策目標も自分の「本音」となり、一人でも多くの日本人に伝えようと講演してくれたのです。

  日本生産者GAP協会では、講演者の声をさらに多くの人たちにお伝えすることが必要であると考え、すべての講演内容を文字にして冊子にして公開することとしました。出版に当たっては、このシンポジウムに関心を持ち感動して、3か月後の5月にアルメリア農業の関係者を訪ね「オーガニック農業とスマート農業」について技術交流した農業法人の報告文も掲載します。さらに、交流を深めてきたアルメリア農業の技術者や大使館などの関係者にも投稿していただく予定です。

  刊行後は本書を手に取り、閉塞感がある日本農業の未来を切り開くべく、生き残るためのベンチマーク対象となるアルメリア農業を共に感じ、さらに調査して日本農業の振興に役立てていただくことを期待します。

2025/6


GAPシンポジウムの印象に残ったこと

山田正美 一般社団法人日本生産者GAP協会専務理事

シンポに参加しての印象

 毎年行われるGAPシンポジウムには何かしら発表をしていたのですが、今年(令和7年)2月に行われたシンポジウムでは、聞き役に回っていました。今回のシンポジウムの発表は、スペイン・アルメリア視察ツアーと高知県の園芸産地の話題に絞り、持続的農業について語られました。

 全体を通して、GAPの本質とは何か、GAPによる地域起こしとは何かを改めて学ぶことができたとても良い機会だったと思っております。

 ここでは個々の発表者の講演内容を順に紹介するのではなく、前後の講演者も重複した内容を発表されていることも多いため、筆者なりに印象に残った項目と内容について紹介させていただきます。

スペインの国家戦略

 スペインはEUに加盟した40年ほど前から自動車産業や電機、化学、食品加工業が発展し、輸出が増加しています。特にEU市場へのアクセスが容易になったことはもちろん、スペインが宗主国であった中南米、地中海の対岸に位置するアフリカの国々を入れると14億人の市場にアクセスできるようになったことが大きな要因となっています。GDPでは40年前に比べ10倍に伸びており、人口も伸びているという現状にあり、かつての日本のバブル期のような活況を呈しているという人もいます。

 今回取り上げたスペインのアルメリア県を中心としたハウスでの夏野菜栽培は、スペインの農地面積の1%に過ぎませんが、世界でトップクラスのGAP認証先進地ともなっています。

 農業生産だけをみるとスペイン全体のGDPの3%しかないのですが、農業に関連する食品加工、流通、消費まで含めると、GDPの11%にもなります。したがって、GDPの11%を占める食のバリューチェーン全体の付加価値を向上することによって産業の底上げが図られ、経済効果が高まるのではないか、波及効果が高まるのではないかという戦略です。これがスペインの国家戦略ですけども、もちろんスペインの中の自治体ごとにそれぞれの戦略があり、農業政策もあり、農業振興策もあります。

アルメニア農業のビジョン "北の奴らには負けたくない"

 地中海の温暖な気候を利用した秋から春にかけての施設栽培夏野菜の輸出で活性化しているアルメリア県に限って言えば、地域全体が有機農業あるいは生態学的農業生産に向けた地域クラスターを形成しているということがあります。彼らは、「北の奴らには負けたくない」という意識を持っており、これが先進的な農業を推進する原動力となっています。「北の奴ら」というのは、EUの施設野菜先進国であるのオランダや、ベルギー、ドイツ、フランス、さらに消費国であるイギリスといった北の国々を指していて、自国の農産物をいろいろなスーパーマーケットの農場認証で守っているような国々を指しています。

 このような国々に輸出で対抗しようとなると、北の国々が採用している厳しいスーパーマーケットの農場認証基準にクリアーするような農場管理が要求されますが、「北の奴らには負けるな」という合言葉のもと、農家はもちろん、指導者、研究者、行政、農協、集出荷場、資材販売会社、流通業者などが一体となった、地域クラスターが形成されていて、地域の総力を挙げて対応しているというのが特徴ということになります。

アルメリアの地域クラスター各要素の役割

 ここで、アルメリア県における地域クラスターの要素について簡単に触れておきます。

(1) 農家:
 実際に夏野菜を有機農業などで栽培していますが、技術的指導はテクニコといわれる指導員から受けています。テクニコの指導には100%従って栽培していることで、農家がGAP(適正農業管理)を自然と実施していることになります。しかし、GAP農場認証を取得し始めた頃の2年ほどはとても大変だったようです。
(2) 指導者(テクニコ):
 農家指導に当たっているテクニコは、一人で30人から50人農家を受け持っており、定期的に農家指導に訪れるということです。このテクニコは誰でもなれるわけではなく、アルメリア大学等で専門の教育を受けて卒後し、農協などに配属され、指導に当たっています。指導内容としては、GAP(適正な農業管理)であることの確認、収量を最適化するための灌漑と肥料投入の計画監督、病害虫を予防しコントロールする戦略の実施、新技術に対する助言、選果施設の管理など多岐にわたっています。
(3) 小規模農家を統括する農協:
 スペインの農協は日本の農協と違い、一つの地域に一つの総合農協というのではなく、複数の農協があり、農家が自分の経営方針に合わせて加入する農協を選択できるようになっています。単協の形態としては、議決権が一人一票制のSCA、議決権が出資額に比例して分配されるSATという2つの形態があり、さらに、複数のSCAやSATの単協を取りまとめ、単協ではできないことをやるための農協連合会であるUNICA やAMECOOPというのがあるというのも日本と違うところです。役割分担としては、単協で生産管理をやったり、出荷の予測をしたりし、連合会の方では販売を一括してやって有利販売に結びつけています。
(4) 集出荷施設:
 集出荷施設は入庫から選別、出荷まで工場のように管理されており、トレーサビリティがしっかりしています。まとまった量を出荷するので、消費国からバイヤーがやってきても、売り手にとって有利な販売ができることになります。その際、青果物生産者組織公認制度(OPFH)に入っていないと補助金も出ないし、民間のバイヤーも来ないので、農協はこの制度の公認をもらえるよう努力しているという現実もあります。
(5) 資材販売会社:
 天敵昆虫、受粉用ハチ、培土、ビニール等、生産に必要な資材の供給体制は地域内にすべて整っており、リーズナブルな価格で農家に提供されています。
(6) 情報システム会社:
 ヒスパテックという会社が開発した作物の生産から出荷までを記録する優れた管理システムが使われており、農家指導やGAP農場認証制度の記録としても役立っています。とても優れた農業ERPシステムで、ストレスフリーに操作できるようになっています。
(7) 流通業者:
 青果物生産者組織公認制度(OPFH)に入っている農協の集出荷施設から効果的に農産物をまとめて手に入れることができるようになっています。
(8) アルメリア大学(人材育成・研究):
 農業指導の中核を担うテクニコの育成は、大学によって行われています。農家指導だけでなく、選果場の管理、法律の解釈、など幅広い分野をカバーしています。研究面ではスマート農業、有望作物の選定、新品種の開発などを積極的に行っています。
(9) テクノバ(農業技術革新に貢献する農業補助技術財団):
 テクノバには世界中の農業関連資材会社289社が入っていて研究所を作っています。研究所は「このようなことを解決するための方法はないか」という要望を受けると、それに相応しい企業が受託して、クライアントのニーズに基づいたオーダーメイドの解決方法を見つけ出すあるいは作り出すということをやっています。
(10) 行政機関:
 民間だけではできないようなことを罰則付きの法律によって強制的に実施させることができることから、残留農薬の規制、廃棄物(主に古くなったビニール)の処分、最近では、耕作面積の1%を天敵生物の避難場所となる在来植物の栽培に当てる義務を負うという罰則付きの条例まで実施しています。さらに、農家が肥料や農薬を正しく使えるように、講習を実施して一定のレベル以上の農家にライセンスを発行し、このライセンスがないと肥料や農薬を購入できないとなっており、GAPであるための支援にもなっています。
(11) 分析機関:
 土壌分析、残留農薬の分析、生物検体の検査をやっています。集荷場での農薬分析を含めると、エレヒド市だけで残留農薬分析は、年間3万件実施しているとのことです。
(12) 飼料工場:
 これまで捨てていた規格外の野菜や大量に出る植物廃棄物を単に生ごみとして廃棄するのではなく、飼料として有効利用するための飼料工場が運営されています。
(13) プラスチックリサイクル工場:
 大量に発生する温室の古いプラスチックをリサイクルするため、行政がリサイクル工場を作り、民間によって運営されています。

 以上アルメリアの夏野菜温室農業を支えている地域クラスターのそれぞれの要素が有機的に結びついて地域農業の発展に貢献していることがわかります。繰り返しになりますが、勢いのある農業地域にはこうしたクラスターが有機的につながっていて、地域農業を活性化しているということがわかります。

GAPとは本来あるべき適正な農業管理

 ここからは、主に今回のアルメリア視察に参加されたつくば分析センターの徳留様がシンポジウムで講演された内容を中心に他の演者の発表も加え、印象に残ったことをお話しします。

 まず「GAP」と「GAP農場認証」の違いについて理解をしておく必要があります。「GAP」というのは本来あるべき「適正な農業管理」のことであり、グローバルGAPやJGAPのような「農場認証」とは違うということです。この点を踏まえたうえ話を進めたいと思います。

農業が持続可能となることがGAPであるという認識

 農業が持続可能となるためには、持続不可能となる6つの要因をなくすことが重要で、アルメリアの視察で、そのことがGAPであるという気づきがあったとしています。徳留氏によると、農業が持続不可能となる6つの要因は、以下のようなものであるとしています。

  1. 農作業事故による無収入
  2. 地球温暖化や土壌・水質汚染といった環境の悪化による収入の不透明化
  3. 残留農薬違反、異物混入などの食品安全面の問題による出荷停止
  4. トラクター、乾燥機など農業機械の故障による作業の停止や中断
  5. IPMを使わないことによる病害虫の抵抗性、多肥継続による収量の減少
  6. 時代の流れに合っていない生産による出荷量の低下

 これらの6つの要因について事前に改善・対策することがGAPであり、そのことが持続可能な農業につながるという考え方です。その際、理念だけではなく、きっちりと所得を確保しないと現実には長続きしないということも重要なことになります。

 また、こうした改善・対策を地域で支えているのが先に紹介したアルメリアの農業クラスターのようなものであるという考え方で、個別で取り組むより、地域全体で取り組むことがGAPを前向きに進めるために重要であることをアルメリアで実感したとしています。

GAP農場認証

 GAP農場認証はバイヤーの要求によって取得するものとの考え方がアルメリアでは普及しています。アルメリアのある農協では、200名の生産者に8名のテクニコと2名の品質管理担当者(QC)が対応しており、グループ認証にすることで、認証負担額は、1本あたり年間数千円から1万円となっています。大手の流通業者からこういう農場認証を取得してくれって言われたら、それをいかにして農家に実践してもらうかということに集中して指導しています。それも1種類ではなく、10~15種類の認証に対応しなければならず、その役割を現場で果たしているのがテクニコということになります。まったく同じようなシステムを日本で採ることはできないかもしれませんが、かなりいろんな面で、考えさせられる部分がありました。

日本国内でGAP農場認証が普及しない理由

 今までのヨーロッパの現状を踏まえての話になりますが、海外からの調達が必須である日本で、最低限のGAP認証規準と言われるグローバルGAPでさえもスタンダードな調達規準にできていないという状況は、危うい状況だと感じています。国際的に通用するGAPを調達規準にして、プラスアルファの要求事項を独自に課していくことが、日本国民に対する安全で持続的な食の豊かさに繋がるのではないかと思っております。

 とはいえ、それは日本の小売り、実需者が悪いのかというと、それだけでもなくて、当然ながら日本に輸出しようとする海外のサプライヤーは基本的にグローバルGAP認証以上を持っている場合が大半だと聞いております。つまり、日本の実需者がグローバルGAPさえもスタンダードな調達規準に出来ないのは、どっちかというと日本国内の生産者を守るために、日本の国内の生産者にグローバルGAPというスタンダードを当てはめたときに、達成出来ないところがでてきてしまうので、グローバルGAPが調達規準のスタンダードにできないという現状にあるのではないかなというふうに思います。

 国内の生産者も「GAP農場認証取得は面倒くさい」「認証コストが高い」という議論はそろそろ止めて「生産者責任あるいは供給者責任として当たり前のGAP農場認証」に取り組むことと、「取引条件としてのGAP農場認証」と割り切って前へ進むべきだと思うわけです。アルメリアの農家の方が言っていたように、最初の2年ほどはたいへんかもしれませんが、関係機関を取り込み、地域ぐるみで推進することが近道になるのではないかと思った次第です。

温室野菜栽培における単収日本一の高知県の挑戦

 今回のアルメリア視察には高知県から9名の方々が参加して頂き、いかに先進的な温室野菜栽培に関心を持っているかがうかがえます。高知県では、これまでもすでに高いレベルの温室野菜栽培に取り組んでいるのですが、さらに高みを目指して取り組みを始めようということで参加されたものと思います。今回シンポジウムには県の岡林様をはじめ、生産者、JA職員、普及員、大学教員が参加し、5名の方が講演をされています。

最初はオランダの技術を導入

 最初は園芸先進国オランダで天敵利用技術などを学び、高知では土着の天敵を放飼するという方法でIPM技術を安価に実践し、この10年は温室の環境制御も、高知大学の協力があり、データ駆動型で行い、成果を上げ、単収では断トツで日本一を達成しています。

オランダ、アルメリア、高知県の農家経営比較

 単収でいうと、高知県はオランダに勝てないが、だいぶ近づいてきています。アルメリアは単収にこだわっていませんので、高知県の3分の1しかありません。

 経営面積はオランダが圧倒的に集約されていますが、高知県は20~30アールととても小さいのが現実です。アルメリアはオランダと高知県の中間位です。

 経費に関しては、オランダはとてもたくさんかけていますが、日本も同じように経費をかけています。しかし、アルメリアは温室の作りにしてもコストをかけないことを徹底しています。

 販売価格はオランダが安く、高知県、アルメリアともに高くなっています。

 このように三者三様の特徴がありますが、最終的な所得ということになると、オランダが一番厳しいようです。これは経営方針として、多くの投資をして大規模化し、薄利多売で所得を得るオランダ方式か、徹底的にコスト削減をして小規模でも所得を得るアルメリア方式で行くのか議論の分かれるところかもしれません。

高知県における施設野菜生産の課題

 日本の中では高知県の施設園芸は非常に高いレベルにありますが、今回のアルメリア視察に参加された方の講演から、課題と方向をうかがうことができました。そのいくつかを紹介します。

  1. 天敵や交配用ハチを使うIPM技術の普及:オランダもスペインも残留農薬問題が表面化したことがきっかけで、3年から5年かけて100%天敵を使うIPM技術に切り替えたが、高知県ではナス、ピーマン、シシトウでは100%になったがトマトとキュウリに関しては30%くらいの採用率で、これを何とか100%にしたい。
  2. 営農と販売の連携:農協組織の中では営農と販売が別々になってため、営農の人は販売がどのようになっているのかを知らず、販売の人はどのように生産されたかを知らない。この溝を埋め、両者がタッグを組んで、生産から販売までを管理できる人を育てたい。これによって、例えば、GAPに取り組んでいる人から有利販売するとかを考えていきたい
  3. 高知県版テクニコ制度の充実:現場指導に当たる営農指導員や普及指導員がテクニコのように、農家と信頼関係をもっと強くできるようにしていきたい。
  4. デジタル化による意識改革:手書きでの生産履歴や販売履歴をデジタル化することで、指導者が農家のデータを共有していけるようにする。
  5. 関係者の意識改革:高知県の施設園芸が次のステップに行くには農家、農協、県の意識改革がどうしても必要。「そんなのムリ」で終わってしまうのでは、次にステップに行くことはできない。こうした意識改革をするには、関係者の意識統一をする場を設ける。特に今回、アルメリア視察に行った人を中心に農家、JA、行政へ働き掛けていきたい。

 このように高知県は地域全体でさらなる高みを目指してGAPの推進、IPMの推進を図って行こうとする機運が高まっている。

最後に

 今回のGAPシンポジウムでは、スペイン・アルメリアでの、施設野菜産地でIPMを取り入れた持続的農業であるGAPや農業クラスターについて講演があり、いずれも日本の近未来を見た感じがした。高知県の動きも他の地域に先んじてIPMやGAPを進めているが、今後、どのように変化していくのか、注目していきたいと思っています。

2025/6


英国政府2030年までに農薬使用10%削減へ
(英国農薬国家行動2025)

一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会

 2025年3月21日、イギリス政府(環境・食糧・農村地域省(Defra)、スコットランド政府、ウェールズ政府、北アイルランド行政府の4政府は「UK Pesticides National Action Plan 2025」(*1)を発表し、2030年までに農薬の環境への潜在的な有害性を10%削減する目標を設定しました。

 この計画は、害虫、雑草、病気の持続可能な管理に関する優先事項を定めたもので、農業の生産性を支援しながら、農薬使用による環境および人体へのリスクと影響を最小化することを目指しています。

 この国家行動計画(NAP)は政策文書であり、NAPそのものに法的拘束力はありませんが、既存の農薬規制における法的義務に照らして策定されたものであり、またEU時代の「持続可能な農薬使用に関する指令(Sustainable Use Directive:SUD)」(*2)に基づき、加盟国に策定が求められていたNAPの流れを継承しています。

 このNAPの主なポイントは以下の通りです:

  • 統合的病害虫管理(IPM)の推進:農薬への依存を減らし、自然に優しい代替アプローチや技術の開発と導入を奨励する
  • 農薬使用のモニタリングと削減目標の設定:農薬の使用状況をモニタリングし、環境への影響を評価するための「農薬負荷指標(Pesticide Load Indicator:PLI)」(*3)を導入する
  • コンプライアンスの強化と適正な実践の促進:農薬の保管、取り扱い、洗浄、廃棄作業が人の健康や環境に危険を及ぼさないことを確保するため、トレーニングやガイダンス、検査を強化する

 このNAPに関して次の2つの文書が作成されており、3つの目標と、それを達成するために政府が取るべき行動計画が示されています。

  1. 英国農薬国家行動計画2025: より持続可能な未来のために
    (UK Pesticides National Action Plan 2025: Working for a more sustainable future)
    • はじめに
    • 目標1:統合的病害虫管理(IPM)の導入を奨励する
    • 目標2:農薬の使用をモニタリングするための明確な目標と手段を設定する
    • 目標3:コンプライアンスを強化し、安全性と環境面での成果を確保する
    • 参考文献
      付属書1:農薬国家行動計画の法的義務
      付属書2:統合的有害生物管理の原則
      付属書3:農薬に関する事実と数字
  2. NAP目標説明書:農薬NAPターゲットとその達成方法についての詳細な解説
    (NAP target explainer: a detailed explanation of the Pesticides NAP target and how it will be achieved)
    • NAPの目標
    • 目標の目的
    • 目標の測定方法
    • この目標が選ばれた理由
    • NAP目標に対する現在の進捗状況
    • 目標の達成方法

    目標1 総合的病害虫管理(IPM)の導入を促進する。
    行動1
    意思決定支援ツールや計画ツール、実践的なガイダンス、研究開発からの学びやエビデンスへのアクセスの促進を通じて、IPM戦略に対する認識と知識を高める
    行動2
    現在のIPMアドバイスの内容を改善し、IPMの利用増加をサポートするよう、農業アドバイスサービスと協力する。
    行動3
    研修プロバイダーと協力して、IPMの提供を見直し、IPMの利用を支援するためのギャップや改善点を特定する。
    行動4
    IPMが、農家、生産者、森林管理者が主導するネットワークに資金を提供する機会を探る。
    行動5
    IPMとアマチュアおよびアメニティ部門での農薬使用に関するデータをさらに収集し、使用状況、それらが農薬全体の負荷にどのように 寄与しているか、またIPMアプローチの可能性をよりよく理解する。
    行動6
    イノベーション、特に精密散布技術に関する規制上の障壁を見直す:ドローンによる農薬散布の潜在的な利点と欠点を探り、規則やガイ ダンスを改正する必要があるかどうかを検討する。
    行動7
    害虫駆除のギャップを特定し、理解し、緩和するために、社内でエビデンスに基づくホライズンス・スキャニング能力を開発する。
    行動8
    生物農薬散布への追加サポートを提供し続ける。
    行動9
    GB生物農薬に関する取り決めをどのように改善すれば、環境および人の健康基準を損なうことなく負担を軽減できるかを検討する。
    行動 10
    特に主要作物において、従来の化学農薬に代わる農薬が不足している優先分野の応用研究開発を促進するための資金提供を継続する。
    目標2 農薬の使用を監視するための明確な目標と手段を設定する。
    行動 11
    以前のNAPに含まれる指標の背 後にある基礎データの収集に責任 を持つ組織と連絡を取り、既存の 指標を更新、改善、または置き換える可能性を判断する。
    行動 12
    すべての4政府が、例えばHSEや 英国の環境規制当局など、内部お よび外部のパートナーと話し合い を行い、指標の枠組みに合意し、 モニタリング報告書の作成計画 (誰が入力し、どのようにレビュー し、品質を保証するか)を策定する。
    行動 13
    目標に対する進捗状況を評価し、 利用可能な証拠をレビューして、 野心の伸張レベルを維持するため に最低目標レベルを調整すべきかどうかを評価する。
    行動 14
    PLI目標に対する進捗状況を含め、 指標モニタリングの結果について 2年ごとの報告書を発行する。
    目標3 コンプライアンスを強化し、安全面と環境面での成果を確保する。
    行動 15
    さまざまな指標や測定基準から得ら れるデータが、コンプライアンスに対 するリスクベースのアプローチにど のような情報をもたらすことができ るかを検討するための証拠プロジェクトを委託する。
    行動 16
    検査がより的を絞ったものとなるよ う、利用者のリスクプロファイルを評 価する一環として、業界/保証ス キームの会員であることを考慮する方法を見直す。
    行動 17
    PPPsの使用に関するガイダンス、 特に「植物保護製品の使用に関する 実施規範」(および「農業、園芸、林 業への農薬供給者のための実施規 範」)が、最新であり、明確で容易に アクセスできるよう更新され、遵守 を支援し、害虫駆除への長期的アプ ローチの重要な部分としてIPMを定着させるようにする。
    行動 18
    業務用PPPのオンライン販売に関す る調査結果や、一般消費者向けにそ の使用に関する法的要件の認知度 を高めるためのアプローチについて、 オンライン・マーケットプレイスと話し合う。

    目標1:
     IPMの推進では、IPMの概念と技術体系、政府が行うIPM研究開発や技術的・資金的支援制度、国内の実践事例が紹介されています。また、付属書2では、統合的病害虫管理(IPM)の原則が示されています。
    目標2:
     農薬使用のモニタリングと削減目標の設定では、環境への影響を評価するための「農薬負荷指標(Pesticide Load Indicator:PLI)」について説明されています。PLIは、16の潜在的有害性評価指標(例:①魚・急性、②魚・慢性など)と、4つの行動指標(土壌残留性、地表水への移動性、地下水移動度、生物濃縮係数)で構成されています。各指標について、毎年、英国全土で散布された農薬の量と組み合わせて経年の傾向を評価し、政策行動をモニタリングします。目標レベルとしては、2018年の数値をベースラインとして、2030年までに英国のPLIの各指標を少なくとも10%削減する国内最低目標が設定されています。
     また、PLIの他に、IPMの利用率(完了した計画の数)、生物農薬の入手可能性、研修を完了したプロの農薬使用者の数などもモニタリングしていきます。
    目標3:
     コンプライアンス強化・安全性と環境面の確保では、「農薬の販売と使用を規制する法律」などの法的要件に対する認識と理解を支援する旨が述べられています。農薬の販売業者とプロ使用者(農家)が人の健康や環境を危険にさらさないよう、あらゆる合理的な予防措置を講じるために、各4政府が公表している「農薬の使用に関する実施規範(Code of Practice:CoP)」を紹介されています。CoPは、農薬を安全に使用し、農薬使用に関する法的義務を果たす方法について、実践的なアドバイスを提供する重要な情報源です。
    ここでは、
    1. 保管、取り扱い、希釈、混合、洗浄、廃棄の際に人の健康や環境に危険を及ぼさないよう、あらゆる妥当な予防措置を講じること
    2. プロの使用者は、農薬散布機器の定期的な校正と技術的な点検を行うことが法律で義務付けられていること
    3. 農薬の販売業者、アドバイザー、専門使用者は、規制当局が承認した機関による研修を受けることができる、また、業務用として認可された農薬の最終使用者が認定証明書を保有することも法定要件であること
    などが説明されています。
付属書1:農薬国家行動計画の法的義務 の要約
① 2012年規則 第4条(NAPの要件)
  • 人の健康や環境へのリスクを減らし、IPMや代替技術の活用を促進するため、定量的な目標・対策・スケジュールを設定すること。
  • 特に懸念される農薬の使用状況を監視し、代替品がある場合は削減目標を設けること。
  • すべての専門的使用者が2014年までにIPMの原則を実施する方法を示すこと。
  • 規制対象の農薬散布機器をリストアップすること(SUD第8条3(a)に基づく)。
② SUD 第5~15条の概要と実施方法
  • 専門的使用者・販売業者・助言者に対し、指定機関による適切な研修を義務化。
  • 業務用農薬は、使用資格者への販売に限定し、販売店に十分なスタッフを配置。
  • 一般向けには、販売時に健康・環境リスクに関する情報を提供。
  • 農薬のリスクと非化学的代替の存在を一般に周知。
  • 散布器具の定期検査を義務付け、責任機関を指定。
  • 原則として空中散布は禁止、特別な許可が必要。
  • 水環境や飲料水源を保護する措置を義務化。
  • 特定地域での農薬使用やリスク低減措置を義務化。
  • 保管・取り扱い等が安全に行われるよう措置を講じること。
  • 農薬使用は非化学的方法を優先し、低リスクな手段へ転換を促す。
  • リスク指標の算出や優良事例の収集により、SUDの目標達成を支援。
付属書2:統合的有害生物管理の原則 の要約
統合的有害生物管理(IPM)とは
IPMは、有害生物(害虫・病気・雑草)による被害を最小限に抑えるため、利用可能なあらゆる方法を組み合わせて活用し、人の健康や環境への影響を抑えつつ、生態系の回復力を維持・強化する持続可能な管理手法です。
IPMの主な原則:
  1. 1. 予防
     輪作や抵抗性品種の使用、清掃などにより、害虫の定着を防ぐ。
  2. 2. モニタリング
     害虫や雑草の発生状況を観察・記録し、必要な場合にのみ防除を行う。
  3. 3. 閾値設定
     害虫の被害が一定レベル(閾値)を超えた場合のみ防除を行う。
  4. 4. 介入と防除方法の選択
     物理的、生物的、非化学的方法を優先し、化学農薬は最小限・適切に使用。
  5. 5. 抵抗性管理
     農薬への耐性が生じないよう、多様な対策を組み合わせる。
  6. 6. レビューと改善
     防除策の効果を定期的に評価し、必要に応じて計画を調整。

*1 https://www.gov.uk/government/publications/uk-pesticides-national-action-plan-2025?utm_source=chatgpt.com

*2 https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2009/128/2009-11-25

*3 https://sciencesearch.defra.gov.uk/ProjectDetails?ProjectId=21074

2025/6


職場における熱中症対策の強化について

一般社団法人日本生産者GAP協会 教育・広報委員会

 過去10年の夏季(6月から8月)の気温偏差(=平均気温の高低)は0℃~+2℃以上となっており、その偏差がプラスに大きい年には、熱中症の死傷者数が増える傾向にあります。農場における熱中症対策は普段から気にされていることと思いますが、熱中症の重篤化を防ぐことを目的とした労働安全衛生規則の改正により(2025年4月15日公布、6月1日施行)、職場での熱中症対策が罰則付きで義務化されます。家族を除く1人以上の雇用をする事業者が対象となり、以下のことが求められています。

 義務化の対象となる作業環境は、「暑さ指数(WBGT)が28度以上」、または「気温31度以上」の環境下で、「連続1時間以上」、または「1日4時間」を超えて実施が見込まれる作業です。これらの条件を満たす作業を行う事業者には、以下の3つの対策が義務付けられています。

  1. ① 報告体制の整備
    • 熱中症の兆候を早期に発見し、迅速に対応するため、「熱中症の自覚症状がある作業者」や「熱中症のおそれがある作業者を見つけた者」が、その旨を報告するための体制整備および関係作業者への周知をすること
  2. ② 対応手順の作成
    熱中症のおそれがある作業者を把握した場合に迅速かつ的確な判断が可能となるよう、
    • 緊急連絡先、緊急搬送先の連絡先および所在地等を整備すること
    • 作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送等の重篤化の防止するために必要な措置の実施手順の作成および関係作業者への周知をすること
  3. ③ 関係者への周知
    報告体制や対応手順を、従業員だけでなく、関連する全ての関係者に周知することが求められます。
    • 朝礼や掲示物、研修などを通じた周知をすること
    • 高温期前に全体研修等を実施し、再周知を行うこと

罰則規定

 これらの義務を怠った場合、事業者には罰則も措置されています(6ヶ月以下の懲役、または50万円以下の罰金)。

※出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」

 最後に、今回の規則改正は「熱中症について理解し、防ぐこと」、「事業者の熱中症対策に対する責任/認識を明確にすること」が目的であり、その日ごとにWBGT値や気温を確認し、その日ごとの対応を変えること、細かな行動制限することが目的ではありません。義務化の対象となる作業を行う可能性が高く、また、期間として長くなる多くの農場におかれましては、基本的な農場におけるGAPルールとして、規則改正前のタイミングで農場の作業内容やスケジュールを再確認してください。

 また、農業現場では多くの外国人の方も働いています。出身国の文化や言語に配慮することもご検討ください。農林水産省のHPでは、各国語に翻訳されたパンフレットを用意していますので、積極的に活用されてみてはいかがでしょうか。また、その他の全ての作業者の皆さまにおかれましても、本格的な高温期を迎える前に、暑熱ストレスを軽減させるための暑熱順化(身体を暑さに慣れさせること)を強くお勧めいたします。

熱中症対策パンフレット&熱中症対策関連情報(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_kikaika/anzen/nechu.html

熱中症予防情報サイト(環境省)
https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_data.php

【メモ】

◆WBGT(暑さ指数)とは

※出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」

 人体の熱収支に影響を与える①湿度、 ②日射・輻射、 ③気温の3つの要素を取り入れた指標で、それぞれの要素が人体に与える影響は①7:②2:③1と言われています。

 暑さ指数の行動目安としては、31以上で危険(運動は原則中止)、31未満28以上で厳重警戒(激しい運動は中止)、28未満25以上で警戒(積極的に休憩)、25未満21以上で注意(積極的に水分補給)、21未満でほぼ安全(適宜水分補給)です。

 詳しくは以下のサイト(環境省)で確認してください。
https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt.php

◆熱中症とは

 熱中毒、熱に中(あたる)こと。高温多湿な環境に長時間さらされることで、体温の調節機能がうまく働かなくなり、体内の水分や塩分のバランスが崩れて起こる健康障害(体内の熱を放出できずに熱がこもった状態)の総称であり、重症化すると命にかかわることもあります。熱中症は、適切に予防することで発生をゼロにできる唯一の病気です。

 過去には炎天下で具合が悪くなることを「日射病」と呼んでいましたが、現在では必ずしも炎天下のみで同じような症状が発生する訳ではないことから、「熱疲労」、「熱痙攣」、「熱射病」等も含め、「熱中症(Ⅰ度、Ⅱ度、Ⅲ度)」と呼んでいます。

◆熱中症の怖さ

 高温多湿環境下で汗をかき続けると脱水症状になる(この時点ですでに熱中症発症の可能性)→脱水により水分と塩分の調節ができなくなり血液循環が悪くなる→体の表面から汗をかけずに体内に熱がこもる→筋肉、脳、肝臓、腎臓等の機能が低下する→筋肉、臓器、脳の融解する(ミオグロビン尿)→多臓器不全により死亡する。

◆高齢者が熱中症になりやすい理由

 高齢者(60歳以上)は加齢により暑さを感じる神経が減少し、寒さを感じる神経の減少スピードが遅いため、寒さに敏感で暑さには鈍感になり、結果的にエアコンを嫌う傾向があります。炎天下だけでなく、夏の夜間(高温多湿)にも熱中症になりやすいのはこのためです。また、年代別水分量が成人は60%程度に対し高齢者は50%程度のため、生理的に脱水症になりやすいとされています。

※出典:厚生労働省「職場における熱中症対策の強化について」

2025/6


株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載54回)
~来春新規就農を目指す地域おこし協力隊員のために~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 有田川町における農業での2期目の地域おこし協力隊員を迎えて2年が経過した。隊員が来春新規就農する計画で準備を進めている。1期目より早いタイミングで経営する農地確保に取り組んだ。地域おこし協力隊員は任期中に農地を賃貸契約することはできない。

 I隊員には新規に経営を始めようとする農地1.3ヘクタールを弊社が賃貸契約を結び確保した。その農地の未栽植部分20アールにみかん苗木を新植した。I隊員は昨年2月より農地の地権者からみかん栽培技術の直接指導を受けることができたことから次年度の独立に自信がついたと考えている。このような仕組みを作ることは地域おこし協力隊員が卒隊後、地域に残れる重要な要素であると考えている。

 隊員へのみかん栽培技術指導は弊社に課せられた課題ではあるが、隊員は学生ではなく一連の社会生活経験者であることから、経営目標を早期に示していくことで自主的な行動ができるようになり、弊社への要望も活発化し、対応に追われ出費もかさむことが多々発生しているが、スムースな就農を支援するためには必要と考えている。

 もう一人のO隊員の場合はサンショウ栽培に興味を示したことから、サンショウ栽培技術と出荷調整技術についてはサンショウ栽培専門農家にお任せした。しかし、O隊員は新規就農のメインはみかん栽培であることから、サンショウ栽培はグロワーシッパー提携している「株式会社みかんの会」が管理する水田を、将来O隊員が就農後にサンショ栽培管理ができるようにサンショの苗木を新植した。作業はO隊員が専門農家から得た知識で実施した。販売の仕組みは「株式会社みかんの会」と連携できるような仕組みとしている。I隊員やO隊員が有田川町に定着しグロワーシッパーである弊社組織と一緒に発展していくための投資と考え彼らを支援している。O隊員にはみかん栽培を勉強していくために弊社の園地30アールを1年間お任せしたが、来春栽培を始めるみかん園はO隊員の居住している住民からの紹介を受け90アール確保出来たので、弊社が任せたみかん園は弊社社員管理に戻した。隊員等は就農のための農地確保はできたが、ここにきて新規参入の定番課題である農業機械保管と出荷調整用の倉庫が見つからない。ここは行政と連携しながら探しているが難しい課題である。

 就農準備のため各種情報収集と社員研修を併せて勉強の場を持っている。私の知り合いで同年代で新規就農した若者との弊社の社員そして地域おこし協力隊員ら合同の勉強会を地元の農業生産法人「株式会社早和果樹園」(農林水産大臣賞受賞)の秋竹新吾会長を講師にこれからの農業について勉強した。質疑応答や参加者の就農状況の報告で4時間にわたりディスカッションが続いた(図1)。

 地域おこし協力員の進捗は順調で喜んでいるが一方弊社のみかん園の管理運営はこれまで地域おこし協力隊員と一緒に作業しながら進めてきたが隊員らは将来自分か管理する園中心の活動となったことから、現行のみかん園地管理作業が社員への負担増と育休中の社員もいることから社員と協議の結果一部のみかん園を1年間休止させる苦肉の策をとることにした。とりあえず今年1年間はこれでやり繰りできると計算した。

図1 株式会社「早和果樹園」秋竹新吾会長を講師にした職場研修の様子

2025/6