-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

『GAP普及ニュース 巻頭言集』

 普及ニュースに掲載された、有識者による巻頭言。

『GAPとエシカル消費をつなぐ』

GAP普及ニュース72号(2022/11)掲載

田上隆一
一般社団法人日本生産者GAP協会理事長

 農業生産者は、"GAPが普及しないのは消費者の認知度が低いからだ"、という考えを改めて、世界が目指すグリーン経済(環境調和型経済)を再認識して、消費者視点(エシカル消費)で農業、農村、農産物を意識することが必要な時代になりました。多くの消費者が、環境や社会に配慮して生産された商品やサービスを購入することで、地球温暖化をはじめとした環境問題や地域活性化など、私たちが抱えるさまざまな課題の解決に貢献したいと考え始めているからです。

日本のGAP進捗

 リンゴを英国に輸出していた青森県の片山りんご園が2002年に「GAP認証」を求められたことを切っ掛けに、私は「JGAP認証制度(2005年)」を開発し、「GAP普及センター」でGAPの実践指導とGAP指導者養成を開始しました。現在は、GLOBALG.A.P.取得支援の他に、「日本生産者GAP協会」で環境調和型農業に取り組む都道府県の農業振興やJAグループのGAP普及事業を支援しています。

 農林水産省でも、「するGAP(持続可能な農業)」や「とるGAP(消費者信頼の農業)」のGAP政策を行い、「2020東京五輪」では、持続可能な食品調達に向けて全国各地でGAPの取り組みを推進してきました。しかし、五輪のレガシーとしてGAPが盛り上がることはなく、2020年に農業及び環境政策の大転換(EUのFarm to Fork戦略、米国の農業イノベーションアジェンダ等)を発表した欧米から、日本のGAPは2周回遅れの普及状況になっています。

食品安全は競争するものではない

 このような状況の中で、世界に遅れまいと打ち出される日本のGAP推進策の一つは、流通企業と消費者へのGAP農産物のPRです。まずは、卸や小売企業のGAP認知度を高めて買手側から生産者へのGAP認証要求を期待しようという声です。その点外資系小売り企業では、海外の店舗ではGAP農場の農産物が当たり前なので、当然日本でもそうしたいと考えているようです。しかし、認証を取得した国産農産物はあまりにも少なく、店頭の商品を認証商品で満たすことができません。かといって、欧州の小売企業のように、農業者にGAP認証の取得を可能にする具体的な産地指導を行っている様子もあまり見えません。

 また、消費者の認知度を上げようと、行政がGAP農産物のPR事業を行っている例があります。これには、GAP実践、特に認証を取得した農業者からの強い要望もあるようです。このような、農業者の努力を理解してもらおうという考え方は重要な対策ですが、その際に安全な商品の差別化としてGAPを知ってもらおうというPRの仕方は、必ずしもうまくいっていないようです。

 GAP認証は、食品安全ばかりではなく環境保全や労働安全の視点からも監査されていますが、国際取引で要求される農場認証は、農産物の食品安全性に主眼が置かれています。そのために生産者や流通・販売の関係者が自ら食品安全をアピールすることもあり、マスコミの表現でもGAPには食品安全が枕詞になっています。そのために社会のイメージは、"食品安全GAP"になっています。これでは、いくらPRしても消費者には響かないのではないでしょうか。農産物が安全であることは"販売する食品として当たり前"であって、安全ではない(ちょっとでも危険な)場合には社会的な大問題になるのですから。

GAPの目標は環境か経済か

 そもそもGAPは、欧州の環境政策から生まれたものです。1960年代初めに環境保全の様々な行動が始まり、環境を守るための法律は、EUのあらゆる分野に影響を与えています。1980年代には農業の分野でも、「水や大気や土壌をきれいにすること、化学物質を安全に取り扱うこと、動植物の生息地を守ることなどの実践規範」(適正農業規範:Code of Good Agricultural Practice)が策定され、「政策としての環境保全型農業」(GAPステージ1)*1により、1990年代半ばにはGAPは欧州農業者のマナーになっていました。

 これらに加え、欧州農業政策の現在は、資源の効率化を図り、究極的に再生力のある循環型農業への移行が具体的な目標になっていると言われています。新たな国際戦略であるEUのFarm to Forkへの志向であり、GAPが戦略推進の土台になっているということです。

 このように言うと、「欧州市民が環境や食品に対する意識が高いからで、日本ではそうはなっていない」とよく言われます。たしかに、日本の環境政策といえば、1960年代からずっと「公害問題」としての認識で、水質や大気汚染の問題は工場や工業地帯での規制として取り組んできたものばかりです。世界的水準での環境保護政策が始まったのは1993年の「環境基本法」からかでしょう。そして、日本でGAPが意識されたのが冒頭の2005年のGAP認証ですから、欧州の「流通ビジネスとしての農場監査」(GAPステージ2)*2が定着してからということになります。日本ではGAPステージ1を経験していないので、GAPと言えば認証ありきで、農業ビジネスとしての「食品安全GAP」をイメージする人が多くなっています。

気候中立を目指す持続可能な食料供給政策

 EUの「Farm to Fork戦略」や米国の「農業イノベーションアジェンダ」に倣って、日本では2021年に「みどりの食料システム戦略」が策定されました。人間の活動から発生する排出物を限りなくゼロにすること(ゼロエミッション)を目指す高いレベルの環境政策(GAPステージ3)*3です。

 これらの世界標準に合わせるためには、「プラネタリーバウンダリー」*4で示された"地球の持つ限界のなかでより良く生きる"という長期目標を理解し、日本で実現すべきグリーン経済(環境調和型経済)を農業分野でどう実現すべきかを考えて行動する必要があります。世界の温室効果ガス排出量の4分の1は農林業・土地利用が占め(IPCCレポート2015年)、現代農業は気候変動に拍車をかけているからです。

 しかし、植物は光合成により大気中の二酸化炭素(CO2)を取り込み、残渣や堆肥などの有機物が土壌に帰ることで炭素が固定化され、大気中のCO2が減少します。つまり、循環型農業で生産性を上げると同時に、その循環型農業そのものが「温室効果ガス」の削減に貢献する可能性があります。したがって、農業の現場では、"総合的な農地の炭素循環、IPMなどによる低リスク農薬への転換、そして限りなく有機農業へ"、というGAPのP(プラクティス)を実行することが求められています。持続可能な食料供給政策のGAPは、"生産性向上と自然生態系の保全を両立させる農業"を目指すことです。

消費者のための農業と「エシカル消費」

 本誌71号の巻頭言「日本農業のトランスフォーメーションを考える」で、中島洋理事が「農業は誰のためにあるのか」という課題を掲げて、「消費者のための農業」についても分かり易く解説しています。消費者のための農業のあるべき姿では、「SDGsとエシカル消費」がキーワードになっています。エシカル消費とは、「地球環境や社会問題の解決に貢献できる商品を買い、そうではない商品は買わないという消費活動」のことです。「エシカル」という言葉を知らない人々が多い中で、衣食住やライフスタイルを通じて、自然とのつながりやオーガニック的ライフスタイルを心地よく取り入れていく女性や若者が増え始めているのです。「エシカル」は「エシック(倫理的)な」という意味で、「地球環境にやさしい」というほどの感覚です。"衣類についていえば化学繊維は避ける"、"食器や雑貨品ではプラスチック製を避ける"、"レジ袋の使用を避ける"、"輸送に伴うエネルギー多消費を避ける"など細かいところで商品選好の基準に変化が起きつつあります。加工食品の選好でも、原料となる農産物にまでさかのぼって「エシカル」かどうかの情報を要求する。消費傾向を先取りする消費者は、商品について生産から流通に至るまでチェックし始めているのです。(中島)

エシカル消費の動向

 消費者庁はホームページで、「エシカル消費とは、地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動のことです」、と定義し、「私たち一人一人が、社会的な課題に気付き、日々のお買物を通して、その課題の解決のために、自分は何ができるのかを考えてみること、これが、エシカル消費の第一歩です」、と言っています。

 エシカル消費は、英国から始まったと言われています。英国では1989年に「エシカルコンシューマー」という専門誌が創刊され、積極的にエシカル消費を広めています。また、1998年には「エシカル・トレード・イニチアチブ」(https://www.ethicaltrade.org)という協会が誕生し、企業が倫理的な取引を行うためにどのようなステップを踏むべきか、エシカル消費(及び貿易)の行動規範を定義し、また、労働者の生活にプラスの変化をもたらすにはどうしたらよいか、人権とビジネスからのアプローチで、企業、労働組合、NGO等に働きかけています。

 日本では2015年に「一般社団法人エシカル協会」が設立され、エシカル消費についての普及教育活動を行っています(https://ethicaljapan.org)。また、「一般社団法人日本エシカル推進協議会」は、特にサステナブル購入、フェアトレード、FSC、MSC、レインフォレストアライアンス認証、RSPO、動物福祉、オーガニック、ESG投資、エシカルファッションなどのエシカルなライフスタイル並びにエシカル文化全体を底上げする活動を行っています(https://www.jeijc.org/)。

 さらに、持続可能な原材料調達や環境・社会的配慮につながる、さまざまな 国際認証ラベルをより多くの方に知ってもらおうと、「一般社団法人日本サステナブル・ラベル協会」(https://jsl.life)が、農林水産業や繊維産業をはじめとする様々な分野のサステナブルとエシカルにつながる「国際認証ラベル」の推進事業を実施しています。

GAP実践とエシカル消費のすれ違い

 これまでGAPを語る際には、"生産者のための農業"のあるべき姿として、持続性、健全性、生産性等の視点から論じ、その際に消費者は、農産物市場の背景や"消費する顧客という需要"の面から取り上げられてきました。そして、生産者のGAP実践が消費者の購買行動につながらないのは、生産(供給)側と消費(需要)側との情報断絶が大きな原因であるという理由で、商業的PRに力を入れています。

 しかし、GAPの商業的PRは消費者に響いていないようです。生産者が目指す持続可能性(GAP)と消費者が求める倫理的(エシカル)は、目指すところが同じなのに出会うことなく"すれ違い"を起こしているようです。差別化を戦略とする商業主義的な情報伝達では、持続可能な農業を目指すGAPの本質が伝わらないのです。

 今や消費活動は心地よいライフスタイルを実現するためのものというように変わってきています。多くの消費者が、自然とのつながりやオーガニック的なものを暮らしの中で体感するための購買行動をとるのですから、GAPのPRでは、「生産性向上と自然生態系の保全を両立させる農業」を目指す農業本来の姿を消費者に伝えていくことが必要です。たとえ無意識であってもエシカル消費を実行している生活者が増えているという実態は、GAP農業者に勇気を与えてくれます。「エシカル消費とは、地球環境や社会問題の解決に貢献できる商品を買い、そうではない商品は買わないという消費活動のことです」という定義はGAPに目覚めた農業者にとって百万の味方を得た思いです。

GAPとエシカル消費をつなぐ

 「GAPとエシカル消費」の組合せは、正に「人新世」*5と言われる現代に求められる「SDGs目標12.つくる責任・つかう責任」の現実的な行動様式と言って良いと思います。SDGs 12.では、生産段階のサステナブル(持続可能性)を消費者のエシカル(倫理)につなぐためには、両者はもちろん、関係するあらゆる人々を巻き込んだサプライチェーンが必要です。サプライチェーンでは、水や大気や土壌の保全、エネルギー消費の節約、食品ロス等の解決に向けた取り組みが一貫して実施されている必要があります。

 持続可能な社会づくりのために、サプライチェーンの各プレイヤーそれぞれが責任を果たし、その上で消費者が参画して消費行動で責任を果たすことで目標達成の第一歩が始まります。消費者の責任には「サステナブルではない商品は買わない」という行動もあり、その消費行動がライフスタイルになることです。商品を知るためにサステナブルとエシカルにつながる「国際認証ラベル」などの事業が推進されていますが、その際に、「売れる仕組みの構築」としての従来型のマーケティングではうまくいくとは限らないでしょう。少なくてもサプライチェーンのスタートラインに立つGAP実践者は、GAP認証のラベルで勝負するのではなく、農業生産活動の全てにおいて持続可能で社会的責任を意識した管理体制を作り、農産物サプライチェーンの信頼を高めることに貢献することが必要です。そうすることでGAPとエシカル消費がつながる社会変革が期待できると思います。

*1 GAPステージ1:政策としての環境保全型農業
*2 GAPステージ2:流通ビジネスとしての農場監査
*3 GAPステージ3:国際戦略としての持続可能な農業
*4 プラネタリーバウンダリー:地球の限界と呼ばれる人類が生存できる安全な活動領域とその限界点を定義する概念
*5 人新世:人類が農業や産業革命を通じて地球規模の環境変化をもたらした時代と定義され、人間たちの活動の痕跡が地球の表面を覆いつくした年代という意味

GAP普及ニュースNo.72 2022/11