-日本に相応しいGAP規範の構築とGAP普及のために-

株式会社Citrus 株式会社Citrusの農場経営実践(連載29回)
~GH農場評価を受けました~

佐々木茂明 一般社団法人日本生産者GAP 協会理事
元和歌山県農業大学校長(農学博士)
株式会社Citrus 代表取締役

 2018年2月1日にGH農場評価(グリーンハーベスター農場評価制度)を受けた。長年の懸案事項だった弊社のGAP(適正農業管理)への第一歩が始まった。理事としてGAPの仕組みは解っていたつもりでおり、社員らと共に持続性の高い農業を目指してきたが、やはり第3者の目で農場を評価して貰うと随所に抜けている課題が浮き彫りにされた。

  GH農場評価(以下GH評価)に駆け付けてくれたのは当協会の田上事務局長で、田上事務局長は前日まで和歌山県主催のGAP研修会のために和歌山入りしていたので、有田までご足労を願った。その背景には、昨年の秋より県担当者から「株式会社CitrusがGH評価を受けるとの情報を聞いた、是非この機会にGAP担当の県職員やJA営農指導員の研修に協力して欲しい」との要望があり、軽く了解はしていたものの、昨秋は収穫のための労力確保に手こずり、GH評価を受けるチャンスを逃したため、今回の運びとなった。時期的にはタイムリーであり、県からの依頼は、株式会社Citrusの専門家の評価結果と県内のGAP担当者の評価力とを比較してみたいとのことであった。今回は、専門家の評価と県内のGAP担当者が同時期の環境条件でのGH評価となったので、弊社も無理なく両者の評価を受けることが出来た。

  GH評価に用いたのは、「日本GAP規範」に基づく農場評価制度の評価規準に基づくチェックシートで、農業分類:全農場共通、作物共通、水田畑作、園芸Ver 2.0_20170428 適用:日本GAP規範 Ver.1.1 GLOBALG.A.P. IFA CPCC Ver.5.0 農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドラインであり、一般社団法人日本生産者GAP協会が定めた制度である。

  弊社の管理運営体制は、正社員2名、準社員1名、農繁期アルバイト5名である。主に2名の正社員で作業計画と作業記録を行う仕組みとしている。従って、正社員2名が田上事務局長の審査を受けた。経営者である著者は、参画した程度である。審査当日は、近畿農政局和歌山支局から2名の職員がGH評価の一部始終を見守る形で参画した。

  GH評価制度の詳細説明は省略するが、改善しなければいけない課題を順に示してみる。

  園地毎の隣接ドリフトのリスク、作業現場の危険箇所などのリスクについての情報は、社員で共有しているが明文化されていない。これについては社員間では解っているので必要性を感じていなかったが、指摘されて、アルバイトやカンボジアからの技能実習生などへ周知するためには必要と感じた。病院などの連絡先が一覧出来る手順が文書化されていなかった。これについては、弊社に実習に来ていた研修生が熱中症になって大慌てをした経緯があり、そのときに申し合わせたのが、「問題があれば素人判断せず、すぐ救急車を呼ぶ」としていたが、これもマニュアル化していなかった。また、カンボジアからの技能実習生に対する日本語研修の記録がないなどの指摘があった。これらは無理なく対応出来る課題と判断した。重要なことで認識不足だったのは「クレーム対応手順を整備していなかった」ことである。

  よく発生するクレーム対応は、常に作業者で共有するように口頭説明していたが、課題毎に記録に残していなかった。弊社の場合は、直接顧客対応をしていないので、「フードディフェンスの認識は甘かった」と反省した。これに準じて、圃場毎の出荷記録が整備していなかったことも課題となった。弊社は、圃場別の出荷ではなく、隣接圃場の同一品種別(出荷時期別)に出荷を行っているため、圃場毎に出荷荷口をまとめるのは運搬体制上(トラック単位で行うため)手間どるので、出来ていなかった。薬剤散布用の水源については、飲料用水事業で設置した施設を使っているので、水道水の基準で大丈夫とのことであったが、谷の水を灌水と農薬散布に使っている貯水槽と個人用の井戸水は検査をしていなかったので、これが指摘された。肥料は全てオーダーで配合しているが、詳細な成分分析が出来ていない。このため、過剰な施用があるかの確認が取れていなかった。園地毎の土壌のpHの調査も出来ていなかった。住宅の近くでの薬剤散布については、散布後の立入り制限への対策をとっていない等気づかなかった点が指摘された。大きな課題としての指導は2点あった。一点は、農薬散布後の器具やタンクの洗浄が充分でないと評価されたことである。現状では、ワンローテンション毎(月一回)毎に洗浄するが、散布日毎には行っていなかった。また、大型の農薬調合槽(6000リッター)はダイセン類などの収穫前散布30日から60日と定められた薬剤は、散布したシーズン最後に洗浄していたが、基本は毎回の洗浄が必要であり、判ってはいたが、大型タンクを洗浄した時の廃液処理が困難であることから、つい怠ってしまっていた。もう一点は、農機具の取扱いで、モノレールは乗車禁止となっているが、乗車をしてしまう問題である。その他、農薬散布時のゴーグル着用なし、衛生手順書なし、農薬中毒等の手順書もなし、などが指摘された。これらの課題はすぐにクリヤー出来ると考えるが、畑毎へのトイレの設置は無理なので、今まで通りコンビニや公共の地区の公園トイレを活用していた。その際の石けんと水道水は作業用トラックに常設するなどで対応することにした。まだまだ出来ていない課題はあったが、ちょっと気をつければ対応できると考えている。


GH農場評価を受けている様子(左は田上隆多事務局長)

  GH農場評価を受けて良かったことは、判っていても実行出来ていない課題の指摘を受けると反省と同時に改善意欲が高められることが出来ること。著者である経営者は、経験値で判断してしまいがちだが、若い社員たちは、指導を受ければスムースに改善策を考え出してくれる。 このGH評価を受けた5日後に、和歌山県主催のGH評価演習が弊社Citrusを教材に実施された。11名の評価員(県GAP担当者とJA営農指導員)と県事務局2名が来社し、役割分担して、同様の項目について審査の演習を行った。対応した社員も要領が判っていたので、スムースに審査が進み、対象課題の70%程度を3時間ほどで審査ができたように思う。研修生らはそれぞれの評価結果を持ち寄り、別会場で田上事務局長のGH評価結果と研修生らの評価を照らし合わせる研修を行ったとのことである。研修主査者からは、評価点に多少の誤差はあったが、注目した指摘項目に差はなかったと伺っている。「一人ではGH評価する自信はないが、複数で現場対応すれば、なんとかクリヤー出来るようだ」と研修生たちが伝えてきた。

  GH評価は、評価の経費が安いのと、指導員・評価員を育成して、自主管理を勧めているが、GH評価を希望する農家を誘導するのは簡単ではないとも話していた。

  弊社としては農業生産法人の社員と経営者の関係で運営している、これ以外に労務管理の各区の手続き、会社運営のための就業規則などを策定してきたので、GH評価の指摘事項の必要性を認識できるが、もし個人経営で家族労力の範囲なら取決めがなくても阿吽の呼吸で日頃こなしてきているので、全てにマニュアル化するには抵抗があるのでは、と考えてしまう。個人経営なら所属する出荷団体や研究会メンバーでGH評価を受ける方が受け入れやすいように考えられる。

  最後に、その総合評価点はと聞かれると恥ずかしいが、500点台であり、50%の出来ではあったが、社員らは「努力すればクリヤーできる課題が山積していた」と、逆に改善に自信を持ってくれたようで、日々問題点の解決に向けて努力してくれている。経営者としては、設備投資など装備を充実させ、また、社員の安全と健康に経費を費やしていきたと考えている。

  余談として、GH評価を受ける直前に、年金機構から社会保険の加入状況について説明せよと呼び出された。問われたのは、賃金の支払い状況などであり、賃金台帳の詳細を点検された。出勤簿の確認で労働時間を確認され、また、アルバイトの雇用期間などを確認された。この説明は法に定められているので応じているが、GAPも食料生産を担う農業に対して、食の安全確保の意味から、ある程度義務化してもいいのではと考えるようになった。

  調査終了後の雑談で、弊社の調査にあたった職員から、日頃農家への審査はないので、食の安全が気になることから、農家の取組みに興味を持っているとの話がでた。そこでGAPについての話をすると、GAPの生産現場の安全対応のもつ意味を理解してくれたようであった。

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