-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載19回)
~Citrusの6次産業化に向けて~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 農林水産省から研修生が来た。農村体験を目的とし、昭和42年から続けられている入省2年目のキャリア組の研修である。研修生の千明礼奈さんは、農林水産省経営局 就農・女性課企画班に所属し、新規就農や農業女性プロジェクトなど人材育成に関する企画調整を受け持っているという。本人は農水省で働く上で、現場である農村の実態を知るということは重要であると考え、現場のニーズ・声等を聞き、今後の業務に活かしたいとして、研修に臨んでいる。

  この要請を受け、筆者は研修生と共に1ヵ月間行動を共にし、農家や関係機関の声を聞いて回った。ある農家からは「有田のみかん産地はあと5年で終わる」とか、また別の農家からは「あと10年で終わる」とか、厳しい見方をしていた。農業従事者の平均年齢は65歳前後と言われることから、そうなるのかもしれない。筆者も、このまま新規就農者が減少していけば、職業としての農業はなくなるかもしれないと思えるようになった。

  弊社の経営内容については、読者の方々には既に詳しく紹介済みなのでお判りのことと思うが、売上げが伸びないと赤字が続き、やがて労賃が支払えなくなる可能性がある。小規模のみかん生産農家は、収益のあがらないときには「労賃がでない」経営となる。これでは「農業は職業だ」といえるのだろうか、と疑問に思えてきた。生産物であるみかんが「高く売れれば、農業後継者は残るのか」と言うことにも疑問がある。

  研修生に急傾斜地のみかん園で摘果作業や収穫作業を体験してもらったが、足場が不安定な上に、身の危険を感じるような場所での作業が多い。研修生の千明さんはモクモクと作業に励んでいたが、結構きつい仕事だと感じたに違いない。指導している私でさえ、「なぜこのようなきつい作業をしなければみかんが作れないのか」と思うことがある。労働に見合った収益があがっていない現状をみると、新規参入なんか支援することが無責任に感じるときさえある。


傾斜地での収穫作業(脱帽している女性が研修生の千明礼奈さん)

  有田のみかん産地は歴史がある反面、戦後間もない頃に開園された園が多く、作業性重視より、作物優先の考えで園地が作られてきた弊害である。みかんの景気がよかった昭和40年代前半には、みかん山の全てに灌漑設備や農道が整備されたが、このときも植物体であるみかんの樹を優先したため、作業効率の悪い園地構造のままとなった。他の産地のみかん農家でさえ、有田の急峻な園を見て「これでは作業が大変だ」と声を上げる。始めて経験する傾斜地の作業に千明さんは驚いたことと思う。地元民だけであれば、皆がこなしている作業だから耐えられるが、新規参入して有田でみかん栽培を持続するためには、このような課題を早く解決していかなければならいと思える。

  では、どうすれば作業効率のよい基盤整備が出来るのか考えている最中に、TPPが大筋合意とのニュースが伝わった。日本のみかん生産自体がどのような影響受けるのかよくわからないが、筆者がかつて体験したアメリカの柑橘産業と肩を並べて競争ができる訳がないことは判っている。今後の農林水産省の施策に期待したいところである。

  しかし、地域の優良生産法人株式会社「早和果樹園」を見学して感じたことは、「農業革命を起こさない限り、農家所得の向上はない」と思ったことである。この果樹園は7戸の農家の集団である。6次産業としてみかん果汁を商品化し、青果生産時のピークの7倍にまで売上げを伸ばしている。この園の特徴は、光センサー選果機を加工みかんの選別に取り入れた新しいシステムを構築しており、グループ員(社員)以外の農家からも味のよい糖度12度以上の加工用みかんを仕入れて果汁として販売するシステムを開発したのである。それまでは、加工みかんは味の悪いものを仕向けていたが、その逆をついての開発が成功の鍵となった。また現在、製品開発の目標を「毎年新商品を生み出す」ことにしている。会社には若者が社員として多数働いている。外国への輸出にも取り組んでいる。まさにTPPの課題をクリアーした経営体だと感じた。この園は、今やみかん生産農家の革命的存在となっている。先駆的な取組みに手厚い補助金が受けられる仕組みは有難いと思う。

  弊社もこれに見習い、革命を起こしていきたいと考え、乾燥野菜・果物の生産にようやく取り組み始め、現在は周辺で生産されている柿を乾燥させ商品化している。これからは最も生産量の多い温州みかんの乾燥に取り組む計画である。


弊社社員左2名と右端の農大生

  千明さんの研修としてみかんの流通状況の調査で株式会社サンライズの津田専務を訪ねた。そこで農業を産業と見なすためにはと提案されたのが「年金制度の仕組みを変えれば良い」ということである。農業者の大多数は基礎年金のみであり、生活するためには農業を引退できない仕組みができあがっている。これを見直し、農業を産業とするためには、企業並みの年金制度を確立する必要があるという提案である。弊社は法人化し厚生年金に加入していることから、この課題は解決済みと考えている。

  農業の後継者を確保し、これを拡大していくためには、農産物の価格安定も重要な要素ではあるが、ここ有田では先に述べた園地の整備が最大の課題であり、園地整備を進めやすい体制を整え、危険な農業を死ぬまで続けなければならない今の体制から早く脱却し、安全で作業性のよい園地構造に作り直していかなければ、後継者や新規就農が増えていかないと考えている。読売新聞に「政府が基盤整備を進める」と書かれており、政府の取組みに期待をしている。

  この他、研修生の千明さんに「農業を目指す若者の考え」を吸収してもらうために、弊社の社員2名とインターンシップに来ている農大の学生さん達と農作業を共にして貰っている。

  連載前へ 連載一覧へ 連載次へ